-第二十八章- 対峙(3)
-前回のあらすじ-
モニタールームの先には、まるで普通の家庭を思わせるような部屋が用意されていた。
背の高い男が奥へと案内する。病院で薬を飲ませてきた男だ。
部屋の中は、さらに豪華になっている。きらびやかな装飾に、色とりどりの布で飾られている。
「あら、VIPルームみたいでいいじゃない」
こんな状況でもNo.75Cは楽しそうだ。中央の椅子には、渡辺刑事が深々と腰かけている。その両隣には、背の高い男と太った男が並んでいる。
「さて、最後のお話といこうか。まさか、成功品までもが君たちの側に着くとは思わなかったよ。トオルがここまで策士だとも思っていなかった。私の完敗だ」
そう言う渡辺刑事の顔には、まだ余裕の色が残っている。いやな予感がする。
「大丈夫だ。もう君たちに危害を加えるつもりはない。安心してもう少し近づき給え」
「お前、いつからそんなかしこまったしゃべり方になったんだ?」
藍沢さんが少し戸惑ったような顔をする。が、渡辺刑事はそれを無視して立ち上がると、No.75Cのそばへ近寄った。
「おい、渡辺」
藍沢さんが刑事の肩に手をかけようとする。その時、渡辺刑事がNo.75Cに向かって耳打ちをした。
「Подчиняться моим приказам.」
突如No.75Cの瞳から光が消えた。マズイ、と俺の直感が警告を鳴らす。
ほぼ同時に俺の背後からヒュン、と空を切る音がした。瀬奈が具現化能力を使った時の音だ。だが、今の俺に振り返る度胸はない。No.75Cから目を離すことができない。
No.75Cは何をするでもなく、ただ黙って渡辺刑事の横に立ち、こちらへ向き直った。
「コード007受理。強制管理モード実行。ただ今より迎撃を開始します」
部屋に響く無機質な声。間違いない、No.75Cには暗示が掛けられていたのだ。
「惜しいね。実に惜しい。暗示がかかっていたのは成功品ではない。トオルの記憶の方だ」
渡辺刑事の言葉に、仲間たちも衝撃を受けたようだった。
「てことは、初めからトオルのことはこうやって利用するつもりだった訳?」
喰いつく瀬奈に、渡辺刑事は軽く首を傾げて見せる。
「渡辺、てめぇ……」
藍沢さんが怒りの表情を浮かべる。かつてあの笑顔を浮かべていたはずのこの二人が、今こうしてにらみ合っているとは、当時だれも想像できなかったろう。
緊迫した空気のまま、何も起こらず時間だけが経過していく。
初めにしびれを切らしたのは瀬奈だった。構えた剣を大きく振り上げると、渡辺刑事に向かって切りかかった。
直後、大きな金属音がして、No.75Cがそれを受け止める。素手で剣をはじいた様子から察するに、能力によって腕が硬化しているのだろう。
俺は周囲を見回して、何か武器になるものを探す。できれば飛び道具がよい。俺の能力と相性がいい。だが、目的のものを発見するより早く、背の高い男が行動を始めた。軽くジャンプしたかと思うと、次の瞬間には俺の背後に立っていた。振り返って迎撃を試みるが、その時にはすでに背の高い男は消え去っていた。