パワーバランス17
アギトとプラタナスDがいなくなったその日の夜、入れ違いにやっとミトさんがコテージに戻ってきた。たった数日会えなかっただけなのに、ミトさんが玄関を開けて戻ってきた姿を見た瞬間、みんなから自然と笑みがこぼれ安心感に溢れた。『そこにいる』存在がどれだけ頼りになるのか……どれだけ心強いか。改めてミトさんのありがたみをみんなは理解出来た。
「そういう歓迎は、いいから」
みんなの興奮モードとは裏腹に、ミトさんは至って冷静でマイペースだ。ただ、これもミトさんの計画の一つではあった。異国の地での慣れない環境での生活。それに加え、頼れる存在であるスリートップのトウタ、カミュール、アギトの不在。当然、今まで以上にミトさんに頼ってくるのは目に見えていた。だからミトさんは意図的に数日の間、コテージ を留守にしていた。
そうやってスバル達に自立を自覚する環境を作ったのだ。人は心に決めても、安堵する拠り所があれば、どうしてもそちらに流されてしまう。アギトが安静の為に目を覚さない今が、みんなにとってまさにその『人任せ』という甘えを断ち切る唯一のタイミングだった。
勿論、スバルたち当人はそんな裏事情はわかっていない。なんとなくここ数日は、かなりのストレスがあったくらいの感覚だろう。だからミトさんが戻ってきた事で、みんなは抱えていた不満を解消するかのように大騒ぎをしたのだ。
あらかたの歓迎は終わり、みんなはひと息をつくために各々好きな場所でくつろぎ始めた。窓際だったり、暖炉の側だったり、寝室のベッドだったり、……その中でケイだけはリビングのソファーに座っているミトさんの前に立ち、そこそこ大きめな声で宣言した。
「ミトさん、私は回復魔法を覚えたいのです」
ミトさんは誰かが自発的な行動をしてくるのを期待していたが、その嬉しさを表情には出さなかった。むしろ、あえて不思議そうな仕草をみせ、それからケイの目を見つめた。
「本気なのかい⁉︎」
「本気です」
ケイの揺るぎない返事が返ってきた。するとミトさんは昔話を始めた。
「前にアギトが似た様な事を言ってきたよ。『俺たちには接近戦が出来るタイプがいない。だから自分がやるので接近魔法を教えてください』ってね」
「……アギトなら、いいそうだわ」
スバルを含めみんなもミトさんとケイの話に気になったのか、いつの間にか自然とミトさんの周りに集まってきた。
「でも、なんでアギトは接近魔法を取得できなかったの⁉︎ 出来ていればオールドウッズへ来る道中の対潜伏モンスもトネリコ戦も、あそこまで苦労しなくて済んだのかもしれないのにさ⁉︎」
いつもはスバルが質問する役なのだが、今回だけはスバルはその答えがわかっていた。それはスバルがアギト同様に解析魔法を取得しているからこそアギトの魔法適性を知っていた。かわりにゲンキがこの質問をミトさんにぶつけたのだ。
「みんなそれぞれに個性があるように、得手不得手がある。ようは使える魔法にも適性がある。それは一番最初に言ったはずだよね。自分が望むからと言って、好き勝手に魔法は選べないのさ」
「だから、アギトは遠距離魔法をあそこまで接近用に改良したのか」
ゲンキが納得したようにうなずいた。
「そうだね。だけど『選べない』と『使えない』は同じではないのさ。それはアギトが証明してくれたよね」
「確かに」
「で、では……私は回復魔法を覚えられないのですか⁉︎」
ケイは一瞬諦めかけたが、わずかな希望にすがるような思いでミトさんに迫った。
「元々『回復』は全ての生物に備わっている機能なのさ。だから誰でも回復魔法を使う事は出来る」
「おぉ〜そうなんだ」
みんなから、ちょっとした歓声が沸いた
「ただし、魔法とつくからには細かく言えば適性が存在する。しかし、アギトのあの頑張りを見た後では、これ以上は言わなくてもわかるだろう」
アギトのあの激闘は、あの試合だけでは終わらなかった。ちゃんと『種』を残していたのだ。あの激闘をみんなそれぞれが『可能性』という種を受け継いでいた。ケイだけなく、みんなもそれを感じとっているかは、その表情を見れば一目瞭然だった。
「私は覚悟を決めたんです。だからどんな事をしても回復魔法を習得したいの‼︎ そしてみんなの役に立ちたいの‼︎」
自らを鼓舞したセリフかもしれないが、その想いはこの場にいるみんなの心に浸透した。自分の為でなくみんなの為に強くなる。面と向かって言うには照れる発言かもしれないが、誰も茶々を入れることはなかった。
ここにいる誰もが一致した想いであった。
実はミトさんはこの時点で、確信めいた予感があった。今回、もしかするとケイの魔法が精虫族問題解決の切り札になるかもしれないという可能性を。だから回復魔法を自ら志願した事で、同時に切り札となりうる魔法についてもケイにレクチャーし始めた。




