リアルメイド
「こわい〜」
と、嫌がる長谷ちゃんをなだめすかしながら僕らは原宿のミツキさん家にやって来た。長谷ちゃんは原宿を『お洒落でない人間が踏み込んではならぬ地』と勝手に思い込んでおり、おばあちゃんの原宿である巣鴨へしか行けない体になってしまっていたのだ。
さすが住人だけあってミツキさんは、長谷ちゃんのために表通りを一切通らずに自宅へたどり着くルートを使ってくれた。
「ここですわ」
広さとしては壮大、とまでは言えない。
新しいわけでもない。
けれども、なんとも言えぬ品の高さを感じさせる古風な木造の家屋と、日本庭園の一部にヨーロッパのような小さな花壇があるというなんともいえないセンスの良い空間だった。
そして、驚いたことには。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
と、メイド服を来た女性が僕たちを出迎えてくれたことだった。
「只今、もよさん」
一同、目を丸くする。代表してユウリが訊いた。
「ミツキさん、この方は?」
「うちのメイドのもよさんです」
少女ではなくおそらく70代の白髪の女性。短くまとめたその髪に黒のカチューシャでコントラストを明確にし、メイド服はトラッドとも言えるシックで優しいデザイン。
正真正銘、本物のメイドさんだ。
「もよさん、すみませんね。急に大勢で」
「いえいえお嬢様。お客様がおいでになる家は栄えるのが常でございます。皆様、いつもうちの主人が大変お世話になっております」
びっくり。
『主人が世話になっている』なんて受け答えはいわゆるありがちなマンガやアニメではついぞ見ない。この謙譲こそ本物の社交と言えよう。
庭の花壇の横にあるテーブルで僕たちはいわゆる『ハイ・ティー』のもてなしを受けた。
「今日はわたしがホストでございますから」
と、テーブルでの場を仕切り僕たちにお茶や軽食やお菓子を給仕するのはミツキさん本人。もよさんはあくまでもその補佐役だ。
これも『ホンモノ』だろう。
「ああ、わたし誤解してたよ〜。これがホントの原宿なんだね〜」
「長谷ちゃんさん、表通りの華やかな若い女の子たちも、裏通りの静かな住人たちも、どちらも原宿の姿ですよ。それに、他の街と何か変わるわけではございません。原宿も、皆さんの街も、縁ある人たちにとって大切な街だということですわ」
何よりも真に感動しているのはセヨだ。異様なまでのテンションで、自分はやはり見る目があったとはしゃいでいる。
「ミツキ様。ミツキ様こそ本当の『ご令嬢』です。素敵です、原宿でこんなおとぎ話みたいな世界で」
「セヨ様。先祖がここに基盤を構えた、というだけですわ」
「でもミツキ様。どうしてチェリッシュでご自身もメイドをやってるの?」
「先ほどのもよさんの姿をご覧になったでしょう。『奉仕』というものの原点をもよさんに見たのです」
「ミツキさんは22歳でしたよね・・・って、すみません、女性の年齢を口に出して」
「いいえ、構いませんよヒロオさん。わたしからヒロオさんにお教えしたのですから」
「じゃあ、大学は?」
「わたしは高卒ですわ」
「へえ。因みにどこの高校だったんですか? きっと伝統あるお嬢様学校ですよね」
「ショクトク学園という高校ですわ」
「え⁉︎」
即座に反応したのはセヨだった。
「ミツキ様、それって女子高の最高峰、東大合格率9割超えの進学校じゃないですか」
「さあ、それはどうだかわかりませんけれども、最初行っていた中高一貫校の中等部の先生からどうしても受けろと言われて高校はそちらへ行ったんですわ。まあ、わたしは落ちこぼれでしたけれども」
そう言ってミツキさんは可愛らしく笑った。
「負けた・・・」
セヨが呟く。ミツキさんがそれに対して悲しそうな反応をする。
「セヨ様、『負ける』とはどういう意味ですか?」
「・・・ツクンコマよりも偏差値も品格も高い学校だから。ああ、やっぱりウチは何1つ秀でたものはないのか・・・」
「セヨ様、そのお考えは正した方がよろしいですわ」
「え?」
「ショクトク学園は確かにいい高校でしたけれども、わたしと縁があった、というだけのことですわ。ですから高校を卒業するときも縁のある進路を、という観点でわたしは両親、先生方と相談しました。恩師と呼べる3年生の時の担任がわたしに勧めたもう1つの進路が何だか分かりますか?」
「さあ・・・東大受験ですか?」
「巫女、ですわ」
「巫女ですか?」
「はい。もしかしたら皆さん、メイド服とか巫女装束とか、コスプレっぽい共通項を想像するかもしれもませんけれども、違いますよ。わたしが担任の教師に打ち明けた思いは、『奉仕する道に進みたい』です」
「奉仕・・・」
「はい。メイドはお客様に対する奉仕。巫女は神様に対する奉仕。志は同じです。しかも当時渋谷区の神社のいくつかが現実に高校新卒の巫女を募集していたのです。わたしの担任は本当に真摯に進路を考えてくれていたのです」
これこそ本当の意味での一流校なのだろう。
「結果的には同じく高校新卒の正社員を募集していたチェリッシュにわたしは奉職しました」
「え? すみません、アルバイトだと思ってました」
「ふふ。ユウリちゃん、無理ありませんわ。それがメイド喫茶に対する一般的なイメージでしょう。ですが、オーナー・・・店長ではありませんよ。オーナーが目指すのは真の『奉仕』です。わたしはその経営理念に惹かれ、さらにもよさんという身近なお手本がいましたので、奉仕・・・サービス業全般の心をできるだけ若い内に骨身に染み込ませたいと思ったのです」
一同感動のあまり、拍手してしまった。
「やめてください。ごく普通のことですので」
謙遜するミツキさんを無視して僕らは彼女を褒め称えた。
「でね〜。わたしも本気で小説で大切なものを世に伝えたいと思ってるんだけどね〜。花井部長ほどすごいものも書けないしね〜」
お茶を飲みながらのほぼ女子会(男子1名)の中で珍しく長谷ちゃんが愚痴る。ユウリも思い出したように愚痴る。
「この間もせっかくチェリッシュでプロモーション締めようと思ってたのにね」
脊髄で僕が反応した。
「それ、セヨのせいじゃないか!」
「ヒロオは心が狭いなー。ウチのせいでは決してない」
「じゃあ誰のせいだというんだよ」
「因縁だよ」
僕が腹いせにセヨの紅茶にシナモンを5本突っ込もうとして揉め出すと、ミツキさんがしとやかに発言した。
「あの、皆さん。ちょっと古典的でまどろっこしいと思われるかもしれませんが、わたしにプロモーションの提案があるのですが」
「え、何々〜? ミツキさん、教えて〜」
長谷ちゃんの藁をもすがる懇願に、変わらずしとやかにミツキさんが答える。
「朗読会ですわ」




