-第二十六章- 記憶の中で囁いて(4)
-前回のあらすじ-
陸斗の前に、トオルの記憶を持った少女が現れる。
中からひたすらに眠そうな藍沢さんが出てくる。
「ったく何事だ。どうせならもうちょい寝かせてくれないのか」
「逃げ出すなら今しかないですよ」
そう、トオルの託した最後の希望を発見した今を逃したら、もう二度とこんなチャンスはめぐってこないかもしれない。
「ざんねんね。逃げ出す気なんてさらさらない、わたしのママがいるみたい」
「ママ?」
俺は考えるより早く、疑問を口に出していた。けれど、よく考えてみれば、それが瀬奈を指していることは容易に想像できる。
となると、彼女は瀬奈の思考を読んだことになる。いったいどんな力を持っているのか。
「大正解ね。あいつを止めて、あのふざけた計画をぶち壊してからじゃなきゃ、ここを出るなんてありえない」
奥から闘志にのこもった声が聞こえる。瀬奈だ。
「初めまして、ママ。計画を止めたいのならもう時間はないわ」
「わかってるわよ、そんなこと。だから今から攻める側に回ろうってんじゃないの」
どうして瀬奈はこの状況に混乱しないのか。
「それにしてもすごいわね。私の力を遥かに上回っている。自分の妄想も、他人の妄想も、すべて共有して具現化させるだなんて」
共有?つまりNo.75Cは、他人の望みも具現化できるし、さらに自分の思考を他人につたることも可能ということか。その力で瀬奈たちにはすでに状況を伝えてあるのだろう。まさに万能そのものだ。
「万能なんてものじゃない。全知全能よ。どんな能力だって再現するからそのつもりでよろしくね」
思考を読まれた……?
「ええ、共有できるのだから、当然渡辺と同じようなことだってできるにきまっているじゃない」
共有というにはいささか一方的だ。俺は彼女の思考を覗くことはできない。
だが、これは強力な切り札だ。おそらく渡辺の計画の要は彼女だろうし、それが味方に着いたとなれば一気に形勢逆転だ。
しかし、完全に地の利は相手にあり、さらに警備網も張り巡らされたこの状況で、渡辺刑事の元にたどり着くことは簡単ではない。しかも、仮に指令室のような場所を見つけたとしても、そこにやつらがいるとは限らないのだ。
「ねぇ、くーちゃんがいない」
瀬奈は深刻そうな顔をしている。
「だめね。私とて彼女には干渉できないわ」
「俺たちがくーちゃんの部屋の扉を開けたいと思っただけじゃ足りないのか?」
多分扉に寄りかかってやがる、と藍沢さんが指摘する。それを聞いて扉が開かない理由に納得した。
仕方ない。彼女はここに置いていかざるを得ない。だが、よく考えてみればそれが正解なのかもしれない。最も安全で、静かな場所なのだから。
絶対にくーちゃんは無事に解放してあげないとならない。そうでないと、トオルが浮かばれない。
『感謝するよ』
頭の中に声が響く。俺はとっさにNo.75Cの方を見る。彼女は口角をあげると、そのまま前へと向き直った。これは彼女の記憶の中のトオルなのか、それとも俺自身の記憶なのか。
「ああ、安心して休んでいてくれ」
俺は決して忘れてしまわないように、その言葉に丁寧に返答をした。