-第三十章- 円い十字架(8)
-前回のあらすじ-
陸斗の能力が、「確率変動」ではなく「運命湾曲」という最強の能力であったことが明かされる。それを自信にして、円い十字架を断ち切る計画を実行に移す。
瀬奈との学校生活を思い浮かべる。もし能力なんてなかったら、今頃俺たちは、平和に学校に通っていたのだろう。浩二だって死ぬことはなかっただろう。
俺は、心の底から、そんな世界を望んでいる。
沈黙を破るように、アラームが鳴り始めた。目を開けると、そこには時間切れを示すタイマーの数字が並んでいた。
「それじゃあ、平和な世界でまた逢いましょう」
No.75Cの言葉を聞き終えると、突如世界がゆがみ始めた。
甲高い音を上げて動き続ける機械と、No.75Cを中心に不思議な力が広がっていくのが分かる。いくつもの感情が流れ込み、まとまっては散っていく。
その中には、くーちゃんや瀬奈の感情も垣間見える。
そして、それらの能力がくーちゃんによって打ち消されようとしたとき、俺の身に異変が起こり始めた。
体が燃えるように熱い。血が溶け出しているかのように四肢がマヒする。視線を落とすと、地面にはじわじわと大きな真紅の十字架が広がり始めていた。
十字架が大きくなるにつれ、徐々に世界が改変されていく。自分の中から異能力というものが抜け落ちていく。
『サンキュー。これで俺の存在も思いだしてもらえるかもな』
『ある意味では、僕の記憶は消えてしまうともいえる』
浩二はきっと忘れられないし、それにトオルだってNo.75Cの中で生き続けるはずだ。彼女に埋め込まれた記憶は、異能力によって書き込まれたものではないのだから。
「大丈夫だ。誰一人忘れたりしないさ」
俺がそうつぶやくと、同時に仲間たちの思考も一つになる。
『ええ、なにも怖がることはないわ。もとの世界に戻るだけ』
『あら、さすがは私のママだわ。よくわかってるのね』
『私はせいぜい生まれるはずのなかったクローンとして、迷惑かけない程度に生きることにしよう』
「くーちゃんずいぶんかわったな」
『気づいちゃったからね。自分の本心に』
『ああ、そうだ。今だから言うわね。私の記憶のトオルがね、あなたのこと好きだって言ってるわよ』
とたんにくーちゃんから幸せの感情が流れ込む。それをトリガーにして、一気に世界は白く輝いた。
今度こそ、この一連の事件のすべてが、ここで終焉を迎えるのだ。
順番に仲間たちが目を閉じていく。遠巻きに俺たちを見つめる凛さんや藍沢さんも目を閉じる。最後に、渡辺刑事が満足そうに瞼を下すのが見えた。
俺の番だ。これから始まる平和な世界に、いくばくかの不安と、大きな期待を抱きつつ、俺はゆっくりと目を閉じた。