-第十八章- 鮮血と珈琲と(2)
-前回のあらすじ-
くーちゃんと瀬奈はカフェで藍沢さんの話を聞く
俺は薬物と暗示を併用した記憶操作を専門に、渡辺は心理学を使った自白や現場検証などの犯罪捜査を専門にしていた。凛のやつはガンで死んだ親父のためと、ガンの研究をしていた。とはいえ、どれも学生の遊び程度で、大した成果は出ていなかった。
だがある日、凛のやつが再生能力とがん細胞に共通点があることを発見してな。簡単に説明すると、がん細胞ってのは無限に増殖してしまうせいで、人体に悪影響を及ぼすモンだ。だから、その増殖をうまく制御してやれば異常な再生能力につながるってわけさ。
だがこの方法だけでは、人体に再生能力を付与するには不十分だった。なぜなら、増殖するための養分を通常の血液では十分に運搬できないからだ。そこで、あくまで理論上の話として、放射線で骨髄を傷つけることで、突然変異的に多くの酸素や養分を運搬可能な血液を生み出そうと考えた。
当然大きなリスクを伴う上、倫理的に人体を改造することには後ろめたさがあった。そこで俺たちはこの案件を凍結し、前のようにお気楽サークルに戻ったはずだった。
けれども世界はそれで俺たちを許してはくれなかった。やはり人体の改造とは禁忌だったんだよ。俺らの研究を聞きつけたおかしな宗教団体が、ある日研究ラボへ突撃してきた。やつらはただの宗教組織ではなく、狂信的な信者と裏の組織からの金でできた危険な集団だったんだ。
俺らが禁忌に触れたのをいいことに、やつらはラボで暴動を起こしやがった。それを止めに入った凛が、階段から突き落とされて……。
後頭部を強く打ったのが致命傷だったそうだ。そのまま凛は、死亡が宣告された。本来ならそこであきらめるべきだったんだろう。それなのに、俺らはもう止めることができなかった。そのまま凛の遺体を病院から盗み出すと、ラボに置いてあったガン化装置と骨髄変異装置をフル稼働させて、凛に改造を施した。
すぐに体の修復が始まり、みるみる傷が治っていくのを見た。だが、死後数時間立ってしまった脳まではうまく修復ができなかったようで、しばらくの間は言葉にもならないうめき声をあげるわ暴れるわ、大惨事だった。
それでも、凛が再び立ち上がる様子に俺たちは歓喜したことを覚えている。今思えば狂ってるよな。どう見ても凛は苦しんでいるのに。
そして数時間ほど暴れる凛を押さえつけていると、今度は貧血のような症状を示して気を失った。彼女の中では、異常な血液生成に耐えきれなくなった骨髄が悲鳴をあげていたんだ。何とかしようと俺らは必死に輸血を続けた。どこから血を入手したかって?そりゃあ、当時はやんちゃだったというか……。凛の遺体と一緒に病院から盗んでたんだよ。
しばらくして落ち着くと、凛は少しずつ人間の言葉を発すようになった。記憶は全く残っていないし、時々奇行を起こすからまだ混乱していたようではあったけどな。
その奇行の一つに、血を飲みたがるってのがあって。俺らはそこで気付いたんだ。偶然にも、凛の体は経口摂取した血液を吸収して自分の血を補えるように変異していたことに。
つまりは俺たちは人工的に吸血鬼を作っちまったってわけさ。過剰供給される酸素と養分によって驚異的な運動能力を身に着け、さらにコントロールされたがん細胞によって超常的な再生力をもっていた。
ただやはり記憶は戻らなかったようで、そのままあいつは俺らの前から姿を消しちまった。バカみたいに足も速かったからな。見つかるはずもないさ。
しばらくして、東京で若者が襲われる事件が多発した。どれも吸血された痕跡があったことから、俺らはすぐに犯人が凛であることを確信した。
半年くらい経ってからだったか。調査を続ける俺らの前に、突如あいつが姿を現した。まぁ見つかったのは、捜査を専門に研究してた渡辺の功績でもあったんだがな。そこで俺は何とか凛を普通の人間に戻そうと、せめて偽の記憶を書き込んで一般人に紛れ込ませることにした。ついでに凛が失踪している間に、吸血鬼化とでも呼ぶべき変異を、一時的に抑える薬を開発できたことも大きかった。
そんで記憶を書き込むときに、異能力研究をしてるって設定を植え付けた。まさか本当にそんな能力者が現れるとは当時思っちゃいなかったからな。まぁ、そっから先はお前たちも知ってる通りだ。