歓迎という名の戦い01
朝方になるとコテージ周辺の一区画に地霧が立ち込めるのだという。何の変哲もない地面が焼かれてもいないのに煙が立ち込めているような不思議な光景。寝起きの状態でそんな景色を窓を開けて見ていると、コテージの外のすぐそばにいるプラタナス達が挨拶をしてきた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「朝っぱらからハモるなよ‼︎ とっくにみんな起きてるよ‼︎」
「朝食の準備が整いました。皆さんリビングへどうぞ〜」
「朝食の準備が整いました。皆さんリビングへどうぞ〜」
「ハモリが美声すぎて逆に腹たつわ‼︎」
スバリは朝からテンションが高い。ここオールドウッズに来て、異文化に触れたりプラタナス達と交流して、一皮剥けた感じがする。
「しかし寝心地は良かったなぁ〜。疲れが全部取れた感じだよ」
「なに、年寄りみたいな事言ってんの。疲れが翌日に残る年齢じゃないでしょ」
「まぁ〜そうなんだけど、気持ちのいい眠りだったっていう例えだよ。そのくらいは察してよ」
「……そういえば、アギトはぐっすり寝れたの⁉︎ 昨日は、一番滅入っていたみたいだけど」
「あぁ〜寝れたよ」
みんなは、どうやら昨日のショックは引きずっていないようだ。失敗を糧とし前に進む為には、まず結果から逃げず事実として受け止めることから始まる。そこを薄めて目を背けてしまっては、また同じ失敗を繰り返してしまうからだ。まだ敗戦の残像が鮮明に残っている今だからこそ出来る事もある。あの時、自分が何が出来たかを明確に反省出来るのは今しかなかった。
実はアギトは昨夜から明け方までずっと昨日の戦いにおける対応策をひたすら試行錯誤していた。スタンプ先生がいなかったら、あの時俺たちは確実に全滅していた。ならば俺たちだけならどう対処すればよかったのか⁉︎ そんなことを何度もシミュレートしていた。なので、実質な睡眠時間は1〜2時間だったかもしれない。それでも不思議と快適な朝を迎えられた。
「さぁ〜準備は整ったかい⁉︎ もう精樹王のところへ行くよ」
ミトさんの一言で、みんなの緊張がワンランク上がった。ウキウキした気分はもう終わりだ。遊びにきたわけじゃない……そんなことはわかっている。果たして、精樹王マスカラスとはどんな人物なのか⁉︎ ミトさんは何をしにココまできたのか⁉︎ 全ては精樹王に会えばわかるはずだ。
「ミトさん……この先、(何か起きたら)魔法は使ってもいいんだよね⁉︎」
「必要だと思えば、使えばいいさ」
もう準備は怠らない。昨日のような失態はしたくない。スバルは事前にミトさんに念を押すように確認をとった。そして了承を得た事で、もう油断しないという気概を感じた。魔法をいつでも発動出来る準備モードに入っている。それはみんなも同様で、身支度だけでなく魔法の準備も抜かりはなかった。
全員がコテージの前に集合したところで、プラタナスが説明をし始めた。
「ここから少々離れたところに精樹王マスカラスがいらっしゃいます。途中までは移動魔法を使いますが、ある程度まで近づいた時点で徒歩に切り替えさせていただきます。予めご了承ください。」
そう言ってプラタナスは一礼をした。昨日と変わらず、いやそれ以上の細やかな気配りだ。そして説明通り森の中を軽快に移動魔法で移動する。移動の際に樹々が邪魔になって進めないのではないかと思っていたが、その予想は裏切られた。まるで電車に乗っているかのように、進むべき先だけが切り開かれている。明らかに自然の隙間ではなく獣道でもなく、人為的に作られた空間だった。
しばらく移動した後に、移動魔法は解除された。そこはそれまでの木々の隙間から光が漏れる美しい光景ではなく、光が一切通らない真っ暗な空間だった。
みんなが暗闇に動揺する中、プラタナスが現状を説明し始める。
「ここから先は、皆様の歓迎の演出の為、あえて光が射し込まない真っ暗な通路になっております。ですが心配ありません。私の腕に全員捕まって、一直線について来てください」
「腕っていうか、枝だけどな」
そう言ってプラタナスたちは手の形状をしていた枝を変形し、先頭と最後尾に位置し全員が枝を掴めるように、高さを個々で調節しながら、みんなを誘導し始めた。見上げても見渡しても真っ暗なのだが、かろうじて地面にはわずかに明るさがあって、進むべき光の道だけは把握出来た。
「足元にはお気をつけください。しばらくこの状態で進みます」
一体これからなにが始まるんだ⁉︎ 演出とか言っていたが、ここまで念入りに精樹王の居場所を知られたくないのには何か意味があるんだろうか⁉︎ そこまで用心深いならミトさんだけを呼んで、俺たちはコテージに残しておけばいいのではないか⁉︎ 暗闇を歩きながらアギトは様々なシチュエーションを巡らせていた。
「皆様、お疲れ様です。到着いたしました。では、急に明るくなりますので、お気をつけくださいませ」
と、言うな否や急に明るくなった。眩しくて一瞬目を閉じたが、明るさに慣れてくると次第に全貌が見えてきた。
「レディース&ジェントルメン!!ようこそ戦いのワンダーランドへ‼︎」
「おぉぉぉぉ〜‼︎」
「おぉぉぉぉ〜‼︎」
いきなり周囲から地響きのような歓声が木霊し、異様な雰囲気が周囲を取り囲んでいた。七色のレーザービームが周囲を縦横無尽に照らし、その中央には眩しすぎるほどの光で包まれていた。そしてプラタナスに誘導されて立たされた場所から中央に向かって光のロードが伸びている。よく見ると中央にはリング(四方をロープで囲まれた試合会場)がある。そしてリングを囲むようにプラタナスに似た多くの精樹族が周囲を取り囲んでいた。
「なんだ、ココ⁉︎」
「なに⁉︎ なにが始まるの⁉︎」
「ウエルカムツゥ〜森林ドームへ‼︎ ウエルカムツゥ〜深林ドームへ‼︎」
「なんで2回言ったぁ〜⁉︎」
「大事な事なので」
「その前に、どこがドームだよ⁉︎ ココってただの森のど真ん中だよ‼︎ ただの屋外だよ‼︎ 雨降ったら、どしゃ降りだよ‼︎ びしょ濡れだよ‼︎」
「これこそ自然味溢れるドームなのです」
「だから、それが屋外なんだよ‼︎『ドーム』は自然の天候には左右されないんだよ‼︎」
「今日は快晴なので絶好のドーム日和になりました。これは最高に盛り上がる展開ダァ〜」
「話を聞けよ‼︎ ドームに天候は関係ないって言ってるだろうが‼︎ つか、あんた誰だよ⁉︎」
「挨拶が遅れました。進行役のメタセコイヤGです」
「相変わらず……名前が適当すぎる」
「さぁ〜そしていよいよチャンピオンの登場だぁ〜‼︎」
「マスカラス‼︎ マスカラス‼︎ マスカラス‼︎ マスカラス‼︎……」
ドーム(⁉︎)全体が地響きのように揺れるほどの多くの精樹族が周囲を埋め尽くし、一斉にマスカラスのコールが響いた。




