パワーバランス02
ジンカイはコテージの中で一息ついているみんなの元へ順番に歩み寄り、プラタナスとは別なアプローチで健康診断を行なった。それは戦っていないみんなも含めたメンタルケアが目的だった。そして一番最後にアギトの様子を伺っていたが、ある時点で安心した表情を見せた。
「回復の兆しは見えたね……もう大丈夫だろう。あとはプラタナス、任せたよ」
「承知いたしました」
そう言いながら、ジンカイはアギトが寝ている部屋を出た。その足で居間で目を閉じて考え事をしているミトさんの元へ向かい、アギトの容体を伝えた。そしてその最後に事務的な話をした。
「おそらく明日にでも改めてマスカラス様との正式な会合の場を持ちます。それまで、しばし寛いでいてくださいな」
「そうさせてもらうよ」
「そうそう最後に一言……目が覚めたらアギト君に伝えてもらいたいことがあるんですよ」
「なら、自分で言いな」
ミトさんは、わざと素っ気ない返事をした。
「……今はまだ眠っています。なので、次の機会にしますよ」
そう言って、みんなに手を振りながらジンカイはコテージを去っていった。
今日を思い返せば、初めて会う精樹王マスカラスへの不安。森林ドームでの大観衆による威圧。わけもわからず始まったプロレス三本勝負。そしてアギトの重症。とにかく1日中慌ただしかった。
次々と起きる予想外の出来事での緊張や知らぬ間に心身にのしかかってきた重圧が、ジンカイさんが去ったことでひと段落着いた。プラタナスはいるものの、いつもの面子になった事で気が緩み、自然と雑談が始まった。
同時に、最初にここに来た時の疑問が解けた。コテージにしろ、露天風呂にしろ、食事にしろすべてジンカイさんの手筈だったのだ。それはいつの日か、こんな風に人間がオールドウッズに来る事を想定し、そのもてなしをする為にジンカイさんが率先して準備をしていたのだという。
「せっかくジンカイさんがコテージを作ったんなら、今日はココに居ればいいのに」
「だよな。ミトさんとも久しぶりに会ったんだから、積もる話も合ったんじゃないかなぁ〜」
みんなは自然と暖炉の周りに集まり、プラタナスの淹れてくれたお茶を飲み始める。
「私にとっては9年なんて大した時間じゃないけどね」
「ミトさんにしてみればそうかもしれないけど、人にしてみれば結構長い時間だよ」
「……でも、アギトが無事でよかったよ」
「ほんとに、そうね」
「どれだけ無茶するのかと思ったけど、やっぱりアギトだったよなぁ〜」
「モモちゃんも、かんどうしまちた」
アギトが奥の部屋で寝ているのをいい事にみんなの言いたい放題の状態が続いたが、本心はモモちゃんの言葉が全てだった。あの場にいた誰もが、アギトがあそこまで戦うとは思ってはいなかった。6m四方という閉鎖された環境で、魔法ありのプロレスというルール。さらに魔法の火力を奪われ、遠距離戦法を封じられ、全ての条件がアギトにとって圧倒的に不利な状態だったはずなのだ。
実際、戦いが始まってもトネリコの攻撃をギリギリのところでアギトが凌ぐ展開が続く厳しい戦いだった。それでも、常に逆転の一手を考えていたアギトには、頭が上がらなかった。
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ジンカイとプラタナスの見立て通り、アギトの怪我は夜にはほぼ完治していた。見た目は裂傷くらいだと思っていたが、実際は全身における靭帯損傷、肉離れ、亀裂骨折、そして右の瞼の腫れ。通常ここまでの状況になると全治6週間はかかるという。それを一晩でほぼ完治させた。
ただ高速に怪我が治るという事は、逆に言えば少なからずアギト自身の体力を酷使していることになる。治癒とは、いわば人間に元々備わっている自然治癒力を高める事が前提なのだ。もちろん、魔法で擬似的な皮膚や骨などを一時的に代用する事も出来る。新陳代謝も高める事も出来る。
どちらにしろ魔法で本来の治癒時間を大幅に短縮して回復させるのだから、その反動が致命傷以外の部分において体の負担として掛かってくるのは致し方無いらしい。まぁ〜若いから過剰な心配ないだろうというのが、ジンカイの見解だった。
念のためアギトには数日の絶対安静とその後のリハビリ運動が課せられた。またモモちゃんとゲンキにも、今後数日に渡り再検査を行い、戦いの後遺症がないかプラタナスが調べることになっていた。戦っていないみんなも緊張による疲労感なのか、昨日に続き早々に眠りについた。




