-第二十七章- 渇望(2)
気付くと私は、ぼんやりする頭のままビルの屋上に立っていた。
はっきりとは覚えていないが、ビルの突起に手を掛けてよじ登ったような気がする。声の主はどちらにいたか。
再び叫び声が聞こえる。私はただ、脳内を支配する懐かしさに駆られて、ひたすらにビルの屋上を飛び移っていった。
その先いたのは若い女だった。さっきの男どもに手を引かれ、近くのバーに連れ込まれているところだった。それを見ても、もはや助けようなどと言う気は起きなかった。ただひたすらに、おのれの渇望感に飲み込まれまいと抵抗を続けるのみだ。
ああそうだ、私も彼らに混ぜてもらおう。一緒に女を連れ去って、血をいただけばよいではないか。
迷いはなかった。めまいで倒れ込んだのか、それとも自分の意思で飛び降りたのか、私は屋上から女に向かって、一目散に飛び込んでいた。
着地した衝撃で、男たちは女を手放す。そのすきに、やつらに便乗するつもりで女を抱きかかえた。そのまま私は一目散に走る。顔をかすめる夜風が、たまらなく心地よい。
「ありがとうございます」
女が私に礼を言う。なにゆえか。私はさらっただけにすぎない。おのれの欲望のままに。それなのに、どうして私が感謝されることになっているのだろうか。
ああそうか。助けられたと思っているのだ。かわいそうな人間だ。今から私に吸血されるとも知らないのだ。私はビルの合間で立ち止まると、そっと彼女の髪をかき上げた。
白く美しいうなじが顔をだす。軽くひっかけばたちまち新鮮な血があふれ出しそうなほどに生き生きとしている。私は満を持して、爪を立てた。
「とってもつらそう……。でも、もし私を痛めつけてあなたが救われるのなら、どうぞ、そうしてください」
女は自ら首筋を差し出した。何と愚かなことだろう。私はおのれの求めるがままに、彼女の首に爪を食いこませた。
とたんに鮮血がわきだす。こうなっては私の理性など役割を成さない。ただひたすらに、彼女の首筋に唇を当てた。
極上の感覚が脳を支配する。乾きが癒えてゆくのがはっきりとわかる。生きた心地とは、まさにこれのことをいうのだろう。頭が冴えていく。聴覚は以前の数倍にも研ぎ澄まされ、視界は大きく広がって、そこに映るものは細部までくっきりと把握できる。
数キロ先から先ほどの男たちの声が聞こえる。懲りずに次の女に声をかけているようだ。ちょうどよい腕試しだ。やつらと遊んでやろうか。
私のことを心配そうに見る女を後目に、再びビルの屋上へと飛び乗った。もう突起に手をかける必要などない。この程度のビルなど、軽々と飛び乗れる。
屋上からは、道行く女に声をかける、汚らしいやつらのことがはっきりと目視できた。