パワーバランス03
翌朝になってもアギトはまだ目を覚まさない。その姿を見て、みんなに変な緊張が漂っていた。改めて昨日の激闘が甦ったのだ。極限の状態にまで追い込まれながら、それでも自分の力を信じたアギトに感動を覚えたのと同時に、実際自分ならどう戦ったのかを考えさせられた。そして導かれた答えは……限りなく敗北に近いイメージだった。
朝食の時間になってもそんなモヤモヤした気持ちは晴れず、とても食事が喉を通る雰囲気ではなかった。そんな場に流れる嫌な空気の流れを断ち切るかのように、スバルがミトさんに声をかける。
「ミトさん、僕は……僕らは、何をすればいいと思う⁉︎」
そう言いながら、振り向いてアギトが寝ている部屋の方向をチラリと見た。それまでミトさんだけが気にせず食事をしていたが、その質問を聞いて食べる手を止めた。
「……アギトが目が覚めるにはまだ時間がかかる。治癒したとはいえ、数日は動けないだろう。こればっかりは待つしかないね。それとは別に、今日にでも精樹王マスカラスとの会談が行われるはずさ。みんなはそれに同席してもらう。当然、アギトは参加させない」
「また、たたかうんでちゅか⁉︎」
モモちゃんが不安そうにミトさんを見てきた。
「……そうだね。マスカラスの本心は私と戦いたいんだろう。昔の負けを根に持っていそうだからね」
「どんだけ悔しいんだよ」
「本来、プロレスのような戦いは意地の張り合いなのさ。互いが本気でぶつかり合う事で、相手の本音が見えてくる。面倒くさい駆け引きを取り除きシンプルに決着がつく事で、後腐れなく納得出来る。そういう一面もあるね」
「だからってプロレスはないよ。こっちは知らないルールなんだから 最初からハンデありすぎだよ」
昨日は戦ってもいないスバルが文句をいうが、ミトさんは軽く往なす。
「昨日の試合は『余興』と言っていただろう。そういう意味でいえば、相手も本気ではなかったはずさ」
「そ、そうなの⁉︎」
「ただ、アギトの試合……あれは途中から完全に雰囲気が変わった。と言うよりアギトが『変えた』のさ。だから対戦相手のトネリコ、レフリーのジンカイから余裕が消えた。それはあんたらも見ていたからわかっただろう⁉︎」
「……確かに終盤は余興って感じではなかった気がする。本気だった気がするよ」
「余興であれば、ことプロレスに関して素人同然のアギトに対し、あそこまで深刻なダメージを追わすことなく済んだはずさ。あれは殺るか殺られるか……そういう実践に限りなく近い戦いだった」
「本気を出さざるを得なかった……って事⁉︎」
「正確にはアギトがトネリコを本気の領域まで引き上げた。ああいう展開はトネリコもジンカイも予想していなかったはずさ」
「ジンカイさんも最後は、びっくりしてたもんね」
「試合というのは当然ながら一人でやるものではない。相手がいてお互いがお互いを高め合う事で、試合中に戦いのレベルが上がるんだよ。それは対戦した当人同士にしかわからない領域かもしれないが、実はそうではない。実際それを見ている者達が心をわしづかみにされる瞬間があった。感動させられた瞬間があった。つまりあの場にいた全員が純粋に魅せられたのさ。それがあの試合だったね」
確かに、あの戦いを見ていた誰もが不思議な感覚を覚えた。本来、戦いなのだから勝負ありきなのは当然の事と言える。しかし、あの時のアギトは、勝ち負け云々ではなく『今出来ることを全て出す』といった限界を見せてくれた。俺たちでも出来るという可能性を見せてくれた。それが結果的に、最後の最後まで諦めない本物の『勇気』に繋がった。
ミトさんの感想は続く。
「……アギトの戦いは決してスマートな戦い方ではなかったかもしれない。泥臭く特攻精神の玉砕覚悟といった、破れかぶれの戦いに映ったかもしれない。攻撃魔法の成功率は低かったかもしれないが、それでもちゃんと裏付けされた考えがあっての作戦だった。だからこそトネリコもそれに応えたのさ」
「なら、トネリコが最初から本気でやっていたら、アギトはもっと早く負けていたの⁉︎」
「アギトだけじゃない。モモもゲンキもだね」
「……そうでしょうね。だって、こっちはプロレスをやった事がないんだもの。ルールさえ知らない誰かさんとか居たもんね」
ケイは笑いながらゲンキに当て付けるように念を押す。
「今度やれば、必ず5カウント以内に覆面マスクを取ってやるさ」
それに対し、ゲンキが意気揚々と勝利宣言で返す。
「そぉ〜じゃね〜よ‼︎ 覆面マスクは取っちゃいけないんだよ‼︎ なんで5カウント以内なら取ってもいいっていう発想なんだよ⁉︎」
「やっぱ、覆面マスクは憧れるじゃん‼︎」
「憧れるなよ‼︎ むしろ憧れるならマスカラスが推していたWWWベルトの方に興味持てよ‼︎」
「いや、あれはナイわ。興味ない」
それを聞いたスバルが、慌ててプラタナスに注文した。
「……おい、プラタナス」
「はい」
「今のは内緒で頼むわ‼︎ 今のはマスカラスに聞かせたらダメなやつだわ‼︎」
「承知したしました」
なんの疑いもなく承諾の返事をしたプラタナスに対し、みんなの笑い声がコテージ中に響いたのは、言うまでもなかった。




