3話 人形
久方ぶりです
そいつは一言言ってきた。
『お前のしている事に意味を見出せない』
と――。
「なんで……」
文句を言いたい。
オレは捜査課のはずなのに。どうして……。
(《特殊課》の仕事の手伝いに駆り出されてんだよぉぉぉぉぉ!!)
しかも何でパソコンとか、モニター画面に囲まれた空間に居るんだ!!
ああ。モニター画面には豪華客船でのパーティーが映っている。あっ、今招待客に扮していた同僚が上手そうなおかずを食ってるじゃね~か。よこせよ!!
「………」
しかも一緒に居るのはさっきから一言もしゃべらない男――学人だ。
「なんでこんな事を……」
いけね。つい口にしてた。
「………」
学人は何も言わない。興味もないという感じだ。
――逆にそれがムカつくんだが………。
「なんか言えよ……」
いたたまれないだろう。
「――回答を必要としていたのか」
いや、そうじゃないけど。人が居るのに独り言みたいなのは恥ずかしいだろう。
「………ここで見張るのも必要な仕事だ」
「まあ、そうだけど」
お前と一緒が気まずいんだよ!!
「……《異能使い》のテロ情報。捜査課と協力しないと動けないからな」
人が足りないし、確かな筋だから協力を仰ぎたい。そう告げられて、今まで手柄をこいつらに横取りされていたから手柄を取り戻すいい機会だと上司が協力すると告げて動いたのだが。
「おい。お前の世話係(静姫)はどうした?」
空気を読まない奴だが、こんな黙っている奴よりましだろう。
「モニターには映ってないが現場にいる」
言葉を返される。
ってか、世話係は一方的ではなかったんだな。
「………」
また黙り込む。こいつホントしゃべらないな。
モニターには豪華客船だけじゃなく、近くの港も映っている。
この港の開港何年記念のお祝いで多くの人がお祝いしているのだ。
「ここでテロなんて起こされたらその被害は酷いモノだろうな……」
どれだけ多く入るのか分からないが観光客が多い。荷物検査をしてもする抜けるものも多いだろうし、《異能使い》に荷物検査をしても水面下で抑えられるとは思えない。
「――**市同時多発テロ並みかそれ以上かもしれないな」
学人が告げる。
「……っ⁉」
**市っ⁉
『お父さん。 おかあさ~ん。透子ちゃん…。蒼真くん……』
泣き声が響く。
炎の幻影が見える。
涙も熱で乾き、声を張り上げていくうちに喉も嗄れ、呼び続ける気力も失われていく。
足元には壊れたコンクリート。それから守ってくれる靴はぼろぼろになり、歩くのもやっとな状態。
「……あれと同規模なのか………」
声が擦れる。平常心と自分で呪文のように唱えないとかつての記憶に囚われそうになる。
「ああ。あの事件も《異能使い》が起こしたものだからな」
おそらく最初の表に出た事件だろう。
学人は冷静だ。いや、こいつが感情を表に出す事なんてあるだろうか……。
「そんなの聞いてないぞ……」
あの事件は警察内部でも知らされない。暗部になっている。
「言いたくないんだろう。警察の恥だし。報道関係者は事件よりもその事件を防げなかった警察を叩くからな。《異能使い》の事件は報道に寄って逃げられているのも多数あるからな」
「……だが、警察内部で」
「――犯行の一人が《異能使い》として無理やり覚醒させられた警察官でもか」
知りたくないだろう。
学人が告げる。
「……それは今もか」
「警察内部にいるという意味なら今は居ない。そのまま行方不明。――表向きは殉職してるからな。第二第三のそいつが生まれているかという意味なら現れない。優慈郎が居るからな」
モニターを眺めながら告げてくる。
「いいのか?」
「………」
「そんな事話して」
学人が言った事は本当は言ってはいけない内容だろう。
「たとえ話に都合がいいからな。――規模は同じになると予測できるが、始まりは違うだろうから事前知識は必要だろう」
「………」
こいつ知ってるんじゃないのか。
俺が、**市の被害者で家族全員行方不明になっているという事実を――。
「あの酒……」
学人がじっと何かを見てる。
「静姫に飲ませてみても面白そうだな」
因みに静姫は酒に弱い――飲めないって事は無いが、酒は飲むのは断っている。
「無理に飲ませるのは犯罪だぞ」
「――作戦に必要なら許されるでしょう。あれは酒を飲めば能力が上昇しますので」
「………」
ああ。そうなのか。
哀れだな。
効率とか考えて個人的な嗜好は却下されるのか。
学人は少し話したらもういいだろうと再び黙ってしまう。
「おい……」
「話は終わったのでは」
「黙ってるのは性に合わない」
「気に入らない者と話すより黙っている方がお好みかと思いましたが」
いや、そういうモノもいるけど。
「俺はしゃべりたい方だからな」
「……そうか。いろいろあるんだな」
ぼそっ
「分かった。以後気を付ける」
そう言われるが、今の独り言のような呟きは……。
(誰かに言われたのか?)
聞いても答えないだろうけど。
「――で、何で、《異能使い》に狙われるってわかるんだ」
事前情報があったとはいえ。ただのお祭りだろ。
「……テロに意味などないですよ。ましてや人が多く集まる」
無理やり覚醒させられる者も多くいますし。
「覚醒?」
って?
「………………《異能使い》はきっかけがあるまで普通の人間ですよ」
ふと先日の優慈郎のお出かけを思い出した。
危険ドラッグで急に能力を開花させられた少年。
彼は今。その開花した能力を消させたのでその時の後遺症があるそうで病院に通っている。詳しい事は聞いてないが、完全に消し去る事は出来ないので、能力が再び出ても動じないように練習するらしい。
「………」
それだけ言うと話題が尽きたとばかりに黙ってしまう。
「近藤……」
「学人でいいです。俺の名字など後から付けたものですし」
近藤さんと混合するでしょう。
まあ、確かに近藤は二人いるからな……。
「――で」
まだ話はありますか?
聞かれて。
「いや、ないけど」
「ならいいです」
それっきり黙ってしまう。
そんな学人をじっと見てしまう。
黒髪黒目。
生きているのか死んでいるのかと思わせるまるで……。
(人形と言っても信じるな)
静姫が動ならこいつは静。存在感を消し去ってしまうそうなそんな……無機物の様な感じに思えてくる。
ぴくっ
急に学人が動いた。
あるモニター画面。そちらを凝視して、
「静姫。船上のパーティー会場」
無線で連絡をする。
するとモニター画面に静姫の姿が映り、隠しカメラに向かって合図をしている。『ここでいい?』そう尋ねているようだ。
「――ああ。正解だ」
静姫は今。招待客の一人のように装いで、桃色のドレスに身を包んでいる。その静姫に合図を送ると静姫はモニター画面から遠ざかる。
ザっ
『こちら静姫。テロの実行犯の一部を拘束』
無線から静姫の声。
「早くないか……」
一部っていうからには、一人二人じゃないだろうし……。
『学人』
「――どうした?」
『結構範囲広いみたい。それに、気化性のモノのようだよ』
気化性?
「防げ」
『はい。は~い♡』
静姫の通信が切れる。
「捜査課にはお手数を掛けましたが、ここに居ても無意味なので、静姫から実行犯を受け取ったら他の者達も捕らえてさっさと離れて下さい」
なんか変な事言ってんな。
「おいっ!!」
何のために協力要請したか分からないが、
「ここから先は足手まといになりますので」
淡々と事実を告げられる。
「足手まといってな~。お前らが協力を要請したんだろう!!」
「……実行犯をさっさと捕らえるのに人海戦術が必要だっただけです。その実行犯も静姫が捕らえるまで捕らえなかったんですから」
実行犯たちは捜査課の近くをうろうろしてた。
「その手の方は実績と経験で捕らえてくれると思いましたが。――無駄でしたね」
冷たい声。
「近藤さんが横の繋がりも大事にしないといけないと言っていたので協力を要請しましたが。役に立たないので居る意味がありません」
学人の言葉は実は無線を通して筒抜けだった。
『生意気言うんじゃねえ!!』
血の気の多い。普段からゼロ課を快く思ってないものが無線を通して文句を言ってくる。
『俺らの命令は俺らの上司がする!! お前の言う事を聞かねえ!!』
そうだ。そうだと賛同する声。
『退去命令は出さない。……この場の権限は私の方が持っていると思うからな』
捜査課の課長の声が届く。そこで上がる歓声。
「静姫……」
『――分かってる』
学人は通信を通して静姫の名を呼ぶ。静姫もそれに頷く。
捜査課が意気揚々と仕事を再開する。それを見つめ――ゼロ課ばかりにいい顔を見せるなという想いと本当にこれで良かったのかとという思いが過ぎるが、そのままモニターを通して様子を見ていると。
『――学人』
声が降ってくる。
「優慈郎」
『船の下。埠頭にいる二人組。異能者だよ』
埠頭……?
「ああ。いるな。分かった」
学人は他の者の動きを確認して、
「そちらに向かえる者が居ないな」
冷静に、
「――ここからなら近い」
「おいっ!! 現場の指揮は!!」
「――捜査課の課長がするんでしょう。本人もおっしゃっていましたし」
それなら俺がここに居なくてもいいでしょう。
「それはお前が伝えて無かっただけで……」
いや、きちんと告げていた。言動や行動が怪しいモノを。だが、捜査課の目には怪しい感覚は無かったのだ。
「なら……俺も行く」
そう宣言すると学人の表情が…目が驚いたように開かれる。
「貴方は……」
「はぁ?」
「どうやら期待していいようだ」
こいつの誉め言葉が怖く感じたのは気のせいか。
そんな事を思いつつ、その埠頭に向かうと。優慈郎が言っていたように二つの人影が見える。
「――ああ。なるほど」
学人が呟いたと思ったら埠頭のコンクリートがメキメキメキとはがれ、そこからぶっといコードが姿を現して、その二人組を拘束する。
「確かに怪しいな」
動きを拘束してからの発言。
「おっ、おいっ」
相手はただここに居ただけだろう。証拠もないのに拘束って……。
「――お前の言う事が分からない」
冷たい声だった。
いや、冷たいのではない。
感情が感じられないのだ。
「証拠を待っていたら防げるものも防げないだろう」
学人の言葉。
「それに」
コードで動きを封じた二人組――ちなみに男二人だった――に近付いて、その手にあるモノに視線をやる。
「証拠も今手に入った」
ちゃぽんっ
小瓶に入った液体。
「なんだそれ?」
「触れない方がいい。危険だからな」
学人本人は手で持っているのに危険だからと言われても。
「ってか、何だ。この液体は?」
うん。突っ込むのは止めよう。
「……知らない方がいい」
そう告げて、学人はそれを、
「静姫」
『はいは~い』
どこからともなく声がしたと思ったら頑丈そうなトランクが学人の目の前に現れる。
「………………」
もう何も起きても驚かない。
トランクがどこから来たのか突っ込んではいけない。
学人はこちらの動揺をよそにトランクの中にそれを入れる。
(ちっとは気にしろよ)
こっちが動揺しているのが馬鹿みたいじゃないか。
ぴっ
「こちらテロ実行犯と思われる二人を拘束」
無線で連絡をする。
「犯人は液体の様なものを持っています」
「それが危険だから。持っているのを見かけたらトランクなりで液体が零れないように慎重に保管しろと伝えておくといい」
無線で同僚達に連絡したらそんな補足を言われた。
「お前が直接言えばいいだろう。無線あるんだから」
「俺のいう事を聞くとも思えない」
まあ、確かに。
「なんでそんな敵を作るような発言するんだ」
言い方を考えろよ。お前も静姫も。
「…………」
学人は答えない。応える気が無いんだなと思わせる。
「お前な!!」
詰め掛けようとしたら、
「誰かと思ったらお前。実験体じゃないか」
捕らえた実行犯の一人が学人を見て声を掛ける。
「まだ起動していたのか。姿を見ないから壊れたかと思ったぞ!!」
自分の立場を分かってないのか。そいつはにやにやしながら学人を見ている。
「まあ、ちょうどいいや。――命令だ。解放しろ」
「………」
こいつの言葉に学人は表情を変えずにそいつに視線を送っている。
「………知り合いか?」
って、知り合いに向けて実験体とか壊れてないのかとか命令とかいうなんてろくな知り合いじゃないだろうけど。
「****年。**月**日。13時35分29秒。**にて遭遇。痛覚があるのか実験してみると笑いながら煙草の火を突き付けてくる」
淡々とまるで何かの記録を読み取るように告げてくる。
「そうそう。お前のようなお人形の実験をしたんだよな。痛覚は遮断してあると言ってもそれで壊れたらどうするとお叱り受けたんだよな。お前のせいで」
その詫びがいるよな。
「………」
そいつの発言がいまいちよく分からん。
「……静姫に言われた」
男の口に猿轡を付ける。
「『学人は人だから人扱いしない者の言う事は聞くな』と」
そいつをどこからか現れた覆面パトカーに乗せる。
そいつは必死に抵抗するが、学人は動じずにそいつをさっさと乗せる。
「学人……」
声を掛けたのはいいが、何を言えばいいのか分からない。
「――首尾は」
無線で連絡をする。
『実行犯と思われる存在は次々に確保。捜査課の人海戦術は役に立ったよ』
静姫が無線から告げてくる。
「無駄じゃなかったのか」
『学人は判断するのが早すぎ!! 彼らの常識とは違うテロだから認識しずらいけど。それでも理解すれば私達よりも効率はいいからっ』
静姫の言葉。
「そういうモノか」
『そういうモノです』
………さっきから思っていたけどこいつ基本人の話を聞かないが、静姫の話はきちんと聞くんだな。やっぱり仲間だからか?
そんなこんなで無事パーティーは終了する。
何も起きない平和な日常を守れた事に安堵して、仲間と合流する。
借りた倉庫にテロを一時的に集めているのでそこに向かうと捜査課の面々が集まっている。
静姫も当然いる。
「学人!!」
静姫は学人を見つけると駆け寄ってくる。だが、いつもの底抜けの――能天気としか思えない――笑みは消えている。
「何かあった?」
学人が尋ねる。
「何だ。お前もいたのか。実験体2896。6876も居て驚いたが、人を辞めた化け物が人を守るために溶け込んでいるなんてお笑い種だな」
捕らえたテロリストの一人がにやにやと静姫と学人を見ている。
「静姫」
学人は無視して怯えている静姫をそっと庇うように引き寄せる。
「相変わらずだな『機械人形』命令しか聞かないお前がなぜ我らの組織を裏切ったのか知らんが、しょせん人のふりをしていても人ではない、さっさと身の丈を思い出して戻ってくるといい」
捕らえた一人が挑発してるが、
「なあ、こいつ何言ってんですかね」
同僚の一人が口を開く。
「人形とか言いながらの挑発。感情が無いとか言いながら相手の反応を引き出そうとしている。矛盾してないか」
「……まあ、確かにな。だが、俺ら周りに言ってんだろう」
こいつはかつて自分達の仲間だった。信用していいのかと。
「まあ、それなら、実験体なんて言い方しなければいいんだがな」
人を実験台扱いしている者に。
「静姫学人が信用できないと思わせて追い出そうなんて手は通じないだろう」
何信じられないという顔してんだ静姫。
学人もなんでそこで笑うんだ。ってか、お前笑えたんだな。
そんな二人に周りは気付いてないが、捕らえたテロたちは動揺している。
次々と留置場に送られるテロ実行犯たち。それを見ていたら、
「カンザキさん」
「神崎だ」
「感謝します」
真っ直ぐな眼差し。
学人がじっとこちらを見て告げる。
感謝?
何もしてないだろう。
「してくれました。――人だと肯定してくれた」
それに礼を言います。
そして、学人は去っていく。
意味分からん。
だが、
「あいつ。あんな事言えるんだな」
その事実に驚かされた。
うん。
とりあえずこんだけ。