精虫族(ワスピー)17
ジフリークとトウタ。二人の距離は一定の距離を保っているのに、お互いの魔力はどんどん膨れあがっていく。つまりどちらも見せ掛けではなく、本気の臨戦態勢だ。この状態はカミュールにとって予期していた事ではあったが、トウウの隣に居ながらただそれを見守るだけしか出来なかった。
「もし……俺が引かなかったら?」
ジフリークが挑発とも取れる質問をトウタに投げかける。
「では、奥の手を出すしかないですね」
そう言うとトウタは魔法を繰り出すのではなく、胸の内側にしまっていた書簡を取り出した。
「これはミストラル3代目大精霊様とオールドウッズ最長老様、御二方直々の書簡です。内容は、ブロックフロー国の今回の由々しき問題をミストラルとオールドウッズの連合軍として制圧する……とのことです」
「せ、戦争が始まるのか?」
守衛の連中がざわついた。即座にカミュールが大声で捕捉をする。
「皆さん、落ち着いてください。『制圧』の対象はブロックフローではなく、精虫族です。なので今はいがみ合っている場合ではないのです。別働隊の連絡から、精虫族の大群が今ブロックフローに向かっているとの通達もきています。もはや一刻の猶予もないのです」
守衛達には展開が早すぎて、状況が追いつかない。いきなり、見知らぬ人物がたった一人で城内侵入を許し、その行動を誰にも止められない。かと思えば、防衛最高責任者のフランガルの鉱物における裏事情を暴露され、街の至る所に設置している魔法感知装置は偽物で、精虫族がブロックフローを狙っている驚愕の事実を知らされる。さらに、またまた知らぬ間にミストラルの書簡を持った2人が現れ、ミストラル国とオールドウッズ国がこの状況を既に把握していて、対抗策を講じているという。
ジフリークとトウタが対峙している状態に誰もが浮き足立っている状況で、今度は正面奥の王室の扉が開いた。そして王室から側近を引き連れて国王ベスグエルが現れた。国王は側近の護衛の制止を振り切り、一人でフランガルの側まで歩み寄る。
おそらく国王は扉越しにこれまでの会話を聞いていたのだろう。ジフリークとトウタが一触即発状態の状況においても、この場での衝突はない事を確信していた。結果的に我が身だけでなくこの場にいる全員の安全を確保するためにベストなタイミングでの登場だった。当然、国として律しなければならないのは不法侵入者だが、まず優先すべきはフランガルの処遇だった。
「フランガルよ。国益の為にやった事とは言え、その行いは個人の利益に溺れていた。しかし、今はその責任を追求している暇はない。最優先はこの国を守る事にある。もう一度その辣腕を振るってくれないか?」
国王は現状における最優先を考えた結果、フランガルの拘束より国防を取った。その恩義がフランガルには痛いほど身に染みた。
「怖れながら、行きすぎた行為だと猛省しております。罰は後ほど受けます。今はおっしゃる通り、国益の為に奔走致します」
国王と対峙しフランガルは、ようやく精気が戻った。この辺りの切り替えの速さが、まがりなりにもリーダーたる所以だろう。
国王ベスグエルは、次にジフリークとトウタにも声をかけた。
「我が国の失態が理由でこれ以上お二人が衝突するのは無意味だろう。そして虫のいい話かもしれないが、共にブロックフロー国を救って欲しい」
それに対しジフリークは振り向いて王の方を向く事が出来なかった。本来、他国の王に対し背中をむけたまま返事をするなど無礼極まりない態度だと充分承知はしていたが、それ以上にトウタの底知れぬ魔力を見せつけられる事で、一歩たりとも動けない……というのが本心だった。それでも内心の不安とは別に、精一杯の虚勢で王の申し出に返事をする。
「実際のところ個人的な目的は果たせた。これ以上暴れる理由はない。……俺の処遇は好きにしな」
ジフリークは実際に対峙してトウタを互角かそれ以上の相手だと認めざるを得なかった。さらに国王直属の守衛とジフリーク率いる護衛たちとの戦力を考えた場合、この場から離脱の想像が出来なかった。
……ここまでか
と割り切りジフリークは魔力を抑え戦闘体制を解いた。それに対しトウタは
「あなたには、まだやってもらわないといけない事があるんですよ。ミストラルの命令なら嫌でしょうけど、『後輩』の頼みであれば聞いてくれますよね?」
トウタらしい交渉方法だ。本来はミトさん直々の命令なのだが、矛先をミストラルから逸らした。現状のミストラル体制に毛嫌いしているからこそ、ジフリークはミトさんの命令など聞く耳を持たない。だから『国としての勅命』でなく『個人としての頼み』と論点をすり替えることで、納得出来る落とし所をトウタは差し出したのだ。当然、ジフリークも瞬時に理解した。
「どこまでもふざけたヤツだな……だが、敢えてその提案に乗ってやるよ。あくまで、ミストラル国からの命令ではなく『可愛い後輩のお願い』として聞いてやるぜ」
「……感謝しますよ」
そこからは、もう時間との勝負だった。やる事は単純に2つ。一つは街中に設置された無数の卵を排除する事。もう一つはオールドウッズを既に出発したとおもわれる精虫族の大集団からこの街を守る事。言うのは簡単だが、これほどの大規模での抗争は誰も経験していなかった。勿論、不安もあるが光明もある。早急にミストラルとオールドウッズからの援軍も来るという点だ。それまで現状維持で持ち堪えれば勝機はあるとトウタは読んでいた。
国王ベスグエルは即座に国中に警戒レベル最大5の非常警報の警戒に切り替え、同時に守衛達は各エリアの統治詰所に非常連絡を通達した。
フランガルは気を引き締め直し、城中にいる全守衛と警備班を集め、城外の警備計画を伝える。そして自らは鉱物の運搬利用に使っている地下通路へと向かった。ここから攻め込まれてしまっては、すぐ街の内部に精虫族に侵入されてしまう。そうなればせっかく構築した警備計画は無と化してしまうだろう。だからこそ地下通路からの侵入だけは、絶対に封じなければならなかった。
フランガルは地下通路という構造上、少数精鋭の部隊を編成し、自らをリーダとして急いで地下通路に向かった。そしてその予想通り、精虫族は空と地下の分散でブロックフロー国に迫って来ていた。




