私服のメイド
「とても落ち着いた日本家屋ですわね」
この湿った汚泥のような寮を目にしてこんな表現をするミツキさんは、きっと育ちがいいのだろう。
そして僕たちが目を引かれたのはその『私服』だった。
「ミツキさん、その服ってどこで買ったんですか?」
「デパートでですよ、ユウリちゃん。レディーススーツのお店でこのブラウスだけ買ったんです」
メイド服でないミツキさんのその私服は、洗練されて清楚で、センスの良さが滲み出ていた。
上は白地にブルーのストライプが入ったブラウス。きちんとアイロンで糊付けされているのがとても爽やかだ。
そして、下はなんとリーバイスの細身のブルージーン。しかもフロントがジッパーではなくてボタンのモデルだ。今流行りのヨレヨレのやつじゃなくって、トラッドのブルージーン。そして、素足。
「ミツキ様、素敵です」
「うん。ほんとにセンスがいいし、かっこいい」
こればかりはユウリもセヨに同意した。
ミツキさんは顔を赤らめて照れている。その仕草すらかっこいい。
ミツキさんは貴重なオフの日を使って僕たちの部屋に遊びに来てくれたのだ。
寮の建物に入った瞬間に先輩どもが群がって来たけれども僕とユウリで蹴散らした。全室が壁に耳を当てて聞き耳を立てている気配を感じるけれども別にどうでもいい。
「ところでセヨ様、ご両親にはお電話されたのですか?」
「ううん。電話はしないけど、ラインはしたよ」
「そうですか。直にお声を聞かせて差し上げた方が安心されると思いますよ」
「うーん、ミツキ様。電話でやり取りすると、早く帰って来いって言われちゃいそうで嫌なんだよね」
「あら。ご自宅にに帰りたくないんですか?」
「東京の方が気楽だからこのままここに居候しようかなって」
僕とユウリが露骨に不機嫌な顔をするとフォローしてくれたのはミツキさんだった。
「ユウリ様、それは了見が違いますよ」
ミツキさんはピシッと言う。
「ヒロオさんとユウリちゃんはやむにやまれない事情で東京に来られたんです。しかも健気にもきちんと自活して将来に備えて努力しておられるんですよ」
「う・・・」
「セヨ様。とても厳しいご両親のもとで全国屈指の進学校を目指すのは本当に大変なことと思います。ですけれども、ヒロオさんとユウリちゃんは高1、セヨ様は中2。ほぼ同年代で、苦労されているのはヒロオさんとユウリちゃんの方だとわたしは思うのですが、いかがですか? セヨ様」
「じ、じゃあ、ウチも働く。働いてヒロオとユウリに生活費入れる」
「・・・要らん。逆に電車賃やるからさっさと帰れ」
僕がそういうとセヨの表情が突然崩れた。
「ウチだって、頑張ってるんだ。それを、そんな風に言わんでも・・・」
えぐえぐと泣き出してしまった。
「ミツキさん、大丈夫ですか?」
わっ、と先輩たちが部屋になだれ込む。
けれども、泣いているのがセヨとわかった瞬間、
「ちっ」
と全員舌打ちして行ってしまった。
そんな哀れすぎるセヨを慰めるのもまたミツキさんだった。
「よしよし」
と、セヨの頭を撫でてやるミツキさん。
「じゃあ、ウチ、ここに居てもいいんだな」
「それは僕に対する質問か? 答えは、ノーだ」
「まあまあ、ヒロオさん。もしヒロオさんとユウリちゃんがご迷惑なら、2、3日でよろしければわたしの家にお泊めしますよ」
「え? いいんですか? ミツキ様⁉︎」
「ダメだよ〜、セヨちゃん〜」
大学の課題小説を書いて徹夜明けの長谷ちゃんが眠そうな顔と声で部屋に入って来た。
「ミツキさんちはわたしたちみたいな一般人が行っていい家じゃないから泊めてもらおうなんて身の程知らずもいいとこだよ〜」
「え? そうなの?」
ユウリがミツキさんに訊く。
「いえいえ。多少広いかもしれませんけれども、ごく普通の家ですわ」
「普通じゃないよ〜。この間たこ焼き焼きながら教えてくれたでしょぉ〜。とてもわたしたちが近づけるレベルじゃないよ〜」
「ミツキさんのお家ってどこにあるんですか?」
僕が訊くとごく短く彼女は答えてくれた。
「原宿ですわ」




