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円い十字架  作者: M.P.P
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-第二十章- 山添徹(2)

 名前が呼ばれ別室へ案内されると、そこで母は同意書にサインをした。ああ、これはただでは帰れないなと思った。


 だがその予想とは裏腹に、ただ出された薬を飲んで帰るだけだった。若干だるくなったような気もするが、これといって大きな変化はなかった。薬は毎日飲むようで、病院で飲まされたものの他にも袋に入れられて渡された。


 自宅への帰り道、いつもとは打って変わって母は上機嫌で僕に話しかけてくる。


「今日は何が食べたい?」


この前夕食もくれずにベランダに締め出したのはどこの誰だ、とのどまで出かかって飲み込んだ。せっかく機嫌がよいのだ。あえてことを荒立てるのは得策ではない。


「ハンバーグがいい」


久しぶりに夕食のリクエストをした気がする。勘違いだとしても、平和な日常が帰ってきたような気がして、涙があふれそうになった。


 母と並んでスーパーを歩く。他人から見ればきっとたわいもない日常に見えたのだろう。それでも僕にとっては非凡であり、夢のような時間だった。


「ねぇ、ジュース買ってよ」

「どれがいいの?」


むしろ気味悪ささえ感じるほど「普通」なのだ。あれほど僕を毛嫌いしていたはずの母が。


 夕食に呼ばれ僕はリビングへと走る。今日はこれといって仕事も与えられていないので、暇で仕方なかったのだ。僕は働く以外の時間の使い方を知らない。


 そこにはデミグラスソースのたっぷりかかったハンバーグが鎮座していた。ほっと一安心する。もしかしたら、期待をさせただけで食べさせてはくれないのではないかという疑念が払いきれなかったのだ。


 僕は食卓につく。それはもう、極上としか言いようのない肉汁と絡み合うソース。僕は一生分のうまいものをここで食べてしまったのではないかと思った。いつもの鳥の餌のような穀物とは、比べるのが失礼なほどうまい。


 食後にコップに注がれたジュースが出される。こんな「普通」の食卓があっていいのだろうか。僕は困惑してしまう。


 ジュースは不思議な味がした。きっと今までジュースなんて滅多に飲まなかったから、知らない味もあったのだろう。徐々に襲い来る眠気に、やはり僕に「普通」なんてなかったのだと思い知った。


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