精虫族(ワスピー)10
ジフリークは、交渉の切り札として持参してきた拳銃を見せるつもりでいた。さらに中距離及び遠距離用銃の存在を提案する準備もしていた。ところがフランガルはその交渉材料(見返り)に食い付きもせず、話を遮断した。
「え?……それは、この武器に不服という事でしょうか? それとも私の説明の仕方に不備があったという事でしょうか?」
「そういう意味で言ったのではない。実に興味深い話だった」
「……ならばなぜ、試し撃ちすらご覧にならないのでしょうか?この武器の威力を知ろうとなさらないのでしょうか?」
「そういう問題ではない」
……ではどういう問題なのだ? 俺の提案の何が問題があったのだ?ジフリークは頭をフル回転し、その原因を考え始めた。回りくどい駆け引きは避け、満を持しての未知なる武器である拳銃の紹介をしたのだ。これのどこに落ち度があるというのだ?
「交渉は、ここまでだ」
「……い、いや……だから……なぜですか?」
冷静なジフリークは珍しく焦り、同じ質問を繰り返す。ここで交渉を終える理由が全くわからない。まだ交渉の余地は充分にあったはずのだ。だがこの流れは、反論していてなんだが、更なる説明をする機会が完全に断たれた事を自覚し始めていた。
「簡単な事だ。その未知なる武器は人道に外れている」
「……人道?」
「騎士道と言ってもいい。我々にはこの国と共にある。長きに渡り剣を持って敵を倒し、盾を持って敵から守ってきた歴史がある。そのプライドだけは譲れない」
「それでは……例えば魔法攻撃が来たら……」
「それは対抗手段があると言ったはずだ。しかし詳細は教えるわけにはいかない。お前がまだ手の内を隠しているようにな……」
ジフリークは、しばらく天井を見上げていた。……とはいうものの実際に天井を見ていた訳ではない。冷静になるために一度感情をリセットしていた状態が、たまたま上を見上げる仕草だった。結果的に、交渉の最初と最後に同じルーティンをしたことになる。これは予期していた結末ではなかった。
もはや落胆を隠す余裕もなく、絞り出すように最後に一言だけ伝えた。
「……残念です。ですが、この拳銃はここに置いていきます」
「勝手にするがいい。だがそんな事で私の気持ちは変わらないし、その拳銃とやらも即処分する」
フランガルはジフリークの僅かな可能性も潰してきた。もはや再交渉すらあり得ないだろう。この時点で完全に交渉は決裂した。
「……では、このまま街を去ります」
「そこまでは言っていない。その感じだと、どうせミストラルには戻れないんだろう? もう少しゆっくりしていても構わないぞ」
そう言いながらも、フランガルの顔は笑ってはいなかった。
「寛大な配慮に痛み入ります。では出発における準備の時間だけ頂戴いたします」
ジフリークはそう言って深く礼を行い部屋を出た。奥で護衛していた兵士も、入り口の外で護衛していた兵士も放心状態のジフリークには手を出さなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「今振り返っても、違和感が残る」
ジフリークが冷静に分析しながら、交渉時の事を説明している。
「相手が話に乗ってこなかったこと?」
「それもあるが、何かが引っかかる。実際に俺との対話には何か意味があったはずだ。そうでなければ、そもそも交渉に応じるはずがない」
「……確かに」
「俺との交渉決裂は最初から予定調和だったのか?……では、俺との交渉を受けた本当の目的とはなんだ?」
ジフリークは、あの交渉時の流れをもう一度思い出していた。
「どういうことだよ?」
「……俺との交渉というより、俺らがどこまでブロックフローにおける情報を知っているか? そういう部分にさりげなく探りを入れてきた感じがする」
「つまり、奴らには俺たちに知られてはいけない『何か』があるってことか?」
マサシがジフリークに誘われるに質問で返す。実際にジフリークを除く3人は交渉に参加していないのだから、交渉時におけるその場の独特な雰囲気など知るはずもない。それでも疑問を補助する事で、ジフリークの思考の手助けになればと思っていた。
「俺らのような部外者にかもしれないし、国家機密として民衆に知られたくない事なのかもしれない」
「しかし俺たちは、ここ数週間で相当な探索と情報収集を行ったぜ。それに落ち度があるとも思えないけどな」
「もう表向きじゃないって事さ。ここからは裏の話になる」
「裏?」
ジフリークは今回の交渉で、たった一つだけ気になった部分があった。そこからフランガルと対峙までの出来事を詳細に思い出しながら、疑問と交渉決裂の意図を考える。まるで点を重ねて線に繋ぎ合わせるように想いを馳せる。
……そしてある仮説にたどり着く。
「……交渉は失敗したが、同時に俺は確信したよ。この国の上層連中は何かとんでもないことを隠しているし、それがバレるのを恐れている」
「何かとは?」
「鉱物の出処さ。これだけがどうしてもわからなかった。逆に言えば、これが奴らの秘密だ」
「だから、その件はあれだけ探してその痕跡すら見つけられなかったじゃないか?」
「確かにな。だが今回の交渉で俺はそのヒントを見つけた」
「え?」
「さぁ〜出国準備の続きをしよう。今度は俺たち反撃の順番だ」
そう言って、ジフリークは撤収の為の身支度を始めた。アミもマサシもタケツグも今は、これ以上追求しなかった。ただ冷静で常に先を見据えている目力を見て、いつものジフリークに戻ったと確信した。
窓の外は、夜になった事で工房の火が消え、月明かりだけが町全体を照らしていた。従業員たちが仕事を終え宴会で大盛り上がりをしているまさに今、夜更けの時間にジフリーク達は行動を起こすのであった。




