プロモーション行くよー
僕とユウリの生活はあっという間に軌道に乗った。
というか、乗せないと親の庇護も外れ収入も絶たれ、自活せざるを得ない僕らの生活は破綻してしまう。長谷ちゃん紹介のバイトとはいえ、当然のことだけれども純喫茶店もコンビニも慈善事業ではない。僕とユウリは最低限時給に見合う働きをしようと懸命に仕事を覚え、お客さんにも愛想よく誠実に応対した。
僕らはまだまだこんな段階で『人生オワタ』という訳にはいかないので。
さて、格安の住居費と、意外なことにやりくり上手で生活力のある長谷ちゃんの指南も受け、バイト収入のみで生き延びるだけの収支バランスは実現できている。
となってくると後は人生の目的という部分にもしっかりと目を向けるべきだろう。
『長谷ちゃんのネット小説のプロモーション』
ところで学校というものがないだけでこうまで物理的にも精神的にも余裕ができるとは思わなかった。
逆に言うと、学校にかかる時間の使い方はとんでもなく非合理で無駄が多いということだ。
例えば、いじめ。
僕は小・中学校と、本業である授業や学習そのものにはそこまで負担を感じなかった。むしろ小学校4年生あたりまでは色々と工夫したりプラスアルファの調べ物をするぐらいに積極的だった。
けれども、そこに極めて非効率な要素が割り込んできた。
僕が『いじめられっ子』というカースト最下層になったことによって、学校に関係する時間が極端に淀んだ。
学校の中での物理的・精神的苦痛による時間の浪費だけではない。
家に帰っても常に心晴れず、好きだった漫画も小説も音楽やアニメも、心底楽しむことができなくなった。
寝るのが怖くて睡眠時間すら熟睡できないダラダラとしたものになった。
唯一こういったダラダラとした時間がすっと流れる瞬間。
それがユウリと接している時間だった。
「ヒロオ〜、しけた顔してちゃダメだよー」
そう言ってユウリは僕がカースト最下層に位置付けられる僕の教室にも平気で顔を出しに来てくれ、当たり前のように声をかけてくれた。
僕はユウリまでいじめられるからやめるように言ったけれども、彼女は一切頓着しなかった。
「別にいいんじゃない? もしわたしが将来ものすごい美人で才女になってさ、『世界で影響力のある10代100人』にでも選ばれたりしたらさ。ヒロオをいたぶってるようなくだらない子たちのことを『くだらない人は大きくなってもくだらなくって埋もれたままです』って言ってあげるよ」
実際は僕の知らないところでユウリは色々とやられていたらしい。けれどもそれすら頓着しないのが彼女という人間なのだと高校生になっていじめから少しだけ距離を置けた僕にはようやく分かった。
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「ヒロオー、起きたー?」
今日は2人ともバイトの無い日だ。そしてユウリが朝ごはん担当。
彼女から声を掛けられて布団を畳みながらむっくりと起き上がってちゃぶ台を見ると、ご飯とお味噌汁が3人分並んでいた。そしてユウリ以外で僕の心をぐにゃぐにゃにほぐしてくれる女子の1人がちゃぶ台に正座していた。
「ヒロオくん〜、ご馳走になるね〜」
「長谷ちゃん、今日は朝からどうしたんですか?」
僕もちゃぶ台につき、いただきます、とハムエッグをつつき始めると、長谷ちゃんとユウリが2人揃ってニタニタと笑い始めた。
「プロモーション行くよー」
いじめられ時代に培われた僕の防衛本能が、アラートをマックス値で鳴らし始めた。