-第三十章- 円い十字架(4)
-前回のあらすじ-
薬剤保管庫にて、藍沢凛たちと合流する。
培養プラントは、病院の西側、ちょうど俺たちが収容されていた部屋の上あたりに存在していた。もっとも、記憶を取り戻したくーちゃんに教えてもらったのだけれど。そこまでの道のりも、完璧なまでに誘導してくれた。
プラントの中の、奥へと続く道の両側には培養液に満ちた機械が並べられている。そして、その奥に再び怪しげな扉が見える。
一歩一歩踏みしめるたび、徐々に空気が重くなっていくのが分かる。今度こそ決着をつけるときだ。
扉にたどり着くと、まずは凛さんが耳を澄ませて索敵を行う。
「数人しか中にはいない。行くなら今のうちだ」
凛さんが小声でささやく。それを聞くと、勢いよく藍沢さんが扉を開けた。
中には渡辺刑事と背の高い方の側近が並んで立っていた。視線の先には、大量の電極につながれた……おそらくNo.75Cであろう人物が寝かされている。
その横にはさるぐつわをかまされ、檻に閉じ込められた瀬奈が置かれていた。
「どうしてここが分かった」
そう言いながらこちらを振り返った渡辺刑事は、一瞬驚くような表情を見せる。
「私がこちら側にいるのが気に食わないのか?」
凛さんが一言、そう言った。
「どうしてわからない。私は、お前を救うためにこれだけのことをやっているのだぞ」
珍しく、渡辺刑事が感情をあらわにする。
「それに失敗作。貴様など殺してやっても良かったのだぞ。つけあがるな」
「黙れこの外道が」
耳を疑う言葉が聞こえてきた。間違いなく瀬奈そっくりの声色。くーちゃんだ。彼女がこんなに強気な性格だったとは。
「さっきから失敗作失敗作ってうるせぇな。お前らが勝手に作って、力不足で失敗しやがって。その責任を私に押し付けんな。殺して済まそうなんて甘いんだよ」
「私からも一つ言わせてもらおうか。私はな、すでに救われているさ。こうやって三人とも生きていて、それに今は守るべき仲間たちもいる。あの時とは違う」
見る見るうちに渡辺刑事の顔が赤く染まっていく。その怒りが頂点に達しようというとき、静かに藍沢さんがさとし始めた。
「なぁ渡辺。お前の気持ちはわかる。俺だってあの事件の起こらなかった世界を生きてみたいさ。だけどな、もしそんな世界になっちまったら、これまでの努力はどうなるんだよ。これまでの凛の人生がなかったことになってもいいのかよ」
だが、渡辺刑事が引く様子はない。
「これまでの凛の人生?そんなものがどこにある。蓮、お前が勝手にねつ造して書き込んだ偽の人格で生き続けた人生に、一体どんな価値があるんだ。それでも正義面してられんのか」
きっとどちらも自分の信じる『正義』を振りかざしているからこそ、こんなにも譲れないのだろう。けれど、そんな概念など関係なく、強い意思をもって彼女はそこにいた。
「お前らの事情なんて知ったことか。お前らの正義なんてどうだっていい。私を生み出した責任も、トオルを殺した責任も、全部お前らに取ってもらうからな」
ああ、主人公は彼女だ。もしこれが何かの小説なら、きっと彼女のためのお話だ。
「私は、私は……トオルが好きだったんだよ。だけどもう、会うことだってかなわない。お前らは生きてんだからまだ何十倍もましだろうが」
これは叫び。クローンとして生まれ、失敗作と呼ばれた彼女の、魂の叫びだ。
「もしそれでも不満だとかいうのなら、私が許さない。何があっても、この悲劇は繰り返させない。お前らの計画なんざ、全部私がつぶして見せる」