-第二十六章- 記憶の中で囁いて(2)
-前回のあらすじ-
収容施設の中で目を覚ました陸斗は、目覚めの体操を始める。
と、そのとき朝焼けが消えた。これはここ数日で初めてのことだ。否、消えたのではない。緑へと変化している。
静かに扉が開く。そこには、瀬奈かくーちゃんが立っていた。
「その日記を持ってるってことは、どうやらうまくいってるみたいだね。僕が殺されちゃうとは思ってなかったけど、結果的にはこれでよかったってことだ」
俺はぽかんとして彼女を見つめる。『僕が殺された』と言ったか。それに、この口調はトオルそのものだ。
けれど、そのすがたは瀬奈のものだ。俺は首を傾げる。
「とでも彼なら言うのかもね。初めに言っとくけど、私は瀬奈でもなければ、あなたたちの言う『くーちゃん』でもないわ」
続けて彼女は、自分のことを『検体No.75C』と紹介した。俺は理解に苦しむ。
「瀬奈がオリジナルで、くーちゃんが失敗作なのだとすれば、成功品がいたっておかしくないと思わなかったわけ?」
「君は成功品なのか?」
そうよ、とうなずいて見せる。
「だとすれば、俺はずっと君を探していた。救われる唯一の可能性なんだ」
自分でもかっこ悪いと思うほど、必死に彼女に訴えた。
「あら、ここに囚われていない、吸血鬼のお姉さんのことは信用していないのね」
そう言われるとぐうの音も出ない。決して凛さんを信用していないわけではない。ただ、可能性として考えづらいと思っていただけだ。ここに入り込むだけでも困難だし、なにより的に見つからず俺たちを発見しないといけないのだから。
「そういうつもりじゃない。ただ、君が俺たちの味方なのなら、助けてほしい。どうか、君の知っていることを教えてくれないか」
ふふん、と彼女は得意げに笑うと、暫し考えるようなそぶりを見せる。まだ警戒心を解かない方がよい。彼女が敵である可能性はまだ残っている。
「この事件に関して、私が知っているのは多分、あなたたちが知っていることとさして変わらない。むしろ、トオルの死に様を知っているだけ、あなたたちの方が持っている情報が多いとさえ言える」
「死に様、だなんてひどいいいようじゃないか」
俺は思ったことを素直に口に出す。彼女が敵でないのなら、いち早く味方に着けるべきだ。そういう意味では、こうやって親睦を深めるのも悪くはない。
「だって私は彼がどうやって殺されてしまうのか知らないもの」
「でも、殺されてしまうってことは知ってたんだな」
ええ、と一言返事をすると、かわいらしく笑う。どうやらクローンと言っても若干性格に個体差があるようだ。くーちゃんよりも積極的だし、瀬奈よりもお嬢様らしい。
だが、依然として彼女の素性が分からない。瀬奈のクローンであり、成功品であることは間違いないのだが、どうしてトオルについてここまで詳しいのか。
それに、もしくーちゃんと同じ境遇なのだとすれば、記憶はどうなっているのか。