-第十九章- 幻惑(3)
-前回のあらすじ-
カフェテラリアでトオルが犯人だと気付いた陸斗だったが、寸でのところで逃げられてしまう。
その後店長に事情を説明し、俺たちは一度拠点へ戻ることにした。
「荷物をまとめたらまた別の拠点を探さないといけねぇな。とはいえくーちゃんもショックを受けているし、一度安心できる場所に戻ることは必要だろう」
確かにあの場所はトオルに把握されている。それが分かっている以上長居するわけにはいかない。
瀬奈とくーちゃんは、トオルが犯人だったことがショックだったのか、少し落ち込んだように見える。藍沢さんは相変わらず読めない表情で先を歩いていく。正直なところ、最も問題なのは彼らではなく、藍沢凛―見方である以上「凛さん」と呼ぶとしよう―である。
瀬奈の剣が刺さった痕が残っているし、服は血に染まっている。
「あの、傷は大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ない。もうとっくに治っている」
先ほどから変わらず、凛さんは高圧的だ。どうやら強がっているわけではなく、本当に痛みも感じていないようだ。返答に困った俺は、足元に視線を落とす。
トオルが真犯人であることが分かった今、俺たちがとるべき行動は何か。真っ先に拠点を放棄することは当然として、その次はどうすればよいのだろうか。思考がまとまらないまま、俺は歩みを進めた。
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拠点は俺が出発したときのまま、とくに荒らされた様子もなかった。
「蓮、シャワー借りるぞ」
凛さんはそう言うと、奥のシャワールームへと消えた。藍沢さんは鞄を手に中央のテーブル付近に座ると、荷物の整理を始めた。
「もうここに戻ることはない。忘れ物のないようにな」
「藍沢さんってそんなまじめだったっけ?」
ここにきて瀬奈が少しずつ調子を取り戻してきたようだ。笑顔も戻りつつある。だが、心配なのはくーちゃんだ。さきほどから暗い表情をしたままである。
「トオル、ずっと私をだましてたんだ。どうして、わたしは信じてたのに」
くーちゃんが泣きそうな顔をする。信じていたものが目の前で崩れていったのだ。こうなるのも仕方ない。
「これから先のめどは立っているんですか?」
「勿論だ……といいたいところだが、正直まだ予想もつかない。俺の予想ではトオルが仕掛けてくるのはあと数日先のはずだった。だから今のところ次の拠点も決まっていない。とりあえず西に向かって移動しよう。俺のかつて住んでいた拠点があるはずだ」
何か違和感がある。なんだろう。藍沢蓮への疑いが晴れ切っていないのか。否、そうではない。何かやってはいけないことをしているような―。
「盗聴器は?」
瀬奈の声がした。それだ。藍沢さんの顔がはっとする。
「畜生、俺としたことが」
藍沢さんが悪態をつく。これでやつらに俺たちの居場所がバレてしまったことになる。すぐにでもここを発たねば、攻撃されるに違いない。
窓の外は今だ明るく日が射している。日没までには出発したいところだ。
「くーちゃんと呼ぶことにしたのだったか。あの時はすまなかった。心配かけたな」
シャワールームから出てきた凛さんがくーちゃんに声をかける。凛さんは着替えを持っていないから、仕方なく血濡れの服を着ている。
「助けてくれてありがとうございました」
ぺこりとくーちゃんがおじぎをした。
「それと蓮、おまえよくも私に恥ずかしいことを言わせやがったな。十字架だの異次元だの」
「ああ、ありゃ仕方なかったからな。それはそうと、トオルの能力に検討はついているのか」
洗脳、だったか。たしか俺が病院に入れられたとき、渡辺刑事がそう言っていた。
「『幻惑』だ。やつは人を惑わせコントロールする」
幻惑か。うまく言い表したものだと思おう。確かにあの時の瀬奈はぼーっとしたような表情で剣を構えていたし、突き落とされる前の浩二も無表情だった。
「おなかすいたね」
くーちゃんがお腹をさすっている。気付けば確かに時刻はお昼時になっていた。
申し訳ないのですが、諸事情により明日は「円い十字架」を休載とさせていただきます。明後日から再び20:00更新としたいと思います。
読者の皆さまにはご迷惑をおかけしますが、今後とも応援していただけると幸いです。