青山 顎人(アオヤマ アギト)02
「……あなたは理解力が早いですね。とり急ぎ『現状把握』に徹してる。なかなかのキレ者です。」
ずっと黙っていた男が初めて俺に話かけてきた。カミュールさんが白系のコートをきちんと着ているのに対し、トウタと呼ばれる男の方はコートの前を全開にしている。さらにかぶっていないフードが首の後ろあたりで中途半端にぐしゃぐしゃになっているのがさっきから気になって仕方ないのだ。ただ着こなしがガサツに見える分、逆にこの男の底知れない『凄さ』が際立っているように受け取ってしまう。
なぜなら俺は昔から危機意識が高い方なのだ。予知というか、予見というか。まぁ〜そんなに大袈裟なもんではないかもしれないけど。……そんな俺の本能が今、『あんた』を危険だと判断してる‼︎ サブイボ|(鳥肌)がはっきりと出てる。しかも滅多に出ない両腕同時のサブイボ状態なのだ。
……思えば、こんな感覚は過去に何度もあった。
ある時、信号待ちの交差点で待っていて、歩行者側の信号が青に変わったのに俺は何故か一歩を踏み出す事を躊躇った。……すると歩道の死角から出て来た車が急発進して目の前を猛スピードで通過して行った。危なく俺は難を逃れた。
ある時、寝坊して慌ててダッシュして、なんとかいつもの通学電車に間に合ったのに乗る気になれなかった。自分でもわけもわからず、ただ駅のホームで一人立ち尽くしていると、乗るはずだった電車が100mくらい先で電気トラブルによる緊急停車を引き起こす事故が起こった。
ある時、スーパーで買い物をしている時、順路通りにを進むつもりが、何気なくふと立ち止まった。その瞬間、目の前の陳列している商品がごっそり落ちてきた。
こういう不可解な出来事が起きる前に必ずサブイボが出る。友人にこの手の話を何度かした事はあったが、大抵「そりゃ偶然だわ‼︎」「はいはい、お前はエスパーだよ‼︎ よかったなぁ〜怪我しないで‼︎」「なんだその、プチ自慢⁉︎」と、相手にされなかった。それ以来、もう2度とこの手の話は人前ではしなくなった。もちろん彼女にも言ってない。そもそも、こういう感覚は誰もが持っていると小さい時から思っていたんだ。だけどそうじゃないと知って、この手の話題はもう諦めた。
しかし、今回は俺自身が『死んでる』んだから、俺の予知もあてにならないなぁ〜。一番大事な時に、役に立たないなんて。ただ、それでもコイツはヤバイと告げている。久々の感覚で忘れていたが、これは完全にいつもの予知だ。しかし、これまで対人においてこの現象になったことはない。それだけ『危険なヤツ』だと俺の本能が感じ取っているのか⁉︎
「……そんなことは、ないと思いますよ」
「へ⁉︎」
「私たちは、あなたが思うほど危険ではないという意味です」
「なんで、俺の回想が筒抜けになってんの⁉︎」
「でも、あなたの能力は本物だと思いますよ」
「……だから、なんでわかるんだよ⁉︎ なんで『俺が予知を出来る』なんて事がわかるんだよ⁉︎ もしかして、心の中を覗けるのか⁉︎」
「あなたのは、……おそらく記憶から導き出される危機察知です」
「……記憶⁉︎……危機察知⁉︎」
「予知ではなく正確には、記憶による擦り合わせに基づく予測という意味です。そうですよね、師匠〜」
「さすがだね。カミュールさん」
「ど、どういうこと⁉︎ ……つか、さっきから、なに言ってんの⁉︎」
「瞬間瞬間における視覚からの情報をイメージとして切り取り、それを記憶しているのですよ。そして、イメージとイメージとを照らし合わせ、わずかな違いを違和感、危機感に変換する能力」
「え⁉︎」
「だって、師匠の動きの違和感を察知してましたよね⁉︎」
「なんだって⁉︎」
「師匠は転生者に相対する時、実は色々な事を試しているんです。まぁ〜お遊びみたいなもんだとは思うんですけどね」
「……」
「師匠は一見、さっきから一切動いていないように見えますが、実は様々なことをしていたのです。その師匠のわずかな動きの違いを見抜いた。だがら違和感に感じた。だから、危機感として感じ取ったのです。この人は危険なのかもしれない⁉︎ って鳥肌だけでなく、表情にも出ていますよ」
「ま、まさか、俺のサブイボまでわかるのか⁉︎」
「なのであなたの前世での『予測』には説明がつきます」
「……な、なんだって⁉︎ なら歩道の信号は青なのに、俺はなぜ車の急発進が来るとわかったのさ⁉︎」
「あなたが通行中に車線に入ろうとしている車が一瞬だけ視界に入った。そしてその運転手の慌てる仕草から急いでいることが、無意識ながらも情報としてイメージとして記憶された。だから、歩道の信号が青でも進むのをやめたんです」
「……な、なら急いでいたのに、電気系トラブルで事故った電車に乗らなかったのは!?」
「それはおそらく専門家が見ても何かはわかならい程のわずかな差。毎日の光景と違う些細な事。電気系のトラブルなら、接触部分ですね。その違和感をあなたは見逃さなかった。だから、急いでいたのに乗らなかった。」
「……お、俺が通ろうとした通路の前の商品棚が崩れるのも⁉︎」
「ここまでくればもうお分かりですよね。積み方にいつもとは違う違和感があった。だから、その通路を通るのを止めたんですよ」
……こいつらは、ナニモンなんだ⁉︎ 本当に俺の思考が筒抜なのか⁉︎ そして、驚くべき事に、今まで誰からも相手にされなかったこの疑問。当人の俺すらも理解できずにスルーしていたこの『危機回避能力』とかいう仕組みを、それっぽく説明し始めたよ。……し、しかし、あんたらの仮説が全て正しいとしても、最大の疑問が残る。
「……んじゃ、なんで『今回は』自分が死ぬ事を予測出来なかったんだよ⁉︎ 危機回避できなかったんだよ⁉︎」
「その能力があって病気以外に『死ぬ』ということは、もう自分の為じゃないんだと思うんですよ。おそらく、……自分以外の大事な人の為……ではないかと想像します」
「……う、嘘だろ⁉︎ 俺は、自分の危機回避能力を『捻じ曲げてまで』誰かの為に犠牲になったというのか⁉︎」
「大切な人がいたんですね」
「……そうなのか。……やっとわかったよ。ずっと不思議だったんだ。『予知』……いや記憶による予測でも、今となってはもぉ〜どっちでもいいや。……とにかくこの能力のおかげで、漠然と自分は死が一番遠い存在だと思っていた。なんとなく俺って長生きしそうだわ〜と思っていたんだ。だからこうやって、急に『死にました』とか言われても納得出来なかったんだ。……そうか〜そういうことなのか。誰からも理解されなかったこの能力を、バカにすることなく初めて信じてくれて、認めてくれたこの人達が言うのだから、そうなのかもしれない。……確かに俺は守りたい人がいたのだから」
俺は全身の力が急に抜けて、その場に崩れ落ちた。それは、自分自身が死んだ悲しみよりも、限りなく真相に近いであろう話を聞けた安堵の方が大きかったかもしれない。自然と涙が溢れてきた。……何より俺の死が無駄ではなかったことが、何より嬉しかった。
「あなたの能力は、この世界でもきっと役に立ちます。なのでこの世界を救ってください」