-第十六章- 藍沢凛(1)
-前回のあらすじ-
じゃんけんにより、くーちゃんが朝食の買い出しに向かうこととなる。
十月の早朝は肌寒さを感じるほどの気温だ。今思えばこんな早くから朝食を買い出しに出なくても良かったんじゃないかと思う。だが、あの時は藍沢さんの一件で慌ただしかったから仕方がないとあきらめる。あたりはまだ暗く、街灯がついていた。
ふとスマホを開くと、朝五時半を回ったところだった。私は念のため、ファーストフード店の場所を調べておくことにした。スマホは暫し読み込み画面になった後、目的地までの道のりを示してくれた。思っていたよりもお店は近いようだ。
少し歩いていると、ジョギングをしているおじさんとすれ違った。こんな朝早くからよく走る気になるな、と思った。と、その時である。背後を歩く足音に気が付いた。すれ違った人の他にも出歩いている人がいるのだろうか。私は後ろを振り返る。
そこにいたのは、黒い帽子にサングラスをかけた、いかにも怪しい人物だった。その人は散歩をするように、あたりを見回しながら歩いている。まだ日が昇っていないこともあって、その人の顔ははっきりと見えない。
それから少しして、目的のファーストフード店へ到着した。先ほどの怪しい男はもう見当たらなくなっていた。店内は明るく、先ほどまでの恐怖を晴らしてくれるように思える。
「ソーセージマフィンセット四つください」
別にその必要はないのだが、少し声を抑えて注文した。店員は眠そうに、奥の厨房へ入っていった。静かだった店内に、調理の音が響き始める。
しばらくして、紙袋に入ったマフィンとサイドメニューが手渡された。私はそれを両手に下げると、ドアを開けて外に出た。
外は入店前にくらべ明るくなっていた。ようやく日が昇り始めたらしい。私は足早に帰路につく。だが、そこで恐れていた事態が発生した。黒ずくめの男が複数人、私を取り囲むように立っていたのだ。いつの間に囲まれていたのかはわからないが、少なくとも意図的にそうしているのだとわかるほど、等間隔に並んでいる。
「柏木瀬奈だな。こちらに来てもらおうか」
リーダーと思わしき男が私に銃を向ける。身が凍るとはよく言ったものだ。私はその場から動けなくなっていた。
「はやくしろ。私の言っていることが理解できるのだろう?」
男はさらに強い口調で私に命令する。それでも、私の足は全く言うことを聞かない。逃げることは愚か、男の指示通り前に出ることすらできない。
それから発砲までにそれほど間はなかった。乾いた音がしたと思うと、男の銃から白い煙が上がっていた。ドサっと袋の落ちる音が聞こえる。私はあまりの恐怖にその場にへたり込んでしまった。
「今のは警告。次は実弾だ。容赦はしない」
私はただ、その場でぺたんと座ったまま、震えていることしかできない。
「あと十秒で立ち上がれ。さもなくば撃つ」
男がカウントを始める。音がはっきり聞こえるほどに、自分の歯がかちかちと鳴っているのがわかる。そして恐怖が限界に達したとき、下着の中がぶわっと暖かくなるのを感じた。
「小便漏らしたのか。運ぶのを面倒にしやがって」
はっとして足元に視線を落とす。座り込んだ私のスカートから、じわじわ水たまりが広がっていくのが見えた。あまりの恐怖に力が入らず、止めることすらかなわない。
その場で動けないまま、ついにカウント零の声が聞こえた。私は死を覚悟して目をつぶる。そして、静かな朝に再び銃声が響いた。