-第三十章- 円い十字架(6)
-前回のあらすじ-
たとえ渡辺刑事が死んだところで、装置が止められないことを知る
「違うだろ」
くーちゃんが口を開く。
「お前は目的と手段を取り違えている。たとえ多くの能力者が生み出されたとして、凛さんが救われなかったら意味がない。だから私はお前を殺さない。それでは凛さんが救われない。一生分苦しんでから帰ってこい」
渡辺刑事の表情が、雷に打たれたように険しくなる。もう抵抗する意思はないと見たのか、渡辺刑事を瀬奈に預けて、凛さんが再び立ち上がる。
「惜しいな。その考えも一理ある。確かにお前が死んだら私は救われない。だが、この三人で再び集まれている時点で、私はとうに救われているんだ」
気付けば凛さんの頬には、一筋の涙が伝っていた。やはり彼女は美しい。
「そうか、そうだよな。どうして、私はそれに気付けなかったのだ」
今度こそ、渡辺刑事は心底満足した顔をした。そして、すこしして泣きそうな表情へと変化する。
「私は取り返しのつかないことをしてしまった。もう、その装置を止めることは私にもかなわない」
「そういうものだ。所詮人間など、負の感情の連鎖にすぎない。お前が誰かを救おうとしたせいで、他の誰かが苦しんで、その苦しみから救おうとすると、また他の誰かが苦しむ。私たちが異能力を使えば十字架が刻まれ、それを消すためにまた十字架を刻む。気付けば一周して、自分の首を絞める」
深い言葉だ。クローンという立場だからこそ、人間の真の姿が見えているように思える。
「おまえはきづかぬうちに、自分の首を絞めていたんだよ。勝手に円を描いて、それが自分までたどり着いてしまったんだ。きっとお前の周りには、円い十字架が刻まれているだろうよ」
円い十字架。言い得て妙だ。自分が作りだした「人造吸血鬼」という不幸に始まり、異能力の十字架がつないで、最後は自分に帰り着く。
「だったら、俺たちがすべきことは、円い十字架を断ち切ることだな」
ふと俺の中に浮かんだ策。もし本当にこれが負の連鎖なら、円い十字架なのだとするなら、断ち切らなければならない。今ここで。
「そんなことができていたら、私も凛も、誰も苦しむことなんてなかったかもしれない。だが、それができないのが現実というものだ」
渡辺刑事が自分に言い聞かせるようにつぶやく。タイマーの残り時間が十五分を切る。
「くーちゃんの力を借りる。それを瀬奈とNo.75Cによって伝搬して、能力のない世界を具現化する」
そう、これこそが俺の考え。たった今、思いついた打開策。円い十字架を断ち切る、唯一のナイフ。
「無理だ。くーちゃんの力によって他の能力者が無効化されてしまう。成功する可能性な ど限りなくゼロだ」
そこまで俺はそうて済みだ。だからこそ、もう一人の能力が必要になる。
「俺がいる。俺に宿ったリバース。俺が能力を失うことと引き換えに、ゼロパーセントに干渉する。成功する確率を、限りなく百に近づける。どうだ、これならできないか?」
みんなの表情が真剣なものに変わる。俺の計画が現実味を帯びた瞬間だった。