山垣 朋己(ヤマガキ トモミ)02
彼の名前は山垣 朋己。悪態ついていた言葉使いは最初だけで、その後は優しい言葉使いになった。……つまり根は優しい人なのだ。無論、師匠が窘めた成果なのだけれども。
トモミ君、曰く……自分は見た目がゴツいので初対面で誰と会っても良い印象がないらしく、それならば自らもその怖いキャラを演じる事でポジションを確保していたというのだ。しかし、師匠は一体彼になにをしたのかしら⁉︎ 『圧』ってなんなのかしら⁉︎
「……師匠、魔法を使ったんですか⁉︎」
「ん⁉︎ さっきのアレかい⁉︎……正確には魔法ではなく『魔法準備』だね。魔法詠唱する際に出る魔力を彼は『圧』と感じとったんだ」
「なるほどぉ〜」
「人は無意識に危機判断をする時があるんだよ。『本能がざわつく』という感覚がある。アギト君がその際たる例だね」
「アギト君はその能力に特化していましたね〜」
「例えば、前世界ではプロボクサーや格闘家という1対1で戦う職業があって、ほんの数秒、相手と交えただけで相手の強さの力量がわかってしまう者が存在する。つまり瞬時に自分と相手のどちらが強いかを理解してしまうんだ」
「それでは、戦う意味がないですね〜」
「力量を補う手段はいくらでもある。そのために彼らは戦う何ヶ月前から全てをかけて練習するんだ」
「ではトモミ君も前世では……そのプロボクサーという者だったのですか?」
「少しは格闘というジャンルをかじっていたかもしれない。でも完全に格闘に身を置く人の佇まいではないね。そしてこれは人というか生物の本能なんだけど、自分より強い相手には、基本的には戦いを挑まないんだよ」
「……それでは、先ほどのプロボクサーの話と矛盾しますけど⁉︎」
「ボクシングは戦うことが『目的』ではないんだ。あくまで『手段』なんだ」
「どういうことですか⁉︎」
「最初に『職業』といったよね。つまり勝負をする事で得られる、地位、名声、金、モテたい優越感……そういう勝利の後に付いてくる報酬の為に戦っている。直接的には相手に対しての恨みも憎しみもない」
「そうなんですね」
「あと最大の理由は『スポーツ』であり『エンターテイメント』なのさ。だから、ルールが存在する。そしてルールが存在するからこそ、力勝負じゃない部分が求められる」
「どう言うことでしょうか?」
「格闘技にはその種類によってルールが異なる。例えば、ボクシングは拳の攻撃しか認めていない。倒れた相手には一切攻撃出来ない。また3分戦って1分インターバルがある。体重による階級に分け公平性を保つ」
「色々、制限がありますね〜」
「ルールだからね。そしてエンターテイメントとしての、スポーツとしてのルールが存在すると、どうなるか⁉︎」
「どうなるんですか⁉︎」
「単純に拳の殴り合いじゃなくなるんだ。『縛り』があるからこそ攻撃力だけではなく、防御能力、回避能力、回復能力、持続能力、など、殴る以外のテクニックと呼ばれる要素の重要性が問われてくる。」
「なるほどぉ〜」
「でも、今回の様になんでもありの状態だと『違う一面』が突出する。初対面では、より相手を食らいつくす『圧』が駆け引きの重要性を占めてくるんだ。」
「どういう事ですか⁉︎」
「彼はなぜ、最初に威嚇してきたんだと思う⁉︎」
「……それは、自分を有利に見せるためですよね」
「そうだね。一見して自分の体格の方が大きいとわかり、これは『有利』と踏んだのだろう。そしてその体格の大きさを武器に、さらに言葉で攻めてきた」
「はい」
「だから、彼の威嚇を上回る威圧を見せてあげたのさ」
「な、なるほどぉ」
「威嚇は中身が伴ってないけど、威圧は実力が伴っているのさ。」
「その違いが、彼にはわかったのですか⁉︎」
「そうだね。初めて会った相手なのに、戦ってもいないのに、彼には相手の力量がわかった。『これはヤバイ』と本能が察知した。そういう能力は大事だと思う。見切りの早さと世渡りのうまさという点では処世術に長けているね」
「そうだったんですね」
「彼の優れている点は、すぐ自分の負けを悟りすぐに謝った。……普通は感情が昂り、その勢いに任せて殴りあいになるんだけど、彼はそうしなかった。瞬間的に冷静になれる点、そこが彼の褒めるべき所さ」
「さすがです師匠〜。ところでトモミ君はこの世界で……ミストラルでやっていけるでしょうか?」
「……いけると思うよ。根の優しさは本物さ。もう大丈夫だとは思うね。」
「師匠が言うなら平気ですね。もう太鼓判をもらったようなもんです。……でも、……もし魔法を習得し自らが強くなった時点で、今のような揉め事を起こす可能性はないでしょうか?自分が強くなったと勘違いしないでしょうか⁉︎」
「可能性を言ってしまえば、彼だけではなく、転生者の誰にでもその可能性はあるよね。それほど魔法とは、これまでの自分の力を大きく塗り替えてしまう能力なのさ。そりゃ勘違いもすることもあるとは思う。自惚れる事もあるとは思う」
「そ、そうですよね」
「でもね。魔法を覚えると言うことは、この世界のルールを知る事になる。そして遅かれ早かれ『強さ』の意味を知り、成長すればするほどもっと強い存在を知る事になる。その時、決して一人では生きていけない事実を突きつけられるのさ。……すると自分自身を守るという考え方から、仲間を、住民を守る為に何をしなくてはならないのか⁉︎……そういうグルーバルな発想に考えが及ぶはずなんだ。
「何故ですか⁉︎」
「前世はほぼ平和という前提の元に、生活の中にルールがあって自由が成立していたのさ。だけどこの世界は平和が担保されていない。戦いにおいてもルールなんてものはない。だから、考え方の根本を変えるしかないのさ」
「道は険しいですねぇ」
「人に言う前に俺も頑張らないとね。今以上に強くならないと」
「そう言う師匠のあくなき探究心も大好きです‼︎」
……私と師匠が管理棟の外でトモミ君の審査報告を待っている間、こんな調子で長話をしていたのだが、突然トモミ君が審査員に大声で突っかかってる声が聞こえた。
「師匠‼︎」
「まったく、彼は初対面の人に対しては、威嚇しないと気が済まないのかね〜‼︎ ……小心者なのが玉に瑕かもしれないね〜……ちょっと行ってくるよ」
……言ってるそばから、彼は本当に大丈夫なのかしら⁉︎ 私はまだ多少の不安が残っていた。




