転生してきた赤ん坊08
とりあえず俺は緊張で乾いた唇を濡らすようにコーヒーを一口飲んだ。今さっき、カミュールさんとミストさんに出した残りなので少し緩くなっていたが、俺にとってはむしろ飲みやすい適温ではあった。そして、意を決してミストさんに意見を述べた。
「……俺の結論はこうです。後精霊【死間際の精霊】と死者の魂がリンクした時点でラルが魔法を発動出来る状態になったとしか、考えられないんです」
「え⁉︎ それはつまり転生確定前にラルが魔法能力を手にしたんですか⁉︎」
カミュールさんが、驚いたように喰いついてきた。当然の反応だ。俺がカミュールさんの立場だったとしても同じリアクションをしてる。それほど、とんでもない推理をしようとしている。……ただし、ミストさんは顔色ひとつ変えることなく平然と俺の話の続きを待っている。
「転生魔法の条件の一番の肝は『等価交換』です。後精霊の魔力と前世で亡くなった死者の魂との潜在能力が転生契約時に同等かそれに近い場合、さらにお互いが無意識で同意した場合のみ、等価条件としてみなされ、転生魔法として発動する」
「はい」
「しかし、等価ではなかったら⁉︎ 同意されなかったら⁉︎」
「通常は、転生魔法は成立しないはずなんです。つまり後精霊と転生可能な死者の魂とのリンクは切断されますよね〜」
カミュールさんが説明の補助をしてくれた。
「以前も言ったけど、これまでの経験と過去の履歴を調べた結果、自我が確立するというか成人になっても記憶として遡ることが出来る4才前後。そして、肉体の成長が止まる前の20才くらいが魔法能力の適正で『等価』の条件だと思っていた。それでも自我のないラル(赤ん坊)が契約成立したとすると、自我がない状態でも潜在能力が開花していて、さらに等価にする為に後精霊が『譲歩した』としか考えられない。……つまり、契約直前に魔法能力を追加したとしか考えられないんです」
「師匠‼︎ つ、つまり師匠の言いたいことはこういう事ですか⁉︎ 『後精霊=死者の潜在能力+後精霊が譲歩した魔法能力』で強引に等価にしたって事ですか⁉︎」
「……おそらくね。だから転生直後に魔法を即発動出来た。だからラル(赤ん坊)でも転生出来た。……これが俺の導き出した答えです。……いかがでしょうか、ミストさん⁉︎」
「……私もさぁ〜千ウン百年、生きてるけどねぇ〜。……こんな出来事は初めての事なのさ。元々、転生魔法は私だけのオリジナル魔法でね。勿論、無断で模写魔法【トレース】なんて出来やしない。それだけ、条件が厳しく高度な魔法なのさ」
「そうだったんですか⁉︎」
「私が直に教えたのはカミュールの本当の師匠を含め、わずか数人。カミュールみたいに継承者として転生魔法が使える人を合わせても、たった5人しかいないんだ」
「え⁉︎ 歴代でも、そんなものなんですか⁉︎」
「私は先代の師匠しか知りませんでした」
「そして大事な事は『継承』と謳っているが、実際にはそうじゃないんだ」
「え⁉︎」
「え⁉︎」
「正確には、私の転生魔法を一時的に呼び出しているに過ぎない。だから1日2回までという絶対的な制約があるのさ」
「……私の転生魔法は正確にはミスト母さんとリンクだったんですね」
「だから仮に私が死んだら、もう誰も転生魔法は使えない。もちろん他の精霊も使えない。」
「そんな、不吉な事を言わないでくださいよぉ〜」
「感情論でなく、それが真実だ。だからこそ私は『個』で生きるのではなく『人との共存』を選んだ。その方が精霊全体として生きる可能性が高くなるからね」
「……」
「少し、話が逸れてしまったね。では、私の意見を言おう。ラルが転生出来た理由、魔法をすでに使っている理由、それは……」
「はい」
「はい」
「……わからん‼︎ 以上‼︎」
「ええええええええええ」
「ええええええええええ」
「私を含め全ての精霊同士のコンタクトは距離に関係なく直接相手とやりとりする事が出来る。人間のような会話や表情や体を使った表現でなく、感情を含めた意思疎通を、直接精霊伝達魔法【ダイレクトコール】により直感的に交信できる」
「はぃ」
「でもね。同じ精霊でも『後精霊』になると話が変わってくる。交信が微弱になるのさ。だから以心伝心が出来なくなる。要は何を考えているかわからないって事さ。だから、私にも『わからない』と言ったのさ」
「そうなんですね」
結論は出ないままだった。ミストさんがわからないのであれば、もうこれは誰もわからないだろう。ただ、どういう理由であれ、現実としてラルはここにいる。そして、ラルの転生時期が昔ではなく未来ではなく今である事、そして俺たちと出会った事が互いにとって意義のある事にしなくてはいけないと、改めて思った。




