-第十四章- 安息(1)
今回からまた本編に戻ります。主人公はくーちゃんです。
前回は断章なので、あらすじは省略します。
倉庫へと向かう瀬奈さんと神城さんの背中はこの混雑ですぐに見失ってしまった。私とトオルは人ごみをかきわけ、先ほどの現場へと戻る。目を閉じるとあの光景が瞼の裏に焼き付いたかのように再生される。まばゆいばかりの光、人の焼けこげる臭い、そして横たわる人間だったもの―。私はこの数日間で二人もの人間が殺されるところを見た。もう二度と帰ってこない凛さんのことを想うと、胸の奥がチクチクと痛んだ。
現場には既に警察が到着した後だった。野次馬をかきわけ最前列まで行くと、現場の様子が目に入った。死体にはシートが掛けられ、通りは黄色いテープが張られ通行止めになっている。ちょうどそのシートのすぐ横に渡辺刑事が難しい顔をして立って居るのが見える。
「いったい何があったんですか?」
トオルが声を張り上げて渡辺刑事に問いかける。
「ああ、トオル君か」
渡辺刑事は私たちのことを覚えているようだ。名前を呟きながらこちらへ近づいてくる。私たちのすぐそばまで来ると、小声でささやいた。
「詳しいことは言えないんだが、どうやら人が殺された」
私はすでに知っている事実であったから、特に驚くことはなかった。一方隣のトオルは、ようやく確信が持てたといった様子でうなずいている。しかし警察が入ってしまったということは、これ以上の情報は調べ上げることはできないということだ。仕方なく私たちはあきらめて倉庫へと戻ることにした。
倉庫へ戻る途中、再びあの影を見かけた。ビルの上を跳んでゆくあの影を。さっきはあの影を追っていったら神城さんに会い、そして事件を目の当たりにした。また追いかけたいという衝動もあったが、なにか不吉な予感がして、何もない素振りで足を進めた。
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倉庫の向かいまで来ると、私は何を思うでもなく立ち止まった。その眼の前をバイクが一台通り過ぎてゆく。トオルは不思議そうに私を見ていたが、少しして諦めたように倉庫の中へと入っていった。夕日に赤く染まった小道に一人、私だけが取り残される。いくつもの思考が私の中で渦巻いていた。あの影は一体何者なのか。私を誘っているようにも見える。瀬奈さんいわく、私は研究施設で『作られた』のだそうだ。だが私に施設の記憶はない。やはり凛さんの言う通り記憶を意図的に消されてしまったのだろうか。いくら考えても結論は出そうになかった。
「おーい、夕飯用意してあるよ」
瀬奈さんの声が聞こえる。トオルはさっき私と帰ってきたばかりだから、瀬奈さんが作ったのだろうか。私は難しいことを考えるのはやめ、倉庫の中へと入った。そこには何種類ものピザが並べられていた。
「私料理苦手だからさ、宅配頼んじゃった」
照れたような表情で瀬奈さんがそう言う。隣で神城さんは苦笑いしていた。もしかしたらさっき通りで見たバイクが、ピザの配達員だったのかもしれない。テーブルへピザを運ぶ二人はとても熱そうだ。それをぼーっとトオルが眺めていた。ピザは決して嫌いではないけれど、あの光景を見てしまった今、食事をする気はあまりおきなそうな気がする。