-第二十六章- 記憶の中で囁いて(1)
-前回のあらすじ-
トオルへの恋心に気付いたくーちゃんは、仮に逃げ出せたとしてもトオルに会えないことに絶望する。そのまますべてをあきらめて、この生活に甘んじることにした。
大きな音で俺は目を覚ました。全身に痛みが走る。何か大事が起きたのではないかと身構えるが、起きたのは俺だった。
むしろ、俺が起きただけだった。いつもよりも狭いベッドで、寝返りを打った拍子に床に転げ落ちたのだ。頭を打たなかったことは不幸中の幸いだと思うことにしよう。
今が何時かも分からないので、俺は立ち上がると洗面台へ向かう。眠気覚ましに顔を洗うと、再びベッドに腰かけた。
そのまま大きくかがむと、俺はベッドの下の隙間に手を伸ばす。そう、もしこれがいわゆるライトノベルで、しかも日常系のほんわかした空気感なのだとすれば、きっとそこにあるべきはいかがわしい雑誌なのだろう。
けれど現実はそう甘くないし、それに事実としてそこにあるのは血濡れの日記だ。
我ながらよくここまで気付かれずに持ち込めたものだと関心する。あれから幾度となく未解読のページを開こうと試みたが、そのたびに紙が破け断念するパターンが続いている。
暇つぶし程度に―とはいえ内容が重く軽い気持ちで読めるものでもないのだが―パラパラとページをめくる。そして、今回も例外なく最後のページで後悔することとなる。最期に書いた最後のページで後悔するのである。
『僕はずっとくー●●んのことが、●きだ――』
最後まで書ききっていないし、それに大切な文字は血痕でつぶれてしまっている。ここに収容されてから、何度も読み返したし、何度だって後悔した。
どうしてくーちゃんにこれを伝えてあげられなかったのか。
伝える空気じゃなかったとか、伝える時間がなかったとか、そんな言い訳をするつもりは毛頭ない。正直に言って、それを伝える勇気がなかったのだ。
きっとこの一文を知ったら、くーちゃんは辛いものを抱えてしまうことになる。だから、俺はこれを伝えることができなかった。
時計もスマホも使えない以上、あれから何日たったのかも分からない。だが、少なくとも数日が経過していることは間違いない。食事の頻度からしてそうだ。
俺は日記をベッドの上へと放り出すと、立ち上がってストレッチを始めた。腕を高く上げて両手を組む。そのまま背伸びをして左右に手を振る。そうすると両脇から腰に掛けてがぐっと引き伸ばされる。
次はそのまま前屈をする。太ももの裏とふくらはぎが悲鳴をあげる。これもここ数日の日課になっていた。俺はこのストレッチをもって、その瞬間を「朝」ということにしているのだ。
だからつまり、今は早朝だ。顔を上げると、目の前には朝焼けが広がっている。と、毎朝思うことにしている。当然この「朝」というのも勝手に決めたものだし、「朝焼け」というのも扉のロックランプのことだ。
俺はもはや、『成功品を探せ』という使命すら忘れつつあった。だが、ここで忘れつつある、ということを覚えている時点で、完全に忘れたわけではないのだ。