最初は友達っていう話でした。1
幼馴染ー辞書によると幼いころに親しくしていた間柄ということになるらしいのだが、特段俺、鳥飼央紀と彼女、光堂寺花陽は個人的な感情で親しく付き合いのある間柄という関係ではなかった。
ただ、幼いころから彼女の家の関係で、年も同じということもあり一緒に話したり、遊んだりすることが多かったというだけの話ではあるのだが、世間的にはこのような関係でも十分に幼馴染と呼ぶらしい。
とにかく、二人の関係を表すならば、幼馴染と言う言葉が一番適切であるという話らしい。
そこに言いたいことがないわけではないが、問題は今なぜ俺が辞書を引いてまで幼馴染という言葉を調べているかということである。
話は今さっき起こった出来事にさかのぼる。
一日の授業も終わり、特に部活動などにも参加してない俺はいつものようにさっさと校門を出たところであった。
校門を出てしばらく歩いていると、スーツを着た若い男の人に突然声をかけられたのである。
男はいきなり名詞を差し出してきた。
「すいません、実は私、こういうものでして」
その名刺には「光堂寺製鋼本社 任務部補佐付き 綾女 凜」と書かれていた。
光堂寺製鋼、日本を代表する企業体光堂寺グループの中核企業であり、同時にこの町にとってはとてもなじみのある企業の名前である。光堂寺製鋼の本社があるこの町は光堂寺の町と言ってもよく、街の住民や、企業などはほぼすべてその影響を受けていると言っても過言ではない。
そんな世界にも名をとどろかす、大企業の社員が俺なんかに一体何の用なのだろうか。そもそもこの人は本物の光堂寺製鋼の社員なのだろうかという疑問がわいてきた。就職のことなどまだほとんど考えない高2のこの俺だって少しは知っている。光堂寺製鋼がどれだけのエリートなのか、また本社ともなればさらに一握りしかいないのかということを。
そんな俺の疑問が顔に出たのか、男の人はさらにICカードみたいなのを鞄から取り出して来て俺に見せた。
「これは社員証です、ICチップが埋め込まれていて偽造は不可能です」
そこには確かに綾女 凜と書かれていた。
でもそれを見せられても俺はまだこの人のことを信じきれなかった。本物の光堂寺製鋼の社員だとしたら本当に俺なんかにいったい何の用なのだろうか。まだ偽物の方が信頼できるくらいである。
「ここではなんですから、あちらにでも移動しませんか」
そう言って綾女さんが指し示したのは、ガラス張りのおしゃれなカフェであった。
俺はあそこなら何かあっても外から見えるし、まだ安全なのではないかと思った。
それに、ここにいても綾女さんの整った容姿が注目を集めてしまっているので、居心地があまりよくないというのも移動してもいいと思った理由の一つであった。
そんなことを考えている間にも綾女さんは校門から出てくる女子高生たちに声をかけられたり写真を取られたりしている。
容姿が整っているというのも大変なんだなと思いました。
中に入りドアから近い席に座る、もちろんすぐに逃げることができるためである。
綾女さんはそのことを気にする様子もなく、俺の向かいに座る。一つ誤算があったとすれば、窓側にも近い席に座ったことであろう。
この店はガラス張りであり、中の様子が外から見えるようになっている。
つまりさっきの女子高生の一部がそのまま窓の外にいるということである。
いやほんと、イケメンて大変なんだなと思いました。
どこに行っても監視されているようなものではないか。
綾女さんは、そんなことも今までの人生で当たり前のことであったみたいに、窓の外を見ることなく、俺に向かってメニューを差し出してきた。
俺は、メニューを開く。
うわっ高、何この値段、何が含まれているの? 場所代? おしゃれ代?
「大丈夫ですよ 経費で落ちますから」
俺の考えていることが顔に出ていたのか、綾女さんは笑みを崩さず冗談めかして言う。
店員が注文を取りに来た。
俺が注文に困っていると、
「このセットを二つで」
綾女さんがメニューを指さしながら注文をしてくれた。
「私もこういうのには詳しくないんですよ」
少し恥ずかしそうに言う綾女さんを見て俺は少し緊張が解けた。後にして思えば綾女さんの気遣いだったという話ではあるが。
しばらく経って、紅茶(種類とかは知らない)とケーキ(多分チーズケーキ)が運ばれてきた。
紅茶に口をつける。すっと香りが体に入ってくるような感じの味だった。俺は評論家でも何でもないので このくらいの感想しか出ないが、おそらく初心者にも合うような種類なのだろう。
紅茶とケーキがそれぞれ三分の一程度減ったところで、
「では、本題に移りたいのですが、よろしいですか?」
今までの流れからして俺に危害を加えるという雰囲気は感じられない。それに光堂寺の社員というのもおそらく本当だろう。何よりあんな高いものをごちそうになっておいて、帰るというのもどうかと思うので話くらいは聞いてもいいと思いましたまる。
「はい」
俺はちらちらとケーキを横目で見ながら答える。このケーキもまた素晴らしい美味しさであった。特に紅茶と合うように作られているのかと思うくらいに紅茶を飲んだ後に食べると、その味が一段と際立った。
そんな俺の様子を見て、綾女さんは笑顔のまま、
「食べ終わってからでいいですよ」
と言ってくれた。俺は少し恥ずかしい思いをしながらそれでも残りを美味しくいただきましたとさ。
俺が食べ終わるのを見計らって、綾女さんは再び口を開いた。
「実は鳥飼さんにおりいって頼みがあるのです」
その時は名前をどこで知ったのかという疑問も浮かばなかった。
ただなんて返せばいいのかわからず黙って話の続きを待った。
綾女さんは俺のその沈黙を正しく受け取って、続きを口にした。
「花陽さまの友達に改めてなっていただきたいのです」
かようさまと言う言葉が、花陽さまという漢字に変換されて顔とともに浮かんでくるのに少し時間がかかった。それくらい長い間花陽ちゃんとはあっていなかったのである。
「何で自分何ですか? 」
最初に口から出た疑問はそれであった。
光堂寺花陽とは今は特段接点などはないはずである。
「それはあなたが花陽さまの幼馴染だからです。ほら昔はよくおふたりで遊んでいらっしゃったではないですか? 」
光堂寺家はこの町が生んだ名士として恥ずかしくない行いをしていると言われている。
その理由の一つが、俺も小さいころは家族に連れられてよく行った、光堂寺家による地域の人を招待してのパーティーである。
年が同じ子供は他にはいなかったためよく二人で花陽とは話したりする機会が多かったように思う。ただここ何年もパーティーには行っていないので、今花陽がどうしているかはわからない。
「確かに昔は話したりしましたが、最近は会ってもないですよ」
それに友達なら花陽が通っている高校で作ればいいのではないか。わざわざ違う高校の自分を選んだりすることはないのではないか。そのことも併せて尋ねてみると、
「実は花陽さまは高校で親しくされている友達がいないのです」
綾女さんは真顔でそんなことを言った。
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