パワーバランス13
精樹王マスカラスとミトさんが合意を決めた交渉日の翌日から、アギトを除くみんなは森林大会場に集合している。ちなみにマスカラスとミトさんは交渉においての細部の調整をするとかで、オールドウッズの各主要ポイントを順次巡っているらしい。オールドウッズにおける精樹族のエリアだけでも相当な広さなはず。関東平野ほどの広さに該当すると言っていたのだから、1日そこらで全てを視察出来るはずがない。おそらく数日かそれ以上かかるかもしれない。
みんなにとってミトさんとも別行動でアギトもいない状態はこれまで経験がなく、まさに自分達だけが頼りだった。ただ精樹王マスカラスの目の前で各々が自分の意思で『やります』と言った手前、この特訓からも逃げる訳にはいかない。強くならなければ、今度はミトさんもジンカイさんも助けてくれない……そんな背水の陣のような切迫感があった。
そんなみんなの不安をよそにジンカイは淡々と説明を始める。まず特訓を始めるにあたり、最初に簡単な流れをみんなに伝えた。
「大事な事は、自らで考える事だよ。なので現状それぞれの力量を理解してもらう事から始めるよ。ただし基本的に手取り足取り教える事はしないからね」
「それのどこが特訓なんだよ⁉︎」
スバルはジンカイさんにも容赦なくつっこむ。
「きっかけを与えるだけさ。各自が持っている魔法の特性を各々が知る事で、その可能性が見えて来る。……アギト君がやったようにね」
「知っているなら、もっと明確に教えてくれればいいのに、回りくどいなぁ〜」
スバルの言う事はもっともだが、ジンカイは敢えてみんなに考えさせるように誘導する。勿論、答えをすぐ教えるのは簡単だ。しかしそれだと自分で考えず他人に委ねる思考になってしまう事をジンカイは知っていた。聞けば教えてくれる癖がつけてしまうと、咄嗟の時に、瞬時の際に、思考が浮かばない。何より聞くことで自立の機会を奪い、いつまで経っても責任逃れをしてしまう。つまり成長速度は、極端に落ちてしまうのだ。
同じ『答えを知る』でも、自らの力で見つけるとその時のイメージが強烈に焼き付き、成長を加速させるスイッチになるという理論をジンカイさんはオールドウッズに来て学んだ。そして同様な事をアギトが実証して見せてくれた。
これは9年前、ミストラルのあの欲に溺れたリンカー連中では到達出来ない領域だった。便利を求める事を楽をする事は同じではない。しかし同格と捉え、楽を覚えてしまった人間は成長を望まない事を、その時ジンカイは痛感させられたのだ。
「……自分で考えて辿り着くことに意味があるのさ」
ジンカイは、わかりやすく言葉を噛み砕いてみんなに理由を説明する。
『自分で考える』……その言葉に反応して、スバルはジンカイさんに疑問を投げかける。
「んじゃ、言わせてもらうけどさ……精虫族エリアでは、魔法の干渉すらダメなんでしょ? なら僕たちが魔法を覚えたって意味がないじゃん。この特訓は意味がないじゃん」
「ん、そんな事言ったっけ?」
スバルの質問にゲンキが真面目にすっとぼける。
「言っただろ‼︎ 相手の領域には介入しないって‼︎」
「あ〜それね」
「それだよ(……コイツ絶対わかっていないな)」
それに対しジンカイさんは、笑いながら説明をする
「フフフ……あれはね、あくまで精虫族と精樹族と間での契約なのさ。だから君たちが精虫族の管理エリアに侵入しようが、見つかって追いかけられようが、魔法使って大騒ぎしようが、負けて捕まろうが、精樹族的には全く問題がないのさ」
「問題大ありだよ‼︎ 作戦失敗して捕まるの前提かよ‼︎ つか、そういうフラグを立てるなよ‼︎」
間髪入れずスバルがつっこむ。
「本当であれば、問答無用に精虫族との全面抗争も辞さない覚悟も準備もある。でもね、それをやると必要以上に戦場が広がり、この森が壊れてしまう可能性がある。それだけは絶対に避けないといけないんだよ。……森に罪はないからね」
ジンカイさんの先読みは、単純に精樹族と精虫族の問題だけでは終わらず、オールドウッズ大森林のその後の存続に関わる事まで考えている。
そしてなるべく小さい規模での事態収束を望むのであれば、ジンカイ自らが先陣を切るのではなく、ミトさんに頼る事が最善だと考えた。
一方、ミトさんはアギト達の現状の魔力の強さを『井の中の蛙』と称し、今後における強化方法を考えていた。つまりアギト達当人の知らない内に、ジンカイさんととミトさんのお互いのメリットが一致していたことになる




