-第十一章- 翼(1)
今回からまた陸斗パートに移ります。
-前回のあらすじ-
病院に侵入した瀬奈とトオルは、病室の札に「柏木瀬奈」と書かれているのを目にする。好奇心からその病室へ足を運ぶが……。
目も前の信じられない光景に、俺はしばらく思考停止していた。何度見比べても、というより見比べれば見比べるほどそっくりに見える。もはや「柏木瀬奈」が二人いるといった方がよいほどに。それは瀬奈も同じようで、目を点にしたまま棒立ちになっている。
「あなたは誰?あなたが柏木瀬奈?だったら私は誰?」
扉のそばに立つ「柏木瀬奈のようなもの」が言葉を発した。どうやら彼女も自分は柏木瀬奈だと認識しているようだ。
「そう、貴女生きていたのね。よかった」
隣で瀬奈がそう言った。彼女のことを知っているのか。俺には何もわからない。ふと隣の少年に目をやる。整った顔立ちではあるが、子供っぽいと言われればそうも見えるような容姿だ。その少年は考え込んでいるかのように目を伏せていた。
「お前たち何者だ!」
突然何者かが叫んだ。少年は後ろを振り返っていた。そこには今度こそ本当にライフルを持った男が立っていた。男はしっかりとライフルを構えなおすと、俺の方にその銃口を向けて言った。
「死ね」
俺はその時何かを感じた。『6.35%』いったい何の数字だ。男がライフルを構えたまま一歩踏み出す。『3.11%』命中率、否、俺の回避率とでも言うべきか。すなわち弾が命中しない確率。俺はとっさにそういうものだと感じた。そして俺には、この数字を操るチカラがある。そう、瀬奈が起きる確率を変えられたように。
「瀬奈。お前なら逃げたすための何かを作りだせるんじゃないか?」
学校でできたのだ。今こそその力を使うべき時だ。
「ええ、できるはず。でも、あそこの二人も助けるとなるとなかなか難しいのよね」
瀬奈はそういうと何やらぶつぶつと唱え始めた。飛行機だのヘリコプターだの、空を飛べるものを連呼しているようだ。
次の瞬間ライフルの先端から銃弾が発射されるのがわかった。その弾丸は俺の耳元をかすめて背後の壁に当たった。どっと疲れを感じる。これが能力というものなのだろう。このまま命中率を操作し続けていては体力がもたない。
そう思った時だった。『0.02%』マガジンが給弾不良を起こし破損する確率。もしこれを限りなく百に近づけられるのなら―。そう思い俺はその数字に触れた。もちろん物理的に触れられるわけではない。しかし触れた、としか言い表しようのない感覚に陥るのだ。完全にそれを掌握しているというような感覚である。
そして力をこめると、一パーセントにも満たなかったその確率がぐぐっと上がっていくのがわかる。それと同時に耐えがたいほどの眠気と倦怠感が襲ってきた。ここで倒れるわけにはいかない。男が舌うちをして再びライフルを構える。だがその弾丸が発射されることはないと俺は確信していた。すでにその数字は九十九パーセントを上回っている。
「翼、そう翼」
隣で瀬奈が一人で納得しているような声を上げている。男は再び引き金を引いた。乾いた音が部屋に響き渡り、ライフルからはかすかに白煙が上がっている。
しかし、というより予想通りではあるが、そのライフルから弾丸は発射されていない。それどころか何度引き金を引いても発射される様子はなかった。安心したこともあるのか、俺はその場に倒れ込んでしまった。体中がだるく、思考も鈍っているのがわかる。全身が言うことを聞かない。かろうじて意識がある程度だ。
「リク。なんでそんなになるまで力をつかったの?今日目覚めたばっかりなんだから能力を乱用しちゃだめじゃない」
そう言われてもいまさら遅い。俺は地べたにはいつくばってうなずくことしかできなかった。背後から足音が聞こえる。増援がきたのだろう。
「早く、みんな捕まって。リクは私がつかんでいくから」
そう言う瀬奈をやっとの思いで見上げると、そこには白い翼の生えた彼女の姿があった。それはまるで天使のような―。気付いた時には窓から空へ飛び立っていた。
11章にしてようやく異能力を発動する描写が登場しました。
ちなみに瀬奈(ベッドで寝ていた方)が飛べるものを色々つぶやいているのは、彼女の能力が「自分がイメージできるものを具現化する」という設定だからです。たぶん病室にヘリコプターが出現するところはイメージしにくかったんじゃないでしょうか……(笑)