精虫族(ワスピー)08
ジンカイ達が精虫族エリアへ踏み込む数週間前。ブロックフロー国に身分を隠し滞在していたジフリーク、アミ、マサシ、タケツグは、この国の違和感に気づき始めていた。
ブロックフロー国はミストラルと同様、他国との交流を最小限に止めてる一方で国防を重視している。それを象徴するのが外壁だけでなく街の至る場所に高さ20mほどの防壁がそびえ立ち、街全体がまるで迷路のように視界の塞がれた構成になっているのだ。
ここまで徹底して防衛意識が強いのは、どういう心理なのか?ジフリーク達は慎重に時間をかけてその辺りを調査してきた。
大まかな国の構造は、大規模な精錬所が街の四隅に存在し、それを取り囲むように大小いくつもの工房と町並みが存在している。工房の目的はさらなる防壁製作だ。他国との貿易を制限している以上、防衛負担はかなりのモノだと予想されるが、傍目から貧窮という印象はない。その背景には豊かな自給自足があった。だからこそ、自国を守りたいという意思はわかる。ただそういう事情は差し引いても、この防御体制は過剰だと言わざるを得ない。
不思議な事にブロックフロー近郊には防壁製作工房の需要に見合うだけの原材料……つまり鉱山がない。正確には、すでに枯渇してもう何年も人の立ち入った痕跡がなかった跡地をジフリーク達は確認していた。残る可能性は他国との貿易で得る物資の調達しかないのだが、ジフリーク達の滞在中に外部からの鉱物調達は一切確認出来なかった。それでも、町中に精錬所や工房の作業はフル回転で製錬された防壁部分が着々と造られていっている。
観光と偽りブロックフロー国に来た以上、ジフリーク達は大々的な調査は出来ない。だから昼は目立たぬように街へ繰り出し、夜は慎重に街の探索を行ってきた。そしてある程度、調査の目処が立った段階で深夜の宿屋の一室で一同が集まり調査のすり合わせをし始めた。当然、魔法で周囲には気づかれないように警戒をしながらの作戦会議だった。
「一体この国はどうなっているんだ?」
唐突にマサシが疑問を投げかける。
「全体的なイメージとして、国に対する忠誠心が高い民衆なのだろう。自給自足が成り立っているから、街全体として活気がある」
冷静な分析をするジフリークに、さらにマサシは詰め寄る。
「そ、そういう話じゃなくて、いくらなんでもおかしいと思わないか? 街の至る所に高い防壁があるのは?それが今もって増設中って事にだよ?」
「私は家の窓の開けた時の景観とか気にするタイプだから、こんなところに住みたくはないわね。窮屈すぎるわ」
「俺は良いと思うぜ。防壁の最上部に装飾までつけて細部まで凝っているし」
アミやタケツグが屈託のない意見で話の腰を折る。
「確かに行商人や俺たちのような余所者に対して敵対心を持っているわけでもないのに、高い壁がそこら中に立ち並ぶ異様な光景は確かにおかしいとは思うよ」
「そもそも街中に、これほど多く防壁を作る意味があるのか?」
「それは俺にもわからない。それとなく人に聞きまくったが秘密を隠しているという感じではなく、本当にわかっていない感じだった」
「つまり街の連中も、理由もわからずこの壁をひたすら造っているのか?」
「まぁ〜上からのお達しに文句は言えないだろう。それよりも、問題はこれからさ」
「……れいの交渉の件か?」
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ジフリークがブロックフロー国と交渉のカードをして用意してきたのは魔法ではなく武器だった。そもそも情報や流通の交流が多い海国ラテールではなく、閉鎖的なブロックフロー国を選んだ理由は、まさにそこにある。国防に力を入れているからこそ武器もまた必要だと考えるのはシンプルな道理だ。
ジフリークは警戒しつつ情報を集めていくうちに、この街でかなりの権威を持つ武器商人との接触に成功する。
武器商人との交渉は駆け引きなどの前置きは殆どなく純粋に金を渡す事で、国の軍事管轄を任されているフランガルとの接見が叶った。ただし4人ではなく1人だけという条件を提示される。勿論、ジフリークとしても最初から、そのつもりだった。なぜなら正規の交渉ではないわけだから、図らずともこちらの手の内でもある味方を曝け出すリスクを避けた形に持っていけたのは最高の滑り出しと言える。
この街を牛耳る武器商人の伝手で実現した今回の交渉。場所は城内ではなく、街の中心部にある繁華街の一角、ギャンブルが堂々とおこなわれている酒場を指定してきた。
もとより逃げ場などないことは分かっていた。それほどジフリークにとってはリスキーな事。しかし、危険を侵さなければ踏み込めない一歩がある。それが今だった。
武器商人の後を追うようにジフリークは賑わいのある大広間を抜け、カウンターの横を通り、照明の薄暗い扉の前まで来た。
「ここから先は、お前さん一人でいきな。そしてこの件が結果的にどうなろうとワシは無関係だからな」
「……あぁ〜。そう言う約束だからな」
武器商人は、そう言ってジフリークから金を受け取り、ギャンブルで盛り上がっている烏合の中に消えていった。
ジフリーは立ち止まったままの状態で目線を上に上げ息を吐いた。この間は数秒だが、落ち着きを取り戻し扉を開け一人で暗闇の中を進んで行くのであった。




