パワーバランス18
プラタナスの肩?(枝)に乗りハイペリオン山頂付近にあるという湯治場に行く途中、精樹王マスカラスとミトさんの会談内容をアギトは教えてもらう。そして精虫族の同行を探るべく、スバル達の決意も知った。
「そのための特訓なのか……ミトさんらしいやり口だなぁ〜」
同時に今回の任務の難易度の高さを実感した。今回ばかりは失敗は許されない。それは俺たちだけの問題ではなくミストラルやオールドウッズまで迷惑をかける事になる。これまで以上に細心の準備をしないといけないという、身の引き締まる思いになった。
湯治場までの山道は、プラタナスの移動魔法でもアギトを乗せての登りという事もあって、予想以上に時間がかかってしまう。その為、到達する頃には完全に日は落ち夜になっていた。当然道中に外灯などあるはずがなく、わずかな月明かりだけがアギトにとって視界の頼りだった。しかしプラタナスは土地勘を把握しているのか、光量は関係なくその動きには視界には頼っていないように感じ取れる。
無事到着したこの場所は、共有区の際にそびえ立っていて、ここら辺では一番高い山間の場所にあるという。そして湯治場と称した通り、平家の宿のシルエットが辛うじて、斜面に沿って何棟も段々に立ち並んでいるのが月明かりで見えた。
どうやら、人の気配も精樹族の気配も感じられない。灯りは一切なく、むしろ閑散とした宿が連なっている風に見てとれ、あたり一面が不気味な静けさに包まれているようも受け取れる。
「ここには精樹族はいないのかな⁉︎ もしかして誰もいないのかな⁉︎」
アギトは記憶解析魔法は使わず、周囲を必死に凝視しながらプラタナスに質問をする。
「今は私たちだけです。では宿の準備をしてきますので、ここでしばらくお待ちください」
そういって、アギトを下ろしプラタナスは宿の裏へ移動して行った。アギトは玄関前で中に入る事も出来ずにポツンと一人残されてしまう。シチュエーション的に、見知らぬ場所での一人放置はいかがなものかと思ったが、今のアギトはそれどころではなかった。前々からお腹が空き過ぎて怖いとか寂しいとかそんな精神状態ではなかった。とりあえず何か食べたい。流石に我慢出来ないので大声でプラタナスに要求した。
「お〜い、プラタナス‼︎ もう腹減って死にそうだ。何か作ってくれ〜。もしくは台所を貸してくれ〜」
アギトはプラタナスがコテージ から食料を持ってきていたのは知っていた。宿の安全のチェックをしているのであれば、その間に自分で簡単な調理くらいしようと考えた。それほど空腹の限界だった。道中ずっと我慢してきたせいもあるが、おそらくプラタナスが言っていた鎮静魔法の効果が切れたせいもあるだろう。
「もう少々、お待ちください」
そう言って、宿の至る場所で枝が伸びる音が聞こえる。よほど同時に仕事をこなしているのだろう。
……本当にマメで真面目な性格だ
アギトもどちらかと言えば真面目な方だが、それをさらに上回るまさにサポートの鑑というべき存在だった。そうこうしている内に十数棟ある中で目の前の宿だけに灯りがついた。はっきりと全貌が見えた事でこの趣のある宿の良さが見え、同時に自分の置かれている状況が理解出来た。
「これは完全に貸し切りだな」
何より目の前の玄関や窓を通して柔らかな明かりが点灯した事で、ようやく安堵した。そして緊張から解き放たれた事で、より空腹に拍車がかかった。
食事を早々に終え休憩の後、いざ湯治場の本命とばかりに温泉地に向かう。すべての宿から細い道が続いていて、その終着点に目当ての温泉はあるという。細い道の足元には、一定間隔で火が灯っていて、足場の確保をしてくれる。それに対し、当然だが夜なので周囲景色は暗闇でとても細部まで確認出来ない。それでも月明かりで大雑把な地形はアギトでも把握することが出来た。
宿の内装もそうだったのだが、この通路も細部に至るまで細やかな配慮を感じた。アギトは現世において高級旅館など言った事はないのだが、建物から癒される雰囲気を感じ取っていた。温泉に通じる通路は石張りだが、濡れていても水捌けがよく、滑りにくい加工をされていている。アギトはそういう配慮を感心しつつ、歩きながら質問を投げかけた。
「プラタナス、ちなみに共有区、精虫族管轄エリアはどっちの方角かな⁉︎」
「ちょうど、この先の温泉から見える眺望が、それにあたります」
「なるほど。……では、温泉で記憶解析魔法を使っても大丈夫かな〜」
「病み上がりなので、短時間であれば……ただし、無理のなさらぬように」
宿から離れの温泉へ向かう距離は時間にして5分弱くらいだろうか? 目の前の少し開けた場所に雄大な温泉を発見する。一見、古風で和を意識している雰囲気に少し驚いた。
「なるほど……ジンカイさんの趣旨はこういう感じなのね」
「精樹族は利用しませんが、周囲に溶け込んでいる建造物だと思っております」
プラタナスの評価もなかなかのようだ。転生者にとってみれば、いわゆる『懐かしい雰囲気』といったところかもしれない。アギトは景観の素晴らしさに堪能しつつ、早々に温泉に入る事にする。
コテージ に設置している露天風呂とは、また違った趣だ。一番の違いはその眺望。露天風呂は竹林や森といったいわゆる森林に囲まれた場所。森林浴に風呂が追加され、文字どおり『森林浴』だった。それに対し、この場所の温泉はより自然らしさ残しつつ天然温泉のような雰囲気を演出し、さらに一面に広がるパノラマの風景に圧倒される。まさに絶景という名にふさわしい場所だった。




