-第二十七章- 渇望(1)
先ほどからめまいがとまらない。蓮のやつは気付いて気を使っていたようだが、正直なところ血が足りていない。でも、私はもう血を飲みたくはない。
何より辛いのは、喉が渇いてたまらないことだ。いくら水を飲めども、その乾きが癒されることはない。私が欲しているのは、間違いなく血液なのだ。それは、現状生きた人間からしか得られない。
何故血を飲まないのか。私の中の悪魔がささやく。目の前では数多の人間たちが、近づいては遠ざかっていく。けれど、血を飲んだら私はまた、人ではなくなってしまうような気がしてならない。
とはいえ、自宅で刺された後に輸血され、一時的にその力を取り戻していた。それでも、我を失って見境なく血を飲んでいたころに比べたら、その力は全力とは程遠い。
そうだ、その全力が怖いのだ。私はあの時、すべてを忘れて人間を襲った。今でもあの恐怖におびえた顔が脳裏に焼き付いている。
日が暮れた町の歓楽街は、色とりどりの光で明るく照らされている。どうして私がここへたどり着いたのかよくわからない。それほどに、今の私は消耗しきっている。
「おいねぇちゃん、俺らと遊んでいかない?」
「殺すぞ貴様ら」
そう私の口は言うけれど、その言葉にはすでに力がこもっていない。視界の隅では切れかかったネオンがちらつくのがぼんやりと見える。
「威勢のいいねーちゃんだ。おれそう言うの嫌いじゃないぜ」
目の前のチャラい男数人が、しつこく絡んでくる。だが、私はできる限り体力を消耗支度はない。言葉だって発さずに済むならその方がマシなほどだ。
しばらくすると、私の反応が悪すぎることにイラついたのか、男たちは他の女を目当てに去っていった。もっと静かな街へ来るべきだった。
私は狭い路地に入っていくと、ビルの足元に腰を下ろした。地面には、いくつもの空き缶やペットボトルが転がっている。足を伸ばすと、そばにあった缶に当たり、転がって音を立て、中から少々灰が零れ落ちる。きっと前の持ち主は灰皿代わりに使っていたに違いない。
正面の壁には、ありきたりの落書きがなされていた。どうして落書きというものは、独特の字体でアルファベットを書きなぐるのだろうか。とうてい私には理解ができない趣味もあったものだと感心する。
表通りの方からは、依然として騒がしい声が聞こえてくる。もう深夜だというのに、この街が眠る気配はない。
遠くで女の悲鳴が聞こえる。懐かしいような感情が沸き上がってくる。そうだ、私もかつて、そうやって恐れられていたのだった。