-第十五章- 藍沢蓮(1)
-前回のあらすじ-
銭湯で、くーちゃんと瀬奈が背比べをする。
「全くあいつらいつまで入ってんだ」
休憩所で牛乳を片手に俺は悪態をついていた。
「まぁそう怒らなくても」
となりでトオルも牛乳を飲んでいる。言葉こそ悪いものの、俺はそこまで不機嫌なわけではない。ただ、暇つぶしに話題のタネにでもならないか、と思っただけなのだ。現に、俺たちが風呂から上がって二十分が経過しようとしていた。
このままぐったりしていても良いが、無性に時間を無駄にしている気分になる。俺は、奥の売店まで散歩―というには短すぎる距離なのだが―をすることにした。俺が立ち上がると興味を示すようにトオルもついてくる。
「あれ、これ新作じゃない?」
トオルは冷凍庫からキンキンに冷えたアイスを片手にうれしそうにしている。
「どうせならあいつらの分も買っとくか」
俺は二人の分を余分にとると、レジで会計を済ませた。
それから女子二人が戻るまでにそう時間はかからなかった。みんなでアイスを食べ終えると、俺たちは拠点へと向かった。
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事が起きたのは翌朝三時を回ったころのことだ。戸をたたく音で目を覚ました俺は、周囲を見回す。だがそこにあるのは暗闇だけで、まだ誰一人として起きているものはいなかった。
再びノックが繰り返される。ふと昨日の事件が脳裏をよぎる。これだけ能力者が集まっていれば、狙われる可能性は大いにあるのではないか。俺は台所からナイフを手にすると、能力を起動する。
『0.01%』ナイフを投げて、戸を貫通し、相手に致命傷を与える確率。これを操作するのは得策でない。戸を開けてそれが上がることを祈りつつ、ドアノブに手をかける。ちょうどその時だった。
「しくったなぁ……。この時間じゃまだ起きてねぇか」
戸の外からぼやくような声が聞こえる。その声色から、外にいるのが中年ほどの男性であることが分かった。ナイフを握る手にいっそう力がこもる。
「お前は誰だ」
俺は精いっぱいドスの効いた声で問いかける。
「まじかよ、ついにせなちゃん男連れ込んだの。目覚ましたって言うからあわてて駆けつけたってのによ」
男が軽い口調でつぶやくのが聞こえた。この一言は手掛かりになる。外にいる男は瀬奈のことを知っている。
ここで俺は昨日の夜の会話を思いだす。たしか今日は「藍沢さん」が帰ってくる日だったか。まさか、と思った。
「もしかして、藍沢さんですか?」
俺はかしこまって問いかける。
「ご名答」
戸の外から愉快な返答が帰ってきた。俺は警戒を緩めつつ、鍵をあけた。
外に立っていたのは、長身で細身だがしっかりと筋肉の付いた、短髪の少しチャラいおじさんだった。今は何もつけていないが、耳にはピアスの穴が見える。一言で表すなら、「悪いことを教えてくれる親戚のおっちゃん」といったところか。
「どうだ、ダンディなおじさまだろう?俺は藍沢蓮だ。よろしく……と言いたいところだが、とりあえずナイフおろしたらどうだ?」
俺ははっとしてナイフをおろす。それでもなお藍沢さんは冗談めかすような笑みを浮かべていた。本人曰く「おじさま」なのだが、正直そう呼ぶには程遠く、どちらかと言えば「おっちゃん」だと思った。