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流れる血の色は 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ふっふっふ、今日はちょっといたずら企画を考えてみちゃったんだぜ。

 じゃーん。木の枝と丈夫なタコ糸をつかってこしらえた、簡易版つりざおなんだぜ。先っぽにはバッタをくくりつけてある。とはいえ、こいつを魚相手に使うつもりはないんだ。

 じゃあどうするかというと、こんな風に草むらに垂らしながら……全力疾走!

 おお〜、出てきた出てきた。一発で遭遇なんて、今日は運がいいなあ。見ればわかるっしょ。カマキリをおびき出してんの。

 すごいぜ〜、目の前にニンジン垂らされたロバみたいだ。こうしてみると、思ったより足が速いだろ、カマキリって? でも残念。このバッタはあげませんよ〜っと。

 ほらほら、こっちこっち。


 あ〜、面白かった。最終的にバッタをプレゼントする辺り、俺もなかなかに良心的な奴だと思わないかい?

 ――いったい、お前の血は何色か?

 おお、久々に聞いたぞ、その言い回し。確かに過程に問題ありかも知れないが、結果的にあいつは餌にありつけて、俺はゲームを楽しめる。ウィンウィンで素晴らしいことだと思うのだけどな。

 ……この返答、ご不満かい? 仕方ないなあ。

 それじゃ、その言い回しが、どうしてその言い回しをするのかっていう、昔話なんかはいかがかな?


 血の色というのは、科学的な知識によると、含まれるもので色が変わるらしい。鉄分を含む「ヘモグロビン」を多く含むと赤色に。銅を含む「ヘモシアニン」を多く含むと、青色に見えるらしい。他にも、緑色に見える生物も存在するようだな。

 血液は心臓が作り出し、全身に巡っている。生まれてから死ぬまで、この動きというのを続けてくれるわけだから、初めて機能を知った時には、本当にお疲れ様だと思うぜ。

 しかし、何十年も動き続けるとは聞くが、実際にその鼓動っぷりというのを、目におさめる機会はほとんどない。

 時にはな。心臓もサボりたくなる時があるんだってよ。


 むかしむかし。各地域には「虫師」と呼ばれる存在があったそうだ。

 これは今でいうところの生物学のスペシャリストとでもいうべき存在で、摂取した動物の血液、もしくはそれに相当する体液を用いて、健康状態などをつまびらかにせんとする仕事だったらしい。

 もっとも、彼らが現役として動いていたころは、科学よりもオカルトの方が強い力を有していたからな。非常に「柔軟」な解釈と信仰が人々の間ではあったらしい。おかげで不思議な事件もいくつか起こった。


 ある日のこと。虫師の普段の仕事として、身近にいる生物の体液を採取して持ち帰ることが挙げられるんだが、その日は少し妙な報告が寄せられた。

 一番若い虫師によるものだったのだけど、庭先にいたダンゴムシを調べたところ、普段は青色の血液を出すはずなのに、今日は透明な血を出したというんだ。

 日の浅い虫師たちは首を傾げたけれど、年配者はすぐに顔色を変えたかと思うと、お湯を沸かし、その中へ大きな動物に用いている大きめの刃物を漬け始めたんだ。使用前の消毒行為だ。


「これより、我らも含めた近辺の人々から、血を採って調べるぞ。もし、お前の言うことが正しいのであれば、こいつは一大事だからな」


 その間に、一人は政府高官が集まっている館へと足を運び、緊急案件のための出動許可をもらっていた。


 五人がひとかたまりとなり、都や近辺の村々へと繰り出すと、住民に火急の要件であることを告げて、血液採取の協力を呼びかける。

 突然のことで、皆は驚いた顔をしたが、許可証を見せられるとそれに従わざるを得なかった。使われた莫大な量の刃物は、ほとんどが赤黒く染まったが、一つの集落にはそれぞれ一人のみ。粘り気のある、透き通った色の血を出す人物がいたらしい。

 出した本人も驚いていた。普段の生活で自分の血の色は知っている。その時も、自分は普段と変わらぬ赤い血が出るだろうと、今の今まで思い続けていたようだった。

 それを見届けると、虫師たちはその老若男女を問わず、透明な血を出した者たちに対し、床に額をこすりつけんばかりの勢いで頭を下げて、告げた。


「これより三日の間。どこかしらで、そなたは夢の中にいながら、自由に動き回ることのできる夢を見るだろう。そこでどのような景色が見えるかは分からないが、おそらくダンゴムシが出てくるはず。それを捕えて遠くに投げ飛ばす。もしくは殴打によって、その息の根を止めてほしい」


 なんとも奇妙な頼み事で、たいていの人は困惑したが、これも要件の中に含まれているということで、無理やりにでもうなずかざるを得なかった。

 またそれ以外の者にも、何か気づいた異変があれば、各々の判断で危険を避けるための行動をとって欲しい、と忠告が成されたんだ。

 果たして、虫師たちが話した通り、透明な血を出した者は、三日以内に不思議な夢を見ることになる。ここでは一番顕著な傾向を示したという、一人の少年の場合を取り上げようと思う。


 少年が夢の中で目覚めると、普段から着ている服に身を包み、たたずんでいる自分の姿に気づいたという。意識や視界は非常に鮮明で、起きている状態と大差がなかったと、彼は語ったらしい。

 自分の胸から下にかけては、霧がかかってしまってよく見えない。ただ、空を見上げると天の川を中心に横たわる、多くの星々が目に映った。さほど目は良くない彼だったが、その夢の中では、見慣れた明るい星の周りに隠れた、細かい星々の姿を見ることができたという。

 星空をしげしげと眺めていると、不意に足元で何かが触れてきた。勢いはないが、無視はできそうにない、はっきりとした感触だった。


 彼はぐっと身をかがめ、漂う霧から下へと顔を突っ込んだ。ひやりとした空気を通り抜け、下半身へと目を向けると、自分の右足の小指辺りに、爪ほどの大きさのダンゴムシが這っているのを見つけた。

 奴はいくつもある肢を器用に動かしながらも、目の前に丘のごとくそびえる彼の足に登るか否か、決めかねている様子だった。

 これが話にあった、ダンゴムシに違いない。そう思った彼は、いつもやるようにダンゴムシの背中を、指先でちょんと押してやる。案の定、内側へ身体を丸めたが、その際に「ぎゅぎゅっ」と、やけに大きい音がした。何かを挟んでいたのかもしれない。

 しかし彼はそんなことなどお構いなく、成すがままの姿勢となったダンゴムシを、二、三度つついて反応しないことを確かめ、右手の親指と人差し指でつまみ上げると、「えいっ」とばかりに、かがんだ状態から立ち込める霧の上まで、高く遠くへ放り投げた。

 すっかりダンゴムシの姿が見えなくなると、彼はもう一度立ち上がろうとしたんだが、つい足を滑らせて、背中から一気に地面へと倒れ込んでしまったんだ。

 その時、耳元で無数の破壊音とか細い悲鳴たちが殺到した気がした――。

 

 そこで彼は目を覚ましたんだが、まだ夜明け前だというのに、家じゅうはすでに騒がしかった。なんでも自分が目覚める直前、大きな地震があったらしいんだ。

 更に外を見ると、家屋の一部がすっかり潰れてしまっている。奇跡的にもけが人は出なかったが、それはまるで誰かが寝そべったように、一直線上の建物がやられていた。

 更に、その倒壊を偶然、目の当たりにした人々は、その直前に、家々の何倍もの大きさをした丸い岩石のようなものが、ひとりでに空中に浮き上がっていたと話す。それはすさまじいうなり声を上げながら、立ち込める雲を突き抜けて、消えていったとの話だ。

 

 のちに、年配の虫師たちは語る。


「たとえ同じ生き物なれど、血が異なればそれは異なる生への入り口なり。おかしく思う時あれば、自ら血を見て判断せよ。その血は果たして何色なのか」と。

 



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