-第二十二章- 想い、空に舞う(3)
-前回のあらすじ-
浩二が転落した屋上の扉を開けると、そこには変わり果てた姿のトオルがいた。
口の周りこそ赤黒く染まっているものの、他にはこれと言って目立つ外傷もない。足元に視線を移すと、そこに彼の死因を裏付けるものが転がっていた。
舌だ。舌を噛み切ったのだ。もちろんそれだけですぐに命を落とすことはない。だが、追い打ちをかけるように口に日記を詰めこんだ。それによって血液が喉へ流れ込み、窒息したのだろう。だから顔が青ざめているのだ。
「あ……」
くーちゃんが声にならない叫び声をあげる。俺は何を思ったのか、トオルの口に手を突っ込むと、中から日記を取り出す。が、生々しい血にひるんだのか、それとも単に血でぬめっていたのか、手からそれは滑り落ちた。
日記は手すりに当たると、そこに血痕を残して下へ落ちてゆく。一方トオルの口からは、栓を抜かれたようにだらだらと血が流れ落ちた。
「おい貴様、ここで死ぬなど許さんぞ」
凛さんが今にも泣きそうな表情をしている。彼女もこんな顔をするのか、と思った。
だが、すでにトオルの目は焦点があっておらず、顎が硬直し始めているのが分かる。俺たちが到着するより前に絶命していたのだろう。
「リク、あれ、取ってくるね」
地上まで落ちた日記を指してそう言う。瀬奈の背には、あの時と同じ翼が生えていた。
瀬奈はそのまま柵を超えて飛び降りると、ゆっくり羽ばたきながら降下していった。まるであの時の浩二のような――。だが決して彼女が死ぬことはない。あの時とは違う。
再び瀬奈が俺の視界に現れた時には、少し砂にまみれた日記を持っていた。地上から拾い上げてきたのだ。
「まて、これって最悪の状態じゃねぇか?」
藍沢さんが指さす先には、監視カメラが設置されていた。トオルの死体が置かれていた場所はちょうどその死角に当たる。出入り口の扉が見えない位置に設置するとは滑稽極まりない。
そして、それ以上に問題であるのは、俺たちがトオルを動かしてしまったせいで、カメラにばっちり映ってしまっていることだ。
「まずい、警察きてる」
頭上から瀬奈の声が聞こえる。右手に日記を持ったまま、ホバリングをしていた。
「ここで交戦するわけにもいかない。蓮、誤魔化すすべはないのか」
「こうなっちゃもうどうしようもねぇ。それこそコイツが生きてりゃあ、警察を操ってもらえたんだろうけどな」
冗談めかしたことを言っているが、顔は真剣そのものだ。
「多少博打的ではあるけど、俺に案がある」
渡辺刑事だ。彼がもしここにやってくるのなら、わずかながら話を聞いてもらえる可能性はある。あの時だって、俺の無罪を納得してくれたのだから。
「これはリクが持ってて。私たちだと見つかる可能性があるから」
トオルの服で血をぬぐうと、ズボンのポケットに押し込む。多少血が付いてしまうが、今はそれを気にしている場合ではない。