-第二十章- 山添徹(3)
目が覚めると、すでに日が昇り始めていた。着替えを済ませると、リビングまで目をこすりながら出て行く。テーブルの上には夕食のまま片付けられていない食器が散らばっている。
そして、くしゃくしゃになったメモ帳が床の上に落ちていた。
『今日は学校に行きなさい。何を聞かれても昨日は風邪で寝ていたと言いなさい』
すでに昼の十二時を回っていた。さあっと血の気が引いていく。少なくとも、昨日の病院でのことがばれると、母にとって都合が悪いことはわかる。けれど今更どうしようと、言いつけを破ってしまったことに変わりはない。どんな罰が待っているのか。
カチリ。玄関の鍵の開く音が聞こえた。母が帰ってきたのだ。
「せっかく大金が入るから良いもん食わせてやったのに、月末なんてありえない」
まだ靴には気づいていないのか。今から隠れれば間に合うかもしれない。
だが、そんな試みも見事に失敗に終わった。玄関とリビングをつなぐ扉は、完全に開いたままだったのだ。母と目があう。
「殺すぞ」
いままでも幾度となく死にそうな目には遭ってきた。けれど、これほどまでに怒りのこもった目をした母は始めてみた。
しまった、と思った時にはすでに遅い。僕は髪をわしづかみにされ、そのままベランダへ引きずられていく。ぶちぶちと音をたて、毛髪がちぎれる。むしろすべて髪が抜け去ってしまえば、この痛みから解放されるのではないかとさえ思う。
外は日中とはいえ冷えていた。母は僕をベランダに投げ出すと、鍵をかけて室内へ戻ってゆく。明日の朝には出してもらえるだろうか。
だが、ベランダへ戻ってくる母を見て、考えが甘かったと思いなおす。バケツに水を汲んで戻ってきたのだ。
「早く死ねよ」
頭からかぶせられた水は瞬く間に全身を濡らし、床をたたく氷が砕ける音がする。これからされることへの恐怖と、氷水で冷え切ったせいで歯がカチカチと音を立てる。
どうして早く起きられなかったのかと後悔するがもう遅い。
「ごめんなさい」
許してもらえるとは思っていない。せめてこれ以上痛めつけられないために謝る。
「そういうのいいから。死んで詫びろよ」
いつもになく荒い口調で母がそう言う。黙ってうつむいていると、顔面に強い衝撃が走った。バケツを投げつけられたのだと理解したのはそれから数秒後のことだった。
金属製のバケツがベランダの手すりに当たり大きな音を立てる。くらくらする頭で何とか立ち上がると、再びバケツを拾い上げる母が見えた。
「壁に当たるとうるさいだろ。全部受け止めろよ」
バケツが床に投げつけられる。そのまま大きく弾み、金属のたわむ音が響く。転がるバケツを僕はぼーっと眺めていた。
「おまえ日本語わかんないの?何のために学校いってんだよ」
その言葉に反応するより早く、母の蹴りがみぞおちに命中する。息が詰まる。
再びバケツが僕の顔面に強く当たる。もう訳が分からなかった。僕はいったいどうすればいいのか。