表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

私服のメイド

「とても落ち着いた日本家屋ですわね」


この湿った汚泥のような寮を目にしてこんな表現をするミツキさんは、きっと育ちがいいのだろう。

そして僕たちが目を引かれたのはその『私服』だった。


「ミツキさん、その服ってどこで買ったんですか?」

「デパートでですよ、ユウリちゃん。レディーススーツのお店でこのブラウスだけ買ったんです」


メイド服でないミツキさんのその私服は、洗練されて清楚で、センスの良さが滲み出ていた。

上は白地にブルーのストライプが入ったブラウス。きちんとアイロンで糊付けされているのがとても爽やかだ。

そして、下はなんとリーバイスの細身のブルージーン。しかもフロントがジッパーではなくてボタンのモデルだ。今流行りのヨレヨレのやつじゃなくって、トラッドのブルージーン。そして、素足。


「ミツキ様、素敵です」

「うん。ほんとにセンスがいいし、かっこいい」


こればかりはユウリもセヨに同意した。

ミツキさんは顔を赤らめて照れている。その仕草すらかっこいい。


ミツキさんは貴重なオフの日を使って僕たちの部屋に遊びに来てくれたのだ。

寮の建物に入った瞬間に先輩どもが群がって来たけれども僕とユウリで蹴散らした。全室が壁に耳を当てて聞き耳を立てている気配を感じるけれども別にどうでもいい。


「ところでセヨ様、ご両親にはお電話されたのですか?」

「ううん。電話はしないけど、ラインはしたよ」

「そうですか。直にお声を聞かせて差し上げた方が安心されると思いますよ」

「うーん、ミツキ様。電話でやり取りすると、早く帰って来いって言われちゃいそうで嫌なんだよね」

「あら。ご自宅にに帰りたくないんですか?」

「東京の方が気楽だからこのままここに居候しようかなって」


僕とユウリが露骨に不機嫌な顔をするとフォローしてくれたのはミツキさんだった。


「ユウリ様、それは了見が違いますよ」


ミツキさんはピシッと言う。


「ヒロオさんとユウリちゃんはやむにやまれない事情で東京に来られたんです。しかも健気にもきちんと自活して将来に備えて努力しておられるんですよ」

「う・・・」

「セヨ様。とても厳しいご両親のもとで全国屈指の進学校を目指すのは本当に大変なことと思います。ですけれども、ヒロオさんとユウリちゃんは高1、セヨ様は中2。ほぼ同年代で、苦労されているのはヒロオさんとユウリちゃんの方だとわたしは思うのですが、いかがですか? セヨ様」

「じ、じゃあ、ウチも働く。働いてヒロオとユウリに生活費入れる」

「・・・要らん。逆に電車賃やるからさっさと帰れ」


僕がそういうとセヨの表情が突然崩れた。


「ウチだって、頑張ってるんだ。それを、そんな風に言わんでも・・・」


えぐえぐと泣き出してしまった。


「ミツキさん、大丈夫ですか?」


わっ、と先輩たちが部屋になだれ込む。

けれども、泣いているのがセヨとわかった瞬間、


「ちっ」


と全員舌打ちして行ってしまった。

そんな哀れすぎるセヨを慰めるのもまたミツキさんだった。


「よしよし」


と、セヨの頭を撫でてやるミツキさん。


「じゃあ、ウチ、ここに居てもいいんだな」

「それは僕に対する質問か? 答えは、ノーだ」

「まあまあ、ヒロオさん。もしヒロオさんとユウリちゃんがご迷惑なら、2、3日でよろしければわたしの家にお泊めしますよ」

「え? いいんですか? ミツキ様⁉︎」

「ダメだよ〜、セヨちゃん〜」


大学の課題小説を書いて徹夜明けの長谷ハセちゃんが眠そうな顔と声で部屋に入って来た。


「ミツキさんちはわたしたちみたいな一般人が行っていい家じゃないから泊めてもらおうなんて身の程知らずもいいとこだよ〜」

「え? そうなの?」


ユウリがミツキさんに訊く。


「いえいえ。多少広いかもしれませんけれども、ごく普通の家ですわ」

「普通じゃないよ〜。この間たこ焼き焼きながら教えてくれたでしょぉ〜。とてもわたしたちが近づけるレベルじゃないよ〜」

「ミツキさんのお家ってどこにあるんですか?」


僕が訊くとごく短く彼女は答えてくれた。


「原宿ですわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ