ラノベとかでお嬢様の料理が下手なのはそういう機会がなかったから
あっという間に時間は過ぎていき、気が付くと一時間程度経っていた。
「少し休憩にしましょうか? お茶を入れてきますね」
綾女さんはそう言うと、襖を開けた。
そこには花陽が立っていた。
「どうされましたか、花陽さま? 」
くすっと微笑みながら綾女さんが尋ねる。
「こ、これは、そ、そう。監視よ、監視、綾女が央紀君に無理をさせていないのかの」
顔を赤らめて花陽は反論をする。
「入ってきていただいて結構でしたのに」
「それだと邪魔になっても悪いし、それより何か用事があって開けたのよね? 」
「そうでした、実は少し休憩にしようかと思いまして」
そこで綾女さんは何か思いついたのか、あっと言って、
「よろしければ花陽さま、鳥飼さんにお茶とお菓子を用意してくださいませんか? 」
「私が央紀君に? 」
綾女さんは花陽の耳に顔を近づけ、
「クッキーがまだ残っていたでしょう? アピールするチャンスですよ」
と小さな声で言った。
その声は俺には聞こえなかった。
ただ花陽の顔が赤くなったのを見て俺は少し悔しい気持ちになる。
思えば綾女さんに対する花陽の態度は少し主従の関係を超えた情があるようにも見えなくはない。
もしかしたら花陽は、と想像してしまうがその考えを頭から振り払う。
しばらくして、花陽は戻ってきた。そのトレーにはクッキーと三人分の紅茶が置かれていた。
「おや、花陽さまもご一緒ですか? 」
「ま、まあね、別にいいじゃない」
「もちろんですとも、ね、鳥飼さん」
「は、はい」
もちろん断る理由などない。
「では、早速いただきましょうか」
俺と花陽が並んで座りその向かいに綾女さんが座るという構図だった。
紅茶とクッキーの香りに混じって隣から上手くは言えないがいい匂いがする。
俺は緊張してしまい、自然な感じで横を見ることができず、ただ不自然なほど正面に顔を固定して綾女さんの方を見ていた。
俺は一口かじる。
クッキーはプレーンなタイプのもので甘さは控えめであった。
「おいしいですね、これ」
俺は綾女さんの方を見て感想を述べる。
「紅茶も飲んでみてください」
綾女さんに言われるまま俺は紅茶にも口をつける。
一口飲んで俺はあることに気が付いて、もう一枚クッキーに手を伸ばす。
クッキーの味は先ほどよりもより甘さが感じられるようになっているにもかかわらず、先ほど感じた他の繊細な風味は全くかすんでいない。
すごい、美味しいというよりもはやすごい。
最近、というか昨日もとてもおいしい紅茶とケーキをいただいたが、それに匹敵するくらいいや下手したらそれよりも美味しいかもしれない。
「これ、美味しいですね、ひょっとして昨日の店のものですか? 」
「いえ、手作りですよ」
綾女さんのその言葉に俺は驚く。
これが手作り? こんなにうまいものが家で作れるのか。綾女さんって本当に何者なんだろう?
俺がそう思っていると、綾女さんは俺の隣に座っている花陽の方に視線を移して、
「よかったですね、花陽さま、喜んでいただけて」
「ちょっと綾女、何で言っちゃうのよ」
思わず花陽の方を見ると花陽は顔を背けてしまった。
「このクッキー、花陽さんが作ったんですか? 」
少しの沈黙が訪れる。
「花陽さま、答えてあげたらいかがですか? 」
綾女さんにそう促されると、花陽はこっちを見ることなく、
「うん」
と小さく頷いた。かわいい。
それにしてもこのお嬢様料理もできたのか。
世界は不公平である。
「後、紅茶も私が淹れまし、た」
そう言葉を続ける花陽を優しく見つめていた綾女さんだったが、
「紅茶はいかがでしたでしょうか? 」
俺に質問を投げかけてくる。
俺は綾女さんの方に向き直り、
「紅茶ももちろん美味しかったですよ、ただ俺にはこの美味しさを伝えるだけの語彙力を持ち合わせていないことが残念ですが」
「良かった」
そうつぶやく花陽は嬉しそうだった。まあ料理に限らず自分のしたことで相手に喜んでもらえるとそりゃ嬉しいよね。
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