-第十八章- 鮮血と珈琲と(4)
-前回のあらすじ-
カフェにて藍沢さんとの話を続ける。
「吸血鬼化を抑えられたのに、どうしてその人は生き返った訳?」
瀬奈さんが再び口を開く。確かにそこは不思議な点だ。私たちが知っている凛さんは、血を飲んではいなかったし、超常的な運動能力を持っているようにも見えなかった。
「そこははっきりしねぇんだ。もしかしたら大量出血で輸血を試みて、それがきっかけで吸血鬼化が再発したってのが今のとこ最有力説だ」
カラン、と小さな鐘の音がして、入口の扉が開く。どうやらほかのお客さんが入ってきたようだ。テーブルへと案内するマスターの声が聞こえてくる。
「ところで、どうして場所を移す必要があったわけ?わざわざ陸斗を取り残したのもよくわかんないし」
「単刀直入に言えば、おそらくあの拠点は盗聴されてる」
意外だった。予想以上にシンプルで、かつ切迫した理由だ。
「だがまだ確信があるわけじゃねぇ。そこで一つお前に聞きたいんだが、陸斗の友達が転落した事故のとき、どこで何をしていた?」
藍沢さんが私の方を見る。確か私がその事件を知ったのは、凛さんとの買い物から研究所へちょうど帰った時だったか。アナウンサーがその日のお昼に転落事故があったことを読み上げている光景が脳内で再生される。
「確か、凛さんと二人で買い物をしているときだったと思います」
「間違いないか。二人だけだったんだな」
「ええ。そのはずです」
そのはずだ、あのときトオルは家で留守番をしていたし、神城さんや瀬奈さんたちとは出会う前の出来事なのだから。
「それから瀬奈、秋葉原での事件のとき、お前たちはみな別行動していたんだよな?」
「そうよ。まぁ陸斗とくーちゃんは途中でたまたま合流してたみたいだけど」
入口近くに座っていたお客さんがマスターを呼ぶベルを鳴らした音が聞こえる。その音色は、客数の少ない店内に、静かに響いた。
「あ、わたしちょっとトイレ」
瀬奈さんがそう言って席を立った。天井には、入口の方にトイレがあることを示す札が下がっている。それに従うように、瀬奈さんは歩いていった。
ちょうど注文を取りに行くマスターと瀬奈さんがすれ違ったくらいだったか。
「えっ、なんで?あっ……」
瀬奈さんが不思議な声を上げるのが聞こえた。どこか困惑しているような―。
「おい、いくらなんでも早すぎだろうが」
向かいで藍沢さんが険しい表情をして立ち上がる。次の瞬間には瀬奈さんの方へ向かって駆け出していた。
「おいくーちゃんだったか?今すぐ陸斗に電話をかけろ。瀬奈のスマホがテーブルに置いてある。それ使えばすぐつながるだろ」
私は言われるままに瀬奈さんのスマホを手に取る。そしてロックを解除―とはいえ偶然にもパスワードはかかっていなかった―すると同時に、つんざくような破壊音がして、入口の扉が蹴破られているのを見た。