-第三十章- 円い十字架(5)
-前回のあらすじ-
培養プラントにて、くーちゃんが本音を語り始める
「もしそれでも不満だとかいうんなら、私が許さない。何があっても、この悲劇は繰り返させない。お前らの計画なんざ、全部私がつぶして見せる」
力強い言葉。俺はこの時、初めて渡辺刑事の力に恐れおののいた。これだけ人間らしい人間を、彼は作りだしたというのだから。
「満場一致だな。悪いが渡辺、お前の味方をしてやることはできねぇ」
「ああ、計画を阻止しよう。苦しむ人間を増やさないために。そしてなにより、そんな世界を願ったトオルのために」
俺のその一言で、ついに最後の戦闘が開始された。
真っ先に凛さんが、瀬奈の檻へと飛びつく。その怪力をもってすれば、正攻法など関係ない。糸を引きちぎるかの如く、鉄の檻がはがされていく。そちらは凛さんに任せてしまって問題ないだろう。
俺は入口付近に立ててあった、そこの丸いフラスコを手にする。それに気付いた背の高い男が、能力で俺に近づこうとする。
が、そのときにはすでに、くーちゃんが男のそばまで駆け寄っていた。男が瞬間移動しようとしたその時、くーちゃんが思い切り抱き着く。
これでしばらく男は能力が使えない。俺はその隙に、床に向けて思い切りフラスコをたたきつけた。
軽快な音がしてフラスコが割れる。その鋭い破片は、俺にとって最強の武器となりうる。
破片を拾って正面を向き直ると、檻から解放された瀬奈によって渡辺刑事が拘束されていた。一方側近の男はくーちゃんと藍沢さんによって抑えられている。俺は敵二人が抵抗しないよう、いつでも破片を投げる構えでけん制する。
「これで懲りた?もうおまえらに勝ち目なんてないぞ」
相変わらずくーちゃんは気が強いままだ。
「はは、私の負けだ。降参するよ。だがな、時はすでに遅い。装置は起動された。No.75Cの能力を増幅することで、世界中の人間が強制的に能力者となる。すでにそのカウントダウンは始まっている」
「でも、それに私が触れれば」
「無駄だよ。それは異能力によって動くものではない。ただの機械だ。科学の力だよ。つまり君に干渉されることはない」
そう言って指し示された機械に視線を移すと、そこには赤く光る数字が並んでいた。
「あと三十分……」
思わず自分の口からため息がこぼれ出る。
「ああ、そうだ。私が死のうともう止まることはない。短期的には我々の負けだが、長期的に見たら勝ちともいえよう」
渡辺刑事の顔は安らかだった。これで目的は達成なのか。