-第十五章- 藍沢蓮(2)
-前回のあらすじ-
銭湯から帰ると、各々眠りについた。だが、午前3時を回ったころ、ノックの音で陸斗は目を覚ます。そこには藍沢と名乗る中年男性がいた。
藍沢さんは室内へ入ると、部屋の隅に大きな旅行鞄をどかりと置いた。こうして近づいてみると、より背の高さが分かる。だが、せっかくの高身長も古びた白衣を着ているせいで台無しになっていた。
「こんな早朝にノックされたものだから、殺人犯でも来たかと思いましたよ」
「だとしたら俺が『藍沢』って名乗ったところで開けるんじゃなかったな。俺が本物だったことに感謝しろよ?」
そう言うと藍沢さんはがははと笑った。言われてみれば、犯人も能力を持って居るのだから、その程度の情報は持っていてもおかしくはない。うかつだったと反省した。
少しして人の気配を感じたのか、くーちゃんがもぞもぞと起きだしてきた。
「んー……。おはよ」
まだ寝ぼけているのか、目をこすっている。
「やっと起きたか。ついにお前、男連れ込んだかと思っちまったよ」
藍沢さんが話しかけている。
「ほえ……?」
くーちゃんは状況が理解できていないようだ。寝起きであることも相まって、完全にまぬけな返答をしている。すると突然、横の瀬奈が勢いよく跳び起きた。
「藍沢さん!?なんでこんな朝早くに帰ってくるのよ。くーちゃんに手だしてないでしょうね?」
瀬奈は噛みつく勢いだ。一方の藍沢さんも、瀬奈が二人いることに困惑しているようで、何度も二人を見比べていた。
少しして騒がしさにトオルも目を覚ました。朝四時ごろのことだ。文句を言う瀬奈と、困惑する藍沢さんを、みごとにトオルがなだめつつ説明をしてくれた。寝起きにも関わらず、彼の面倒見のよさを垣間見ることができた。
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それからしばらくの間、藍沢さんへの質問攻めが続いた。瀬奈から能力に詳しいと聞いていたのだから、当然といえばそうなのだが。それに加え、くーちゃんとトオルは、少し変わった疑問も持っていたようだ。ここで初めて話したときに言っていた、事件に巻き込まれて亡くなった人のことだろうか。
「あの、藍沢凛さんってご存じですか?」
くーちゃんが必死で問いかけている。
「ああ、知ってるさ。あいつ、死んじまったんだってな」
ずいぶんと軽い返答だった。それは藍沢さんの人柄なのか、それとも本当に気にしていないのか。俺は少しばかり、薄情だと思った。
「悪いが、事件に関してお前らに今言えることはほとんどない。すまんな」
藍沢さんはバツが悪そうだ。みんなの期待を裏切ることになってしまったからか。だが彼の性格上、その本心は読みにくい。正直なところ、俺は藍沢さんにあまりいい印象は持てていない。会ったばかりのときは面白い人間だと思っていた。けれど話せば話すほどに、何か本心を隠すために軽口をたたいているように感じられてならないのだ。
早朝とはいえ、藍沢さん帰宅の騒動のせいもあってか、眠気はすっかり覚めてしまっていた。朝食はトオルの提案もあって、近くのファストフード店でモーニングメニューをテイクアウトしてくることにした。
「じゃんけんで負けた人が買いに行くのはどう?どうせ近いし」
瀬奈は一人で楽しそうにしている。とはいえ、特に反対する理由もない。藍沢さんを含め五人でじゃんけんをすることにした。藍沢さんは不満があるようで、しばらく文句を言っていた。しかし、瀬奈に喝を入れられ、静かにじゃんけんに参加した。