-第十七章- 暗雲(2)
-前回のあらすじ-
藍沢蓮の謎に迫りつつある陸斗は、彼を探して拠点を後にする。
俺は再びハンドガンを右手に持ち替えると、この拠点の放棄と瀬奈の救出を考え始めた。今俺はハンドガンを手にしていて、これは自分の能力との相性もバツグンだ。戦力は十分にある。一人で逃げるのなら十分かもしれないが、問題は瀬奈やくーちゃんをどう連れて逃げるかという点だ。トオルは能力を持っていないから事件に巻き込まれる可能性は低いだろうが、他の二人はそういうわけにはいかない。
瀬奈が運よく逃走に使えるものを具現化できれば話は早いが、以前の様子を見た限りではそこまで都合のよい能力ではないようだ。そして第二の問題は、藍沢さんがどのような能力を持っているのかということだ。本人は能力を持っていないと言っていたが、彼が事件の犯人なのだとすれば、何かしらの能力を持っていると考えるのが自然だ。
そして、今この瞬間にも次の事件が起きている可能性もある。狙われるのは誰だろうか。最も想像が容易なのは、瀬奈とくーちゃんだ。となれば、真っ先にこの二人と合流し、離脱をするのが確実な方法だろうか。考えるだけ時間が惜しい。俺はハンドガンをポケットに滑り込ませ、シャツで隠すように押し込むと、拠点を後にした。
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駅に向かって歩いていくが、なにかあてがあるわけではない。三人は会話をするために場所を移したのだから、駅前の喫茶店などにいるのではないかと思っただけである。どうせならこの能力で「瀬奈と出くわす確率」なんてものも操作できればよいのだが、今のところそのような確率が見える兆しはない。
『記憶障害、治療します』ふと立ち止まったところで、目の前の電柱にはそんな広告が張り出されていた。記憶障害。人間の記憶に関して、何らかの問題が生じる病。確かくーちゃんは記憶が書き込まれる予定だったと瀬奈が言っていたか。もし本当にそんなことが可能なのなら、正しく使えばこういった治療に役立つのではないか。『俺はあいつに偽の記憶を上書きして』頭の中で響く声。藍沢蓮だ。彼は記憶を書き込むことができると言った。その詳細は明かさずに。
パズルのピースがはまる感覚とはまさにこれのことを言うのだろう。今までなにか決定力に欠けていた自分の推測が説得力を帯び始める。瀬奈を拉致した研究者たちは、くーちゃんに記憶をかき込むことができた。ちょうどそこへ現れた記憶かき込みの経験者。もはや疑うまでもない。そうと決まれば、ことは一刻を争う。瀬奈たちが危険にさらされている。早く見つけねばならない。
ポケットから軽快なマリンバの音が鳴り始めたのは、ちょうど再び歩きだしたところだった。スマホを取り出すと、そこには「柏木瀬奈」とちょうど探していた本人からの着信であることを知らせてくれた。何故スマホで連絡をとるという発想がなかったのかと我ながらあきれ返ってしまう。
『ト…ルが能…者……助け…』
「おい、どうした。何があった」
無意識に声を荒らげてしまう。ノイズがひどく、瀬奈の声をはっきりと聴きとることができない。それでも俺は必死に呼びかけ続けた。
「ノイズで声が聞こえない。はっきり話してくれないか」
『は……きて。場…はカフェ…ラリア。きゃっ……』
最後に小さな悲鳴が聞こえると、携帯が激しく地面に落ちる音がして通話は遮断された。