精虫族(ワスピー)07
「まるで森が動いているみたいだね〜」
「迫力がすごいよ」
ジンカイを筆頭に精樹族の大集団が精虫族エリアへの移動を行っている。アギト達もプラタナスやプロレス三本勝負で対戦したモクレンやトネリコなどの枝に捕まり、高い位置からこの移動に参加していた。
オールドウッズは精樹族にとって地元なわけで、その移動手法も非常に長けている。現存する樹々や幹には損傷を与えず、隙間隙間を見事なテンポで移動しているのだ。まるですり抜けているような錯覚さえ起こしそうな見事な移動方法である。
任務を優先すれば樹々をなぎ倒していくことも可能で、その方が移動速度も充分早い。だが、それはしなかった。『森と共に生き、森を傷つけない』が精樹族のポリシーであり、いくら秩序の為とはいえ、森を壊していい理由にはならない。それは今後において人間と共存していく上でも大事な心構えで、アギトたちは精樹族の行動を見て、改めて生命の大事さを教わった。
しかし、これだけの大々的な進行なのだが、なぜか様子がおかしい。
「……これはおかしい。スバルの方はどうだ?」
アギトは真記憶解析魔法に一切の変化が見られない事に違和感を覚え、新しい解析魔法を身につけたスバルにも確認をとってみた。
「こっちも何も反応がないよ。一体どういう事だよ?」
「ジンカイさん……これは?」
アギトがジンカイさんに答えを求めた。当然、ジンカイもこの違和感を気づいていた。大義名分はあるとしても、精樹族が精虫族管轄エリアに侵入しているのだ。何かしらの精虫族のリアクションがあってもおかしくない。それが警備していたであろう痕跡は確認出来ても、実際の気配が一切感じられないのだ。これは、我々の動きを本部に知らせる為に持ち場を離れたとも考えられるが、もう一つの可能性の方が高かった。
「少し、遅かったかな」
「え?」
感知魔法を使えない、ケイやトモミ、ゲンキですら気づき始めてきた。さらにモモちゃんの一言で、違和感が確信に変わった。
「てきがいましぇん」
「だ、だよな。確かにおかしいよな。俺たちが偵察しに行った時もそうだったけど、警備の連中が全くいないんだよ」
「相手は一箇所でこちらが来るのを待ち構えているんでしょうか?」
アギトは可能性の一つをジンカイさんにぶつけてみた。
「その可能性もあるけど、どうも違うようだね。どうやらこちらの動き以前に相手の行動が迅速だったようだ」
「どういう事?」
ケイが聞き返す。
「確証はまだないが、もう少しで君たちが見つけた『例の大穴』に到着する。一応、用心はしておいてくれよ。これが相手の待ち伏せ作戦かもしれないからね」
そう言って、最低限の緊張をみんなに伝えた。しかし、そう言いながらジンカイは別な事を考えていた。
偵察時は例の大穴のそれこそ数百メール手前までしか近づけなかった。結果的に魔法を通してしか見ることしか出来なかったが、実際に到着してその穴の大きさを目の当たりにしてアギト達は言葉を失った。現物を見ると、もうこれは穴というより地面の裂け目のような絶壁だった。それも底が見えないくらい地中深く続いていた。
「信じられね……もはや、これを穴堀りとは呼べね〜よ」
「確かに……もうこれは、地殻変動レベルのスケールだわ」
「こ、この地下の奥に奴らがいるの?」
1番聞きたいことをトモミが聞いた。しかし、ジンカイ、アギト、スバルに返事がなかった。
「どうしたんだよ?。この下に奴らがいるんだろ?怖いけど、早く降りようぜ」
ゲンキがせっつくが、誰もリアクションをしない。
「……ここまで来て、何をビビっているんだよ?」
その質問に答えるように、スバルが答える
「……いない……敵が誰もいない」
「は? スバルじゃ埒が明かないよ。ジンカイさん、どういうことなのか説明してよ? あ、今回は回りくどいのナシで」
ゲンキは早くこの状況を知りたいので、事前にジンカイさんの答えに釘をさした。
「ここに来る途中で可能性の一つとして考えてはいたが、実際に現地を見て確信したよ。精虫族は、もうオールドウッズにはいない」
精虫族の気配を感じ取れないことを察した連中はこの答えにうすうす辿りついていた。だた周辺感知が苦手なゲンキやトモミにはまだ理解が出来ていなかった。
「んじゃどこ行ったの?」
「おそらく……人間のいる場所かな」
ジンカイの答えで、みんなに緊張が走る。
「え?……まさか精虫族はミストラルに向かったっていうの?」
「オールドウッズから一番近い国ってどこ?ミストラルじゃないわよね?」
不安を緩和する為にジンカイは論理的に説明する。
「いや、ミストラルではないよ。なぜならミストラルと精虫族が交渉していればミトさんが黙認するはずがないからね」
「たしかに……だとすると、別の国ってことか」
「んじゃ、これからどうするのさ?」
「その件なんだけどね……我々はここでみんなとは別行動をしたいと思っている」
ジンカイの提案はいつもみんなを驚かす。
「え?……どういう事?」
「精樹族の最優先は、オールドウッズの治安なのさ。だから、この場所に精虫族がいないから『それでおしまい』とはいかない。精虫族管轄の全てのエリアを調査確認する必要がある。その後で2度と精虫族がオールドウッズに再侵入出来ないように全外周に結界を張る」
ジンカイは簡単に言っているが、そもそもオールドウッズの広さは現世における関東平野に匹敵すると言われている。精虫族のエリアはそのうちの3割なのだから約5000k㎡その広さを全部を確認し、その外周全てに結界を張るとは、どれほどの作業量か想像がつかない。
「そ、それで僕たちはどうすればいいの?」
「……ご希望通り、特訓の成果を思いっきり試してもらおうかな」
ゲンキの質問に答えながら、ジンカイは少し微笑んだように見えた。




