レモンをしぼり塩を振る
第一章 からまわりとおまわり
子どもに無限の可能性がないことを教えてあげることが大人の役割だ。ずっとそう考えている。スポーツ選手やテレビに出ている芸能人たちは、公務員になる可能性を切り捨てている。はみ出しものしかあそこにはいないじゃないか。世間で羨ましがれている人は必ずしもすべての側面を褒められたものではないという視点だって必要だろう。かくいう僕も、世間一般から見たら「勝ち組」に見えるのかもしれない。
僕は歯医者だ。開業医である。
朝9時から夜7時まで毎日患者の口の中を覗いている。虫歯、差し歯、親不知、ホワイトニング、金歯銀歯に定期健診…。同じような作業をしているのだけれど、人それぞれ口の中の特徴は違うから、それぞれの患者さんに合わせて治療していく必要がある。多くの患者を診ているうちに、だんだんどういう歯並びの人がお金持ちなのかということがだいたいわかってきた。もちろん、カルテを見ながら診断するわけで、個人情報を誰かに漏らすようなことはしない。個人情報を漏らすわけではないけれど、やはり診察している人の情報はそれなりに頭に入ってくる。誰かの口の中を見て、これが商社マンの歯並びか、と思わないと言う方が嘘だろう。
開業医というのは、自分が医者であることと同時に、経営者としての視点も持たなければならない。何人のナースを雇えるのかという問題もあるし、患者が座る台を用意する費用、そしてそれがペイするのに必要な費用、管理費、維持費、水道代、などなど。ありとあらゆる問題に具体的な解決が求められている。自分以外の歯科医だって当然必要だ。
僕のやっている病院にいる人達はだいたいが、同じ大学の後輩になる。これは、誰がどこで開業したのかということを大学が把握していて、そこに卒業生を送り出すことができるためだ。ところが、大学の歯学部というのは、人気がなくて、合格さえすれば、そして国家試験に合格さえすれば、食いっぱぐれることはないのだ。ナースと同様に、現在歯科医は人材不足になっているわけである。そうは言っても、どこにでも行けるわけでもなくて、地方の歯科医にはなりたがらない若者が多い。都会の便利さに負けて、首都圏で就職先を探しているのだろう。これは少し問題かなと感じている。歯科医だって医者なのだから、世間で言われているとおり、給料は悪くない。むしろ、他の同世代の人たちと比べたら圧倒的に稼げているだろう。だから田舎へ行けば行くほど、相対的にお金持ち感は首都圏とりわけ都内よりは増すわけだ。それなのに、首都圏に住みたがるのは、若者にとって都会は刺激的だし、楽しいことがたくさんあるからだろう。その気持ちはわからなくはない。ここまで言っておいていうのもアレだが、当病院は比較的田舎に分類される地域に位置している。よって、人材が必要だとなっても、大学はこっちに人をあまりまわせないらしい。マクロでみたら需要はあるはずなのに、各個人レベルで見れば、行きたいところにポストがない、という点で不景気といえるのだろうか。同様のことが、いくつかの業界では起きているのかもしれない。
縄張り意識というものが医者にはあるらしい。僕はそれを特に意識したこともないけれど、年配の先生たちはそういうことばかりを気にしている。このあたりはあの先生の担当、向こうの地域はこの先生の担当、などいろいろと勝手に決めている先生がいることは、こちらで開業してから知った。そんなことも知らずよく開業できたなと思うかもしれないけれど、これは僕の奥さんの実家が譲渡してくれた土地だから、一切お金をかけることなく、開業のための土地が手に入ったのだ。おかげで、僕は31歳で開業することができた。悪いことに、そこの近くには地元ではピカイチの歯医者さんがあったらしい。地元密着型のお医者さんの縄張りの中に、僕が急に開業したものだから、その近辺のおじいちゃん先生方が何を考えているのかと言ってきたのだ。都内の大学病院で勤務した後にこっちに来たから、都会の人間は何を考えているのかわからん、人情がない、などと裏で文句を言われていたようだ。僕の奥さんが町内会のおばさまと話した時に、そんなことを聞いたと僕に漏らしたことがあった。僕は放っておけばいい、気にしなくていい、と言った。奥さんのお父さんとお母さんはそういうことを気にしない人だから僕に土地を譲ってくれたのだろうと考えていた。いわばチャンスを与えてくれたのだと。娘がより幸せになるためにはお金は会って困ることはない。だから開業すればそれなりに儲かるだろうから、少なくともお金に困る生活にはならないだろうという愛情も含まれていると理解していた。しかし、そういうわけではなかったのだ。僕の奥さんからそんな話を聞いた後に、お義父さんとお義母さんは悪いことをしたなと詫びを入れに来たのだ。そんなことないですよ、開業する機会を与えてくださってとても嬉しく思っていますと丁寧に返したけれど、田舎特有のというか、年配の方によく見られるというか、そういう他人の目を気にして、周囲とうまくやっていこうという志向が強いことに僕はとても驚いた。奥さんの両親にそんなことを言われては、僕も頑張るしかないと思って、そこからは町1番と評判の歯医者さんの「縄張り」に立ち向かっていくことを決めた。
そうは言っても僕にできることは、来てくれるお客さん(という表現は不適切かもしれない、患者さんに訂正しておこう)を待ち、可能なかぎり最高のパフォーマンスで施術することだろう。簡単な治療に何回も来てもらってお金をふんだくるような人もいるけれど、そんなことをしていても患者さんが煩わしく思うだけだ。実際、僕が子どものときにはそんな歯医者さんにかかってしまう、行くのが億劫で仕方なかった。母親に叱られながらなんとか行っても、また次来てくださいという言葉を聞くたびに落ち込んでいた。そんなこともあって、できるだけ早めに患者さんを治療から解放してあげるべきだというのは僕の信条のひとつとなっている。
来てくれる患者さんに誠意を尽くすのが医者なのだけれど、患者さんが来てくれなくてはこちらも何もできない。
開業してすぐの頃は、ほとんど患者さんは来なかった。最初の時期は、このあたりの人達は歯の健康に気を使っているんだねと笑って奥さんと話していた。しかし開業したての診察数が明らかに平均よりも下回っているとわかったときには、ちょっと冷や汗をかいた。新しい診療所に足を運ぶのは、お年寄りには挑戦だったのだ。新しいところに挑戦して失敗するリスクをとるくらいならば、今の”そこそこ”の状態を保っていきたいというのが年をとるということなのかもしれない。そもそも、人間は変化を嫌う生き物だ。変化を積極的に取り入れようとする姿勢が見られるのが若者の特徴とすれば、老年の特徴は新しいものを排除して昔のよかったものにすがろうとする姿勢だろう。未来に向かって変化を面白がれるのか、もしくは変化を嫌って過去によさを見出そうとするのか。向いている方向が違うのだ。ただし変化にも、良い方へ変わるものと悪い方へ変わるものとの2種類があることを心にとめておきたい。変化することすなわち成長と直結する部分もあれば、そうでない部分もあるだろう。実際、青年と老年の違いは明らかであるけれど、青年は須く老年になるのである。常に自分を見直す必要があり、その都度、自分のなりたい理想を目指して変化していくことが大切だ。
新参者がすぐに軌道にのせることなんてできない。そう自分に言い聞かせて次の策を考えることにした。今月通院してきた人たちは子どもが多かった。母親が嫌がる子どもを連れて来て、虫歯の治療をしたというケースが半分くらいだった。虫歯の治療ごときで何回も来てもらう必要なんてないから、即日で完治だ。場合によってはもう一回来てもらうことだってあるかもしれないけれど、たかが知れている。もっと新しい客層を考えらなればならない。土地柄、やはり年配層が問題か…。そういえば、町内会の回覧板が来ていたなと思い出した。あそこにはたしか、近々、公民館かどこかでお年寄りの懇親会が開かれる、というようなことが書いてあった気がする。当然、僕はそんなところには行く気なんてさらさらない。しかし、時間を持て余している人たちであれば、特に年配層の人たちであれば、グループになって仲良くワイワイ楽しくお話することに楽しさを見出しているのかもしれないと感じた。公民館で集まるくらいであれば、参加費はたかがしれているだろう。ならば、と無料で地元住民に声をかけて、定期検診してみようかという気持になった。最初はボランティアとして、ここで新しく歯医者をはじめた奥野です、といえばいい。無料で検診を行えば、若い人は来なくても年寄りは来るだろう。おじいちゃんおばあちゃんに連れられて、ついでに孫も来るかもしれない。最悪誰も来なくても、病院の休診日にそれを開催すれば、つまらない暇つぶしだったと思えばいい。自分の診療所の休日に地元住民を集めて無料の歯科検診をやってみようと考えたのだ。一度無料で診断すると、それが当たり前だと思ってしまうという危機感もあった。インターネットと同じだ。無料であることが当たり前になるとお金を出すことに抵抗が生まれてしまうけれど、お金を出すのに十分なコンテンツをこちらが提供し続ければいい。まずは失敗してもいいから、やってみようと考えたのだ。
奥さんに相談すると、それもいいんじゃないと言ってくれた。ああでもないこうでもないと悩んでいるのが1番気持ちの悪い状態であり、具体的にアクションを起こしているうちは、それを実行することを目指せばいいだけだから、気持ちがいい。
歩き続けることは簡単なのである。歩き始め続けることが難しく、もっと言えば、どこに向かって歩くのかを決めるのが1番大変で、労力が必要で、敷居が高い。そこを乗り越えれば、あとは失敗か成功か、やってみればいいだけなのである。
奥さん力も借りて、町内に宣伝を出すこともできた。ちらしを配るというよりは、やはり回覧板や、市内の広報におしらせしたりするのがこの地域では一般的な宣伝の打ち出し方であるみたいだった。お義父さんとお義母さんも当日は来てくれるというのだからありがたい。誰か誘ってみようかしら、だなんてお義母さんも言ってくれた。お義母さんのお友達は無理かもしれないけれど、お義母さんならいつでも無料で診断するのにな、と思ったけれど言わなかった。
無料定期診断の日になると、まばらながらも人が集まっていた。宣伝効果はほとんどなかったかもしれないけれど、そこそこ人が集まってきた。小学生になる前の子どもも何人かいたけれど、年配の人が多かった。50代よりも上の方々だろう。通常の診療所であれば、僕の他にも男の医師がいるのだけれど、それほど来ないだろうと思って彼には出勤をお願いしなかった。サポートをお願いしてもよかったかなとも頭をよぎったけれど、今後につながるかどうかもわからない活動に巻き込んで、無駄に嫌な思いをさせるのはよくないかなとかばった形になってしまったのだ。しかし、すべてを自分で背負う必要などないのだ。実際、当日はナースの何人かは気をきかせて出勤してくれている人もいた(彼女たち曰く、家が近いので来てみただけですとのことだったが、休日を返上して働いてくれているわけだ)し、奥さんに受付をお願いしてしまうことになってしまった。そもそも、仕事というのは嫌なことをすることなのだ。誰もはやりたくないようなことをやってお金をもらうというのが根底にはあるはずだ。だから、自分がすべて嫌なことを請け負って、自分の下で働いている人たちにラクをしてやりたいというのはあまりにも綺麗事なのだ。頑張ってくれている彼女たちを報いるためには、経営者として給料を上げるというのが1番手っ取り早く、そして正確にこちらの評価が伝わる。余計に、人の入りが少ない病院の存在が鬱陶しくなる瞬間だ。やりたくないことをやる、そして、さらに自分が付加価値を加える事ができれば、それは働くことが楽しくなったりしていくのだろう。最初のハードルはできるだけ低いほうがいいのかもしれない、つまり、楽しいと感じやすいほうがいいのかもしれないけれど、遅かれ早かれだろう。診療を終えたら、気持ちばかりの謝礼を渡そう、と思った。自分のやりたいことや憧れが入り口で就職するのは危険だと思うけれど、それがすべて悪いとも言えないし、いいともいえない。やりたいことや好きなことを仕事にするのはダメなのですかとなると、それは人による、というありきたりで何の答えにもならない言葉しかその問いには返ってこないだろう。しかし好きなことを仕事にするとしても、好きなことだけでお金を稼いで暮らしていくことはかなり難しいだろう。スポーツ選手だって活躍するためには、プロになってからもちゃんと練習をする必要がある。テレビに出るタレントになったって、常に人の目にさらされるわけだから、有名になってしまったら、もう有名じゃなかったころのようにレストランで食事をすることは難しくなるだろう。芸の道により厳しく励む必要もあるだろう。ミュージシャンになったって、自分がしたくなくても何らかのプロモーション活動に参加させられることだろう。やりたいことをするためには、我慢しなければいけないことだってある。大切なのは、やりたいことはなにか、ということだろう。
あなたのやりたいことは、一体なんだろうか?
もちろん、今それをやっているはずだけれど、そんな短期的な取り組みのことをいっているのではない。もっと長期的に見て、いわば、生きがいというようなものは一体ありますか、ということだ。あるから幸せ、ないから不幸、といいたのではない。ただ、やりたいことだけをやり続けるのは難しい。そして、やりたいことだけをやっていると、いつか将来、いや、もしかしたら近いうちに、やりたいことをやれなくなっている、あるいはこれは本当にやりたいことだったのだろうかと振り返る時が訪れるだろう。これもまた、人それぞれというわけである。
僕は接客があまり好きではない。仕事で誰かと話した時、この場合はもちろん患者さんなわけだが、とても疲れる。ああ、今日もうまくいかなかったなと毎日のように思う。しかし、他人から見ると、営業に向いているねと言われることが多い。自分の不得意だと思っていることだって、他人から見れば長所にうつる場合だってあるのだ。自分のなりたいものや理想は自分が追い求めるはずのものであるが、自分ただひとりで突っ走っても手に入れることが難しいのかもしれない。
地元民へと無料診断のなかに、学校の先生がいた。男の先生だ。小学校の先生をしているとのことだ。珍しいお客も来たものだ。
「どうも、おいでくださいましてありがとうございます。」
「いえいえ、私もね、定期検診のはがきが行きつけの歯医者さんから来ていたんですけどね。どうも休日は部活で学校に行くことになりましてね。それで今日も部活に来たんですよ。するとね、無料で定期健診をするっていう話をしている生徒がいたんですよ。私も歯医者に行こうかななんてことを生徒にポロッと話したから、そんなこと言ってきたんでしょうね。少し興味がありましてね。ええ。部活の指導ついでにこちらにきたというわけです。」
「それはどうもありがとうございます。部活もお疲れ様でした。大変ですね、休日にも学校にいらっしゃるだなんて。」
「いえいえ、こちらこそ助かりました。地元の歯医者さんよりも奥野先生の方が親切で対応も早い気がしますよ。」
「そんなそんな。」
「お若いのに立派です。」
「ありがとうございます。」
「うちの学校に担当医というのがありましてね。学校の定期検診や保健室じゃ預かりきれないような怪我をした場合に行く病院がありまして。うちの小学校、まあ、この学区内なんですけれども、歯科検診の担当医が結構お年を召されておりまして。ええ。ですから、先生を次の歯科検診の先生にするように職員会議で推薦してみようかなとも思いましたよ。」
「そういったお話だけでもとてもありがたく思います。」
「いえいえ真剣に思っておりますよ私は。地元の方たちに無料でこのような機会を設けてくださるなんて聞いたこともありません。子どもたちもうっすらとは知っている人もいるみたいですし。ええ、検討させていただきます。それでは今日はどうもありがとうございました。」
「こちらこそ、どうもありがとうございました。」
やはり、開催すればそれなりに得るものもあるのかなと思った。その日だけはお年寄りのたまり場になっても仕方がないと諦めて取り組んだ甲斐というものがあったわけだ。それにしても、このあたりの子どもは回覧板なんか見るのか、と驚いた。自分が生まれた地域にもそんな文化はわずかに残っていたけれど、親がサインしたのを確認して隣のおばちゃんに渡しに行ったことくらいしか思い出がない。正規な診断ではないからあの先生の名前もわからないし、どの小学校かもわからない。少し困ったな、ちゃんとお礼くらい言ったほうがいいのかなとも考えたけれど、そのときにはもうどうしようもなかったのだから、どうせ社交辞令だろうと思考を打ち切った。
診断が終わったあと、ボランティアで参加してくれたナースに謝礼を渡して、その日はもうお開きとなった。すべてが終わったあとに奥さんに僕は打ち明けた。
「実は今日、診断した中に小学校の先生がいてね、担当医に推薦してみますって言われたよ。」
「あら、そうなの。男の先生?」
「あれ、知ってたの?」
「うん、林小学校って言っていたわ。このあたりらしいわね。」
「聞いてたんだ。それはよかった。名刺とかってもらった?」
「ううん、もらってない。」
「それは残念だなあ。」
「なんで?」
「せっかくだからさ、お礼のメールでもしたほうがいいのかなと思って。」
「どうせ社交辞令なんだから、気にしなくていいんじゃない?」
「うーん、でもどうせ名刺がないんだから仕方ないよね。」
「そうだよ、うんうん。」
「うん。」
「学校の先生って、名刺もってるもんなのかな?」
「どうなんだろう。」
「わからないね。」
「うん。でもよかったね。来てくれた人が喜んでくれて。」
「喜んでもらうだけじゃだめなんだよね。あの病院はたまに無料で診療するからそのときに行けばいいやとなるとこれは意味ないわけ。あそこよかったなとか、また行きたいなとか、有料のサービスになんとかしてつなげないといけないんだよね。要は、お金を払ってでもここに来たいって人を増やさないとね。」
「そうねー。ちゃんと考えてるんだ。」
「さすがにね。ボランティアで行きていけるほど僕は人間できてないからね。」
「つめたーい。」
そう笑って、普段はナースたちの休憩所へと入っていった。
彼女はそう笑っているけれど、なんとなく、気づかないふりをしている気がする。僕が真剣にやって、失敗しても、次があるじゃないと言ってくれるための前振りのようなものかもしれない。ダメなら次があるわよと、明るく言うために、今、うまくいくかどうかわからないところではふわふわした態度をしているのかもしれない。掴みどころがないけれど、つかめないことでもしかしたら僕は気持ちが楽になっていたのかもしれない。
僕ら夫婦はふたりとも底抜けの明るさをもつようなタイプではない。特に奥さんの方は、気づかなくてもいいようなことに気がついて、気を遣わなくてもいいようなところまで気を遣ってしまうようなタイプの人だ。僕も彼女に似たところはあるかもしれないけれど、彼女のほうが余計なことによく気づく。僕の気づかないところできっと静かに泣いていたりするのだろう。
先ほどの先生の話によれば、今の学校の歯科検診の担当医は結構年をとっているとのことだ。実は、地元の歯医者さん、つまり僕がテリトリーに入ってしまったと思われる、そのお年寄りの歯医者さんなんじゃないかと少し勘ぐっている。そんなことないかな、いやきっとそうだろう。そんな堂々巡りをしている内に無料の歯科検診は終わり、次の日からまた通常営業に戻ったのだった。
普段の仕事はそんなに増えたものではない。暇というほど暇ではないけれど、満員御礼ということもなく、でも一般的な開業医にしては少し稼ぎが少ない、そんな状態だった。無料診断から1週間ほどたつと、もうそんなことはどこ吹く風、やる前とさほど変わらない雰囲気だった。なんだかお金の話ばかりしているかな?それでもやはり気になることだ。開業して医者として一本立ちしようとしているわけで、一本立ちしていることを第三者的に納得させるにはそれなりの稼ぎが必要だろう。たとえ、他人から見たら自分の病院を開業できただけでも成功だとしても、僕は自分の腕でどれくらい稼げるのかということを知りたかったのかもしれない。
無料診断の日から一ヶ月くらいたった頃、病院あてに電話があった。ちょうどお昼休みくらいに受付に電話が来たのだ。院長先生に電話を代わってくれとのことで、僕が出ることになった。なんでも、小学校の先生かららしい。
「もしもし、お電話かわりました。奥野です。」
「あ、もしもし。お久しぶりです。先日はお世話になりました。林小学校の北条と申します。」
「北条さん?」
「はい、先日そちらで歯科検診をさせていただいたものです。」
「あ、そうですか。すみません、お名前を失念いたしておりました。」
「いえいえ。名前を申したかどうか私も覚えておりません。お気になさらないで結構です。」
「歯はどうですか?」
「そうですね。問題ありません。今も毎日歯磨きしておりますので。」
「それは結構なことです。」
「ありがとうございます。今回お電話さし上げたのは、学校の歯科検診の担当医のことでして。」
「はい、覚えております。お話をお聞かせいただいただけでもありがたかったです。」
「実は今回、職員会議で正式に決まりましてね。」
「あ、そうですか、職員会議で。」
「職員といっても全員で決めるわけではないんですよ。来年度以降はどうしましょうかという話をしているときに、学校の歯科検診の件で、地元に診断を開放している先生がいるから、その人が適切じゃないかということで、私の方から提案させていただきまして。それで、審議が通りました。奥野先生に正式に来年度の林小学校の担当医になっていただこうと打診させていただきたく、お電話差し上げました。」
「そうですか。どうもありがとうございます。」
「あの、引き受けていただけますか?」
「はい、引き受ける前提でお話をさせていただきたいです。」
「そうですか、わかりました。では、ご都合よろしい日に学校の方へいらしてください。打ち合わせをさせていただきたく思います。あと、正式に契約というかたちをとらせていただきたいので、印鑑をお持ちください。」
「わかりました。ではまた追ってご連絡いたします。」
「はい、どうぞよろしくお願い致します。」
安い料金かもしれないけれど、学校の検診をしておけば、それなりに安心感が生まれて、新しい患者さんにつながるかもしれないと考えてのOKだった。一ヶ月のうちに新しく決定されるなんて、学校も腰を上げるのが早いなと思った。公務員とかお役所系の仕事の人たちとうまくいったためしがないから、どうも苦手意識があったのだけれど、その認識も改めなければな、なんて思いながら含み笑いをしていた。ナースには、先生なにかいいことあったんですか、なんて冗談ぽく言われたが、まあね、なんてごまかしにもなっていないごまかしを返した。こんなとき、もっと気の利いたことを言えたらななんて思った。
その日の仕事終わり、奥さんに小学校の先生から担当医をやってくれないかと電話があったと言ったら、それはよかったね、と言ってくれた。無料診断のときに来ていたあの先生だよ、と言うと、そうなんだ、世の中捨てる神あれば拾う神ありね、なんて言われた。どこの誰が僕のことを捨てたのだろうと言い返そうと思ったけれど、こういうことには深入りしないのが夫婦円満の秘訣だ。彼女も喜んでくれて僕も嬉しい。これは率直な気持ちだ。僕の奥さんだって僕がいろいろ頑張っている姿を、たとえそれがうまくいっていなくても診ているわけだから、家族として一緒に暮らしている以上、それなりに応援してくれているのだろう。僕が勝手にそう思っているだけだとしても、実は全く問題ない。人間関係における誤解なんて日常茶飯事だ。常にうまくいくことをいかなる相手にも要求することは理不尽だし、それこそいつかうまくいかなくなるだろう。自分から相手に向かっているだけ、あるいは相手からなんとなく感じる、それだけで十分だろう。あまりにもすべてを要求するのは、たとえ愛する人であってもよくないのではないか。
そういうわけで、僕は喜びいさんで小学校に行くことにした。当然、小学校とそこにいる先生の名前がわかるのだから、不審者扱いされずに小学校に入ることになった。
思えば、小学校に来るのなんて久々だ。かれこれ20年くらいは行ってないだろう。つまり、卒業してからというもの、小学校に戻ることなんてほとんどなかった。
低学年(て今は言うのかな?1年生から3年生のことを指す言葉だ)のとき、中庭にある池に近くの砂場から砂を持ってきてそれを落とす、という遊びをしていた。砂が水に落ちる音が面白かったのだ。最初は少しだけ落としていたのだけれど、最終的にはシャツで土を運んで、それを池に落とす、ということをしていた。だんだんと持っていく土の量が増えていったわけだ。それで、想像どおり、土ごと池の中に落ちる、という始末。汚い水の中に落ちて、パニックだから目を開けたままだった。近くを鯉が泳いでいたのを覚えている。不衛生にもほどがある。そのあと、先生に怒られると思ったけれど、怒られた記憶はない。たぶん、呆れ果てていたのだろう。高学年になると、超弩級に怖い先生にあたってしまい、ずっと先生の顔色を見て過ごしていた。なにせ、いつでも怒っていた。集会のたび学年の誰かが怒られていた。それでいて保護者からの信頼は篤いらしかったから、これまた余計にたちが悪い。そうそう、卒業式の練習も死ぬほどさせられた。卒業式当日は、卒業式の予行練習をそのままなぞることに一生懸命だった。卒業の実感がわいたのは、卒業式よりも卒業式の練習中だった。
そんなことを思い出しながら、職員玄関に入っていた。小学生のときはここから入ると先生に叱られたな、なんて思い出しながら靴を抜いで、来客用と書かれた下駄箱からスリッパを出された。これ、上靴忘れた奴が履かされてたやつと一緒だ、なんてここでもいちいち何かを思い出してしまう。今回は、仕事でやってきたのだ。小学生の頃、卒業してからもう一回自分が小学校に来ようとは夢にも思わなかったな。学校の先生には絶対になりたくないと思っていたクチだ。案内してくれたのは事務のおばちゃんで、職員室に入ると、北条先生がお辞儀をして迎えてくれた。
「ようこそおいでくださいました、北条です。」
「お世話になっております、奥野です。」
「どうぞ、校長室へいらしてください。」
「どうもありがとうございます。」
ペコリとお辞儀をして事務のおばちゃんはいなくなった。案内するまでが自分の仕事だったのだと言わんばかりの対応だ。どこにでもこういう人はいるものだから、特に気にすることはない。ここにもいたのだな、という認識程度だ。
校長室に入ると、校長先生と思しき方がいた。校長先生というとなんだか偉そうでちょっと禿げてて、みたいなイメージがあったけれど、とても柔和な笑顔で迎えてくれた。
「はじめまして。林小学校の武笠といいます。」
「奥野といいます。近くで歯科医院をやっております。」
「お伺いしております。どうぞおかけください。」
手をかざされた方へ座った。僕と校長先生とあとは北条先生が順に腰掛けた。少しするとさっきとは女性がお茶を持ってきてくれた。若い女性の方だったけれど、もしかしたら事務の人ではなくて先生なのかもしれない。分業制がここにも浸透しているのかな?それと、こういう役割はなぜ女性なのだとも思う。僕が子どものころからだいたい女性だったぞ。まあ、ドラマくらいでしか見たことはないんだけれど…。
「奥野先生、北条先生から聞いていおられることと思いますが、担当医の件で。」
「はい、お伺いいたしました。お話をいただきましてどうもありがとうございます。」
「引き受けていたただけますか?」
「はい、ぜひやらせていただきたいです。」
「そうですか、どうもありがとうございます。」
「私はこちらに引っ越してからあまり日がたっていないのですが、そのあたりは問題無いでしょうか?」
「問題ないか、といいますと?」
「はい、あの、地元の名医と呼ばれる方ですとか、もっと地元の方々に親しまれているというか、その、もっと浸透したお医者さんである必要などはないのでしょうか?」
「そんなこと全く気にする必要ありませんよ。」
北条先生が口を開いた。
「奥野先生のような若い先生はこのあたりでは珍しいですから、ぜひとも長くお付き合いさせていただきたいと考えております。」
「そうですか。」
「はい、それに、先日は無料で地元の方々に歯科検診していらしたではありませんか。そんなことをできるような方はあまりいませんからね。これから奥野先生もいろいろとこちらに慣れてこられるかと思いますので、心配無用です。」
「どうもありがとうございます。」
「そう、伺いましたよ。無料でそのようなことをなされているのですものね。フットワークの軽い方だと思いました。うわさに聞くと、休日の緊急対応のお医者さんはとても大変で憂鬱な仕事だということです。休日に率先してそういったことをしていらっしゃるのです。我々もそういったボランティア精神がとても素晴らしいと考えております。」
「ありがとうございます。ボランティアという話題からこういった話をするのも気が少し引けるのですが、今回担当医を引き受けるにあたって料金はどうなっていますか?」
「もちろんお支払いいたします。これはボランティアではなく、お仕事として依頼しております。」
「そうですか、それはよかった。いえ、言葉が不適切でした。お引受けいたします。」
「よかったとは…?」
「はい、無料でやったイベントを頼りにこうして依頼していただけたということは、もしかしたらこれも無料なのかなと思いまして。なにぶん、自分の腕を頼りに仕事をしておりますので、すべてが無償のイベントというわけにもいきません。」
「それはこちらも同じです。無料でやっていただいて、いい加減な検診を子どもたちにさせるわけにはいきませんから。かなりの人数を診察していただくことになるかと思いますので、それなりにお支払いいたします。実際の診療よりは各個人で見たら比較的安いかもしれませんが、人数が人数ですので、それなりになるかとは思います。」
今時にしては珍しい、と僕は思った。綺麗事ばかりで生きていく図々しいやつも世の中には大勢いる。理想や綺麗な言葉を並べて自分がそれを目指すだけならいいけれど、仕事としてやるためには責任と引き換えの何かが重要で、その何かとはだいたいお金なのである。年齢を重ねるとお金は二の次で人と人とのつながりが大事だのといってお金を十分に支払わない、もしくは全く支払わないなんて話も聞いたことがあるから、このあたりは少しホッとした。小学校、この場合は公立の小学校だが、それはつまり市役所と一緒で公務員の人と一緒に仕事をするということを意味しているのだと認識した。
「私もこのあいだの診察におじゃまいたしまして、先生にとても好印象でしたもので、お仕事に対しても信頼ができると思ってこういう形でお願いしております。」
「そう言っていただけると嬉しいです。どうもありがとうございます。」
「はい。具体的な契約の話にうつろうかと思いますが、まだ何か聞いておきたいことなどありますか?」
「そうですね、あまり聞かなくてもいいのかもしれませんが、興味がありますのでひとつお伺いさせてください。」
「なんでもどうぞ。」
「私が来季の担当になるというのはどういった会議で決まるものなのでしょうか、あと前任の方は誰で、次が私であることを知っているのでしょうか?」
校長先生と北条先生は一瞬黙った。嫌な沈黙だった。聞いたのは間違いだったかと即座に後悔した。
「そうですね、前任の先生は笠間先生という方で、かなり高齢の方です。この地元の方なら知っている人も多いです。その先生の任期が今年まででして、契約の更新はしない、ということは伝えてあります。」
校長先生はまるで沈黙をごまかすかのように流暢に話し出した。
「それで、奥野先生が次に選ばれるということは知りません。ちなみに、笠間先生というのは、奥野先生の病院の近くで病院をやってらっしゃる先生です。」
そうだったのか、と少し嫌な思いがした。理由を明確に表現するのは難しいけれど、なんとなく、そう思ったのだ。そして今までの経験では、悪い予感はだいたい当たるというのも頭をかすめたが、ひとまずその思考は停止しようと意識した。
「それで、奥野先生を選んだ理由ですが、1番大きいのはやはり地元の方々に検診を促進するその姿勢です。しかしこれは全職員で決めたわけではありません。主任や教頭先生と私を含めて決めました。職員会議といえばそうなのですが、全員ではありません。全員で話し合ったところでそれが正しいとも限りませんし。次はどうしますか、というところで北条先生から奥野先生という方がいますよ、という話になったわけです。これでよろしいでしょうか?」
「はい、理解いたしました、どうもありがとうございます。」
言いづらいこともあえて言葉にしてしっかりと伝える姿勢があるとは、まさにこの方は校長先生にふさわしいだろうと勝手ながら思った。これから一緒に仕事をする人に言葉をつくして説明するのはそれが誠意として聞き手に伝わる。この人が校長先生である間はこの小学校も信頼が地に落ちることはないだろうと思った。公立だから信頼も何もないと同じかもしれないが、地元の小学校にこういう先生がいることは貴重なことだ。それに口をはさまずに頷く北条先生も立派だ。子どものころに想像していた学校の先生とは全然違った一面を見ることができたのも興味深い。小学校に勤務している人はみんな大人なのだよなと当たり前のことを改めて噛み締めた。僕は契約書にサインをした。内容は一年契約で、年度末に毎回更新されるとのことだ。たとえ一年だけで終わったとしても、この学校で少し働いてみたいなと思った。病院に来てくれる患者さんが結果的に増えればいいなとはもちろん思ったけれど、学校の中を大人になった今覗き込めるのも面白そうだと思ったのだ。
第二章 上昇気流で雨が降る
笠間先生という人がどういう人なのかも知らずに来ていた。知らないから勝手にいろいろやれていたのかもしれないし、それが結果として近くの学校の担当医に選ばれることにつながったのかもしれない。小学校の担当医というのがどれくらいのことなのか全くわからなかったけれど、大学の頃の同級生の中で、自分以外にはそういったことを任されている人はいなかった。そんなことに誰も興味がないからやりたがらない、ということでもなく、聞いた仲間は全員、お前すごいな、と言ってくれた。知らないということが良くも悪くも自分の武器になっていたのかもしれないと思った。
学校での定期診断は春に一度しか自分は経験していなかったから、多くの仕事がやってくるようには思えなかった。実際は、学校の生徒は年に1回くらいしか診断することはなかったとしても、学校の先生の定期診断の相手もする必要があるということは引き受けてから初めて知ったことだ。学校の先生は自分の誕生日の月に検診を受けることになっていて、希望によっては歯科検診も受けることができるらしい。健康診断の一環で先生も歯科検診を受けることができるみたいなのだ。毎月1回、小学校に出向いて簡単な検診をすることになった。再検診や治療の必要があるときには自分の病院に来てもらうか、そのほか好きな歯医者さんに行ってくださいということになっているようだった。それなりにやることもあるし、ちゃんと料金もいただいている。なるほど、それなりの仕事量は確保されるのだなということがわかってきたのだ。笠間先生はこの仕事がなくなって、どう思っているのだろうと頭をかすめることもあったけれど、特段気にしていなかった。実際に会ったこともなければこれといった接点もなかったからだ。
ある日、通常の診断を自分の医院で行っていた。老年のご婦人がいらっしゃった。あまり見かけないような見た目の方だった。検診にいらっしゃったとのことだった。検診でいらっしゃったといっても、とても綺麗な歯をされていた。とても綺麗な歯をされていますね、全く問題ありませんよと伝えると、どうもありがとうございますと深々とお辞儀をして帰られた。
「先生、すみません。」
ナースの一人が僕に声をかけてきた。
「先ほどの患者さん、笠間さんという方でしたよ。」
「ああ、そうなんだ。」
「ご存知でしたか?」
「いや、このあたりだと見かけない雰囲気の方だったから、どんな人なんだろうとは思ってた。」
「そうですか。笠間医院の奥様でいらっしゃるかと思います。」
「そうか。どうもありがとう。」
「何しにいらっしゃったんですかね。偵察ってやつですかね。笠間先生ご本人がいらっしゃらないのがまたなんだかいやらしいですね。」
「あまり無粋なことは考えないようにね。」
「すみません、失礼します。」
「うん。それじゃまたいつもどおりよろしく。」
たしかに彼女のいうことも一理あって、笠間先生ご本人がいらっしゃるわけでもなく、ただ奥様が勝手にいらっしゃるというのがとてもいやらしい。邪推をしてしまう。いらぬ世界に顔を出してしまったようで、少しだけ気持ちが悪くなった。新しくできた病院の敵情視察をいったところだろうか。仲良くやっていこうという言葉が浮かんでも、そのようにはうまくいかない現実があるのだと噛み締めた。奥さんにも話したほうがいいのかなと思ったけれど、やはりやめておこうと思った。汚い世界を覗き込んでしまったみたいで、その共有を図ろうとする自分も汚れた存在に思えてしまうからだ。
きっと、うまくはいかないだろう。
少しずつではあるけれど、それなりに患者さんも増えてきたところだ。それなりに稼げてきている。雇入れもそこそこできるようになったし、みんなの給料だってあげることができそうだ。ここにきて、やはり問題が生じてきた。うまくはいかない。軌道に乗るというのがどれだけ難しいことかを自分の道を歩き始めてわかってきたのだ。
個性的であろうとするのは簡単だ。何も気にせず、自分の思うように、やりたいように、信じる道を歩いていれば、それが個性に見えてしまう。しかし、それをよく思う人達だけとは限らないのだ。今の若者に元気がない、個性がない、などと言う年配の方は多いけれど、若者が好きなように、信じる道を貫こうとするのを彼らは嫌う。自分たちはそうではなかった、もっと周囲に気を配っていた、まわりとうまくやっていく必要がある。年寄りは、若者を理解できないのだ。理解できないならまだいい。姑息な手段でその芽を摘むかのようなことをする。危険因子とみなされればそれでジ・エンド。つくづく、そんな奴らにはなりたくないと思った。
別の日、あの日の患者さんは完全に笠間医院の奥様であることがはっきりとわかることが起きた。
奥様が直接、診断でもなくうちの医院にやってきたのだった。受付がびっくりしていた。診察時間に診察以外で来たものだから、その時は僕は対応できなかったから、診察時間が終わった時にもう一度来てもらうように伝えて、その時は帰ってもらった。これはいよいよだぞと思って、不本意ではあったけれど、自分の奥さんに彼女が来院する前にことの発端を話しておこうと考えた。実は先日、笠間医院の奥様と思われる方が診察にきたということ、そのときナースが気づいたみたいだったけれど、奥さんには伝えなかったこと、今日診察が終わったらその奥様が僕に会いに来るだろうということ。僕の奥さんはびっくりしていたし、怖がっていた。これから好きなように過ごしていける、学校の検診もできるようになって、仕事に幅ができつつある。そんなときになんでこんなことが起きるのだろうと彼女も思ったのだろう。表情が少し悲しかった。私はどうしたらいい?と聞いてきたけれど、面会(もしくは挨拶というのだろうか)には同席する必要はないと伝えた。
「でもお茶くらいは出したほうがいいでしょう?」
「受付にやってもらうことにするよ。これも仕事とみなして、彼女には残業代もちゃんと払うし。」
「違うわ。それじゃダメよ。」
奥さんは少し覚悟を決めたような顔で僕の目を見つめてきた。
「お茶を出すっていうのは、のどが渇くからじゃないでしょう。それを出すときにこちら側が試されているのよ。どんな人なんだろうって。私がもし向こう側だったら、きっとそう思うわ。」
「そうかな。」
「そうよ。この前の診断でどんな先生なんだろうって、あなたの顔を見に来たのよ。接客態度も含めてかもしれないけれど、顔を見たがっているのよ。だから私も、逃げも隠れもしないわ。」
「嫌な思いをするかもしれないよ。」
「嫌な思いはもうしているわ。」
彼女は少し笑った。
「どんな話がしたくてくるかなんて想像したくないけれど、それでも私もそのおばさんの顔、見てみたいもの。」
「そう、わかった。それじゃ、仕事に戻るね。」
「来たら教えてね。とっておきのお茶、出してあげるんだから。」
そんなジョークをとばして彼女との話は終わった。小学校に行った時にお茶をもってきた人の顔が浮かんだ。
その日の診察時間が終わって、事務仕事も一通り済んで、スタッフはほとんど帰っていった。やることがありますと残ろうとしている人も、今日は悪いけど、と帰ってもらった。笠間婦人が来るというので、みな僕のことを察したのだろう。スタスタと帰っていった。僕は病院でひとり、待っていた。どんなことを話すのだろう、一体何を言われるのだろう、といらぬことばかり考えてしまう。奥さんはスタッフの控室に身を潜めていた。彼女は少し緊張しているみたいだった。それが僕にもうつってきて、身動きがとれなくなうような不安感が徐々に身体を蝕んでくるのがわかった。何を言われるかわからないし、何が起きるかわからない。口の中を不快に乾かせている。
「ごめんください。」
笠間夫人の登場だ。
「ようこそおいでくださいました。」
僕はうっすら微笑んで彼女を院内に迎え入れた。
笠間夫人は院内をぐるりを見回した。試されているかのようで不快だったけれど、顔にそれを出さないように努力した。
「先ほどは業務のせいで十分にご対応できず申し訳ありませんでした。どうもこちらにおかけください。」
「失礼します。」
憮然として彼女は腰掛けた。
「あの、このほどここで歯科医院をやっております、奥野と申します。」
「存じあげておりますわ。」
夫人はニコリともせずに言った。
奥さんが夫人と僕にお茶を出してきた。いつにもまして丁寧な物腰だ。もしかしたら、ちょっとお化粧直ししたかもしれない。香水の匂いもすこしする。彼女なりに気合いをいれているのかもしれない。
「笠間医院のご夫人でいらっしゃるとお話伺っておりますが。」
「ええ。そうです。」
「わざわざお越しいただきましてありがとうございます。」
「近くに病院ができたというので見に来ました。うちと同じ歯医者さんですから、気になってやってきたのです。繁盛なさっているみたいね。」
「とんでもありません。このほどやっと知ってもらえるようになりまして。」
「忙しくなさっておられるのでしょう。」
やけに丁寧な言葉が続くなと思った。丁寧すぎていやみったらしい。
「おかげさまで毎日診察が続いております。」
「なんでも、林小学校もご担当になられたとか?」
「はい。」
「前はうちの主人がやっておられたのよ。それを引き継いだわけですから、よっぽどの名医がいらっしゃったのかと思いまいたわ。聞いてみると、最近ここで開業したばかりの、しっかもお見受けしたところまだだいぶお若い。奥野先生、お生まれはこちらのほうですか?」
「いえ、首都圏の郊外で生まれ育ちました。」
「そうでしたか。なんの因果がありましてこちらへ?」
「妻のご両親からこちらの土地を譲り受けまして、それでここで開業してみようと考えました。」
「あまりいらっしゃったことはないのね?」
「そうですね…。もちろん、妻の実家の近くですから、何度か来たことはありますが、あまりありません。」
「そうですか。」
「住み始めたのはここで働き出してからになります。」
「そうでしたの。わたくし、田舎の医者の縄張り意識に対抗してくる生意気な若造だと主人から聞いていたものですから、血の気の多い喧嘩っ早い若者を想像しておりまいたから、少し驚きました。」
「縄張り意識も喧嘩を売ったつもりも毛頭ございません。」
「では、なぜあのようなことをなさったのですか?」
「あのようなこと、とは?」
「無料歯科検診を行ったそうではありませんか。」
やはりそうなるか、と僕はため息をつきそうになった。
「医者はその腕を安く売るような真似はするべきではありませんわ。そうでしょう?医者になるのに努力もされたはずだわ。それを無料で還元するなんて綺麗事過ぎます。特に近くで歯科医を経営しているうちのような同業者の迷惑になるなどとは考えなかったのですか?しかもそれが好評で小学校の担当の歯科医になられたとのことですね。したたかですわ。」
「大変失礼いたしました。私は自分を安く売ったつもりはございません。笠間医院の皆様に結果的にご迷惑をおかけしたことは謝罪いたします。申し訳ありませんでした。私はここで開業しまして、まずは何をはじめたらよいだろうということを必死で考えました。私もプロですし、普段有料でやっている検診を無料でやるのは抵抗がありました。しかし私の方もどうにかしてこの医院をうまくやっていかなければならない。そこで、新参者である私がどのような医者であるのかを知っていただく機会を設けたわけであります。失敗するのを前提でやってみました。それがなんとかうまく行きまして、結果、確かに小学校の先生もお見えになってその御縁で林小学校で歯科検診を担当させていただくことになりました。とても幸運であったと思います。しかしだからといって、笠間医院に損害を与えるつもりなど毛頭ありませんでした。」
「ずいぶん、口が達者なのね。」
「いえ、そんなことは…。」
「そちらで患者さんが増えるということは、こちらの患者が減るということを意味していることはお気づきになりませんでしたか?」
「決してそちらの患者さんを奪うという意識ではなく、ただこの医院がどのようなものであるかを知ってもらうというのが目的でした。それをやったからどう、ということではなく、何もしないよりは、まず何かやってみようと考えたのがきっかけです。」
「そうですか。うちの主人はいい気分はしていなかったみたいですよ。」
「申し訳ありません。」
「うちの主人よりも若い先生を起用したというのも、学校側に好かれるように何かなさったのでしょう?」
「いえ、こちらからそのような売り込みは一切しておりません。」
「どうでしょうね。」
夫人ははじめてここで微笑んだ。
「まあいいでしょう。奥野先生をお話できてよかったですわ。」
「どうもありがとうございます。こちらこそ、近所で開業しておきながらご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。」
「いいですわよ。それと、主人にはまだ会っていないのよね?」
「はい。まだお会いしたことがございません。」
「わかりました。まだお会いしないほうがいいかもしれませんね。」
「私のことをよく思っていらっしゃらないから、ということでしょうか?」
「ええ。気性が荒いわけではありませんが、どうも気に入らないと話していましたわ。」
「そうですか。」
「いいのよ、お気になさらず。では失礼致します。」
「すみません、最後にひとつお聞きしたいのですがよろしいですか?」
「なんでしょう?」
「なぜ、今日、先生はいらっしゃらなかったのですか?」
「知ってなにになりますの?」
気分の悪い挨拶だった。面談というか面接というか、不快な気持ちだけが残った。余計な質問をしたかなとも思ったけれど、そんな問題ではない。自分の生活をなんとか気づきあげるためにした努力が他人から見るとこれほどまでに情けなく映るのかと悲しくなった。
商売はゼロサムゲームだ。
誰かが儲ければ、その半面、そいつがいなければ儲けたであろう人が損をする。しかしそれを表立って言及する必要はあるのだろうか?大学に合格して胴上げされている人をつかまえて、お前が合格したから俺が不合格になっちまったんだと文句を言う人がいるだろうか?筋違いも甚だしい。自分が特別頑張ったとか、努力を見て欲しいとか、そういうことを言いたいのではない。、実際、努力は裏切るものと僕はこれまで心得て生きてきた。それがたまたま、運とタイミングがよかったせいで、来院する患者の数も増えた。小学校で検診を担当することができた。それを、誰かを陥れるためにやったとでも考えるのだろうか?悲しいし腹が立ってきた。
「ねえねえ」
奥さんが僕に話しかけてきた。
「一体あの人、どういうつもりだったのかしら?」
「どうだろうね。偵察かななんて診察中には言われたけれど。」
「物騒ね。あなた、何か悪いことしたの?」
「したように思う?」
「聞いただけよ。」
「だろうね。」
「お茶、どうだった?」
「あったかかったよ。」
「でしょうね。」
「どう思う?」
「何が?」
「だから、さっきの人。」
「悪い人を装っているって感じだったわね。もしかしたら本当に性根が悪い人なのかもしれないけれど。」
「へえ。」
意外な意見に僕は少し驚いた。
「旦那さん、奥野医院のこと、どう思ってるのかね。」
「そんなこと気にしたって仕方ないわ。」
「そうか。」
「らしくないわね。あなた、いつもは我が道を行くって人なのに。今回は自分の道を曲げようなんて思ってるの?」
「自分の道ねえ…。歩いて迷惑な道なら、そこは歩かないほうがいいかなとは思うよ。」
「あらやだ、悔しい。あの人にそんな影響力があっただなんて。」
彼女は微笑んだ。
「見習いたいわ。ちょっと嫌な雰囲気出しながら高圧的に話しかければいいのね?」
「違うよ。」
僕も微笑む。
「ご近所さんと仲良くなることを気にしているわけじゃなくて、笠間先生の邪魔をすることになってたら悪いなと思っただけ。」
「それじゃ、ここの医院たたむ?」
「そしたら僕が食べていけなくなるよ。そしたら君もね。あ、あとは、ここで働いている人たちも困るかなあ。」
「じゃあ辞められないわね。」
「辞めないことが前提だよね。」
「あの人がもし、旦那さんに言われてここに来たなら、奥様が気の毒だわ。」
「ん?」
「だってそうでしょう?男のプライドだか見栄だか意地だか知らないけれど、そんなの振りかざされて周りに迷惑をかけている典型例じゃない。」
「厳しいね。」
「わたし、男尊女卑は嫌いだから。いつでも平等に、ね。」
「僕らはそういう関係だと思ってたけど。」
「だから可哀想なのよ。」
「そっかあ。」
「さっきから間の抜けた返事が多いわね。いつもなら自信満々なあなたなのに。」
「いつでも自信があるというよりは、いつでもそう思われてしまうみたいだね。」
「でもやること変わらないんでしょう?」
「そうだね。」
「いいじゃない、気にしなければ。気にするのだったら、もっとうんと悩んだほうがいいかもしれないけれど、そんな問題でもないんでしょう?邪魔者なんていつでもいるわ。」
「そこらじゅうにね。」
「いるいる。誰かの足を引っ張って、自分と同じところに持ってって、安心したいだけなのよ。それが安心だとは知らずにね。」
「僕が言いそうなこと言うね。」
「今夜はね。」
「明日も仕事があるから、今日はこのあたりにしよう。話していると、自分の言葉に興奮して何を言ってもいい気分になっちゃうときがあるし。」
「明日の朝、後悔しているかもね。」
「誰が?」
「わたしよ。」
そう言うと彼女は2つの湯のみを持って裏へと消えていった。不毛な会話に不毛な議論を重ねても時間の無駄だけれど、誰かと話しているだけで少し気が楽になることがある。一瞬でも目の前の何かから逃げることができているからなのかもしれない。そうか、僕は逃げたいのかな、と思った。逃げてもいい。逃げる方が難しいときだってあるだろう。歩き続けることは簡単だ。歩き始めるエネルギーに比べれば、それは大したことではない。歩いていることに安心できるからだ。立ち止まった今見えるものは明るい待合室の本棚の絵本。見えなくなったのは、たった2つの湯のみだけだったの。
次の日からも、僕はいつも通り仕事をしていた。来院する患者さんの対応を続けていた。小学校の担当医になったからといってすぐに来院数が増えるわけではないけれど、たまたまタイミングが重なって、毎日それなりに忙しくなるようになったのだ。どんな出来事が何の原因になるのか、一概にはわからないだろう。僕がこの地区に引っ越してきたタイミングで駅前に大型ショッピングセンターができたけれど、それは僕が税金を納めだした時期とぴったり一致する。僕が納税しはじめたからこの地区が金銭的に潤ったのだ、と言っても笑われるだけだろう。それはたまたまだよ、と言われておしまいだ。しかし、そんな単純な話ですべてが説明できるわけではない。受験勉強を一生懸命やったけれど、志望校には不合格。これは一見、悲しい出来事のように見えるけれど、進学先で自分の良さを見つけ出してくれる友達に出会えたら、それはアンラッキーなことなのだろうか。たとえ一瞬であってもロマンスを語り合えるような恋人とそこで出会えたなら、志望校の不合格は不幸なことなのだろうか。勉強を頑張った結果、志望校には落ちたけれど、勉強を頑張るその姿勢をよしとしてくれる仲間に出会えることだってできるだろう。勉強を頑張ることが、志望校の合格のためではなく、自分の何らかの能力を目覚めさせ、それを好きになってくれる人が現れたとすれば、勉強したおかげで素敵なパートナーと出会えたことになる。一見地味でも地道に努力を続ける優しい男が学年のマドンナと結婚した例を僕は知っている。勉強に限った話ではないかもしれないが、君の努力は、いつか報われる。目先の理想とは違った形でそれは突然あらわれるかもしれないから、いつでも受け入れられるように、多方面を見渡してみることが大切だ。
大学病院で研修医をしていたとき、僕が所属していた講座には名物教授がいた。名物といってもただ有名なだけで、別に誰かから特別好かれるというわけでもなかった。いわゆる変わり種というやつだ。スパゲティに生クリームをかけることで有名だといっても、それがおいしいとは限らない、というのと似ているだろう。周囲からは浮いていた先生だったし、あいつの言っていることはわけがわからん、と当時の僕らや学生たちだけでなく、先生たちの間でもそんな話が出ていた。僕はそれでも、その先生のことを嫌いにはなれなかった。むしろ、どこか面白みのある先生だと思った。
ある日、僕はその先生の居室に質問にいった。どんな質問をしたのかはもう覚えていないけれど、質問が終わった後に、その先生に、君は今後どうなりたいのか、という話を振られたと思う。僕はその当時なりの夢を語ったと記憶している。研究者の方向で何をやろうか、もしくは自分の病院を開いて、そこで腕を磨き続けるとか、そういった話だったはずだ。僕の話を一通り聞いた後、その先生は僕にこういった。
「君が歯科医になったところで、誰も得しない。」
僕は耳を疑った。これから世の中に出て、自分の技術を社会に還元したいと願っている若者に対して言う言葉だとは到底思えない。
「そうでしょう、君が歯医者さんになって、誰が得するの?研究者になって、一体世の中、何か変わるの?」
「僕の病院に来た人を治療できます。」
「そんなの、君の病院じゃなくてもできるよね。君が頑張らなくても、他の誰かが明らかにしてくれる真実だってあるだろうから、特別君である必要なんてないよね?」
僕は言い返す言葉が見当たらなかった。確かに自分にしかできないことって、ほとんどないかもしれない。僕が数年かけて身につけた技術も、僕よりも才能ある人であればまたたく間に身につけるだろうし、そういう奴の存在は予感できた。言葉に窮する僕に、先生は言葉を続けた。
「君が歯科医になることで世の中、誰も得しないし、ほとんど何の影響も及ぼさない。でもね、君が歯科医になりたいと思った、そのこと自体には、ものすごく意味がある。」
そのとき僕は頭の中が少しぼんやりしていた。あとになって考えると、こんなに重みのある言葉はちょっと他には思い当たらない。僕がいまこうやってなんとかやっているのも、自分でもできることを頑張ろうと少しずつ積み上げているからだ。僕が歯科医になったとこで、世の中、特段なにも変わらない。ひょっとしたら、笠間先生みたいに、どこかの医院から患者を奪って自分の生計を立てているとも考えられなくはない。しかし、僕が歯科医になりたいと思ったことには、意味はある。この言葉に、僕は今日も支えられている気がする。
笠間先生以外の歯医者さん仲間ができた。隣町の歯医者さんが僕の開業の話を聞きつけて挨拶に来てくれたのだ。先生は40代後半の男性で、奥さんはそこのナースということだった。田舎で開業してくれるなんてありがたいですよ、今の若者は都会に安住していますからね、と話した。開業医となれば、都内もそうだが、田舎もチャレンジングなのだ。人の流動性が都会と比べると小さいから、商売としては難しい部類に入るのだろう。歯医者さんでありながら経営者であることが要求される。僕はといえば、そんな難しく考えていたわけでもなく、なりゆきでこうなったというのが実際のところだ。計画を立てたり未来を想像したりしてもそれがそのとおり実現することは稀だ。十個の望みがあったって、それが叶うのはたかだか一つだろう。逆を言えば、十個望んでおけば良いのだが、そんな単純なことでもない。そのときそのときで自分の判断に身を委ねるのだ。周囲の流れにそって仕方なくということもありえるかもしれないが、基本的には自分で決めるべきだ。特に、ここぞというところでは、周囲への見栄や邪念を振り払って決断すべきだ。こんな理想論を語っておきながら、自分はここでなら開業できるぞと易きに流れてしまったか。時にはそんなことがあってもいいだろう。自分の判断に自分で責任を持つということが大切なのである。
開業してみてわかったのだが、地域ごとの自治体のようなものが医者にもあるようなのだ。あまり歯医者さんがない地域だと思っていたが、僕の所属すべき団体というのは大きめで、いくつかの市にまたがっての団体になっているというのだ。僕が会員になる必要があるというのは、病院の運営が軌道に乗ってからのことだったから、様子を見られていたのか、もしくはそれほど広範囲に影響力がなかったからなのか、ずいぶんと時差を感じた。笠間医院くらいしか僕のところにやっかみを言ってこなかったことを思うと、縄張り意識が強い医者とはいえ、直接的に影響を受けそうなところがやっかみに来ていたということなのだろう。人間は見える範囲にしか手が届かないものなのかも知れないが、いよいようちの医院も危険因子とみなされないように気をつけなければならないということなのだろうか。たぶん、気にしたところで大したことないので、今までどおりになること間違いなしだが。
第三章 からっきし
笠間先生は若いころ、学生として受賞できる賞はほとんど獲ってしまったくらい優秀な学生だったそうだ。研究者としても将来を嘱望されていたけれど、彼は開業医になった。彼の両親が医者であったこともあって、すぐさま開業医になったらしい。学生結婚された先生は、当時付き合っていたナースの彼女と結婚して、一緒に開業したそうだ。一緒に開業したのが今の奥様というところらしい。文字通り苦楽を共にしてきたのだろう。医者の知り合いも特にいないなかで、手探りの中、やっていきたのだそうだ。その努力の滲んだ地域に、僕らがやってきたのだ。田舎で静かに闘いながら、なんとか自分たちの居場所を確保してきた。もうだいぶ経験を重ねていきたところに、若手の医者がやってきて脅威に感じているらしい、という話を聞くことがあった。田舎の医者のグループにいると、聞きたくもない話も耳に入ってくる。そうですか私はおじゃまでしたか失礼します、というわけにもいかない。
僕だって、多かれ少なかれ、闘っているのだ。
近くにいるというだけで敵対視されても困る。僕だって他人と無駄な争いはしたくない。自分の居場所を見つけるという意味で僕は闘っているけれど、誰かを敵にして戦うということはしない。
いつかは笠間先生と話したいなと思っていた。
僕のことをどう思っているのかというのはあまり気にしたくないけれど、ここで開業してから、他人からどう思われているのかということも大切なのかなと思うようになった。自分が変わるというよりは、誰かと一緒にいるときは、その人が気持ちよくなるような工夫をしておく必要があるのかなといったところだ。
自分が変わる必要はない。誰かに合わせて自分をチューンナップする必要があるだけだ。ファンダメンタルな部分をさらけ出す必要はない。
小学校の新学期が始まったところで、僕に診断依頼が学校から来た。小学生を診断していると様々な対応をする。大人になると怖さを隠すすべを知るのか、あからさまに怖がる人はいない。子どもは怖くないとわかっていても、強がりに似たものが生まれる。恐怖に対する耐性が子どもにはない。大人になると、歯医者の治療よりも怖いものにもっと出くわしたことがあるからだろうか。
小学校での診察が終わり、学校の先生が用意してくれた控室にいた。仕事で小学校に来るのは慣れない。静かに部屋で待っていると、怒りに満ちた先生から、「怒らないからなんでこんなことをしたのか理由を言って」と言われそうだ。理由なんて、面白そうだからやったけれど失敗しました、なのに、怒られる。好奇心を育てようと言いながら、子どもの興味をある方面では阻害する。もちろん、法律に触れることはしてはいけないけれど、危険を冒してやりたいものがあるのも、健康な精神というものだろう。失敗したら怒られる、というのは、そのまま社会に出ても通じるものかもしれない。失敗を面白がれる環境は子どもも大人も、それぞれにとって貴重だ。歯科医は失敗は許されないのが当たり前だけれど、最初から失敗しないでいくなんてことは誰もない。誰だって、最初は初心者なのだ。理由を求めて迷子になるのがやりがいを求めた人間の性質かもしれない。やりがいがないならないなりに、最後までやりぬいてみるのも一興だ。ないものねだりというけれど、目の前にあるものでそれなりの幸せを見つけることができれば、それもまた一つの才能だ。
そう、子どもの頃を思い出すと、僕はいつもくよくよしていた。失敗したらすごく落ち込むし、嫌なことを言われたらすごく傷つく。たまにうまくいくことがあって、褒められることもあったかもしれないけれど、それはあまり覚えていない。不思議だ。褒められたことはすぐに忘れてしまうのに、嫌だったことはしばらく忘れない。あるいは、場合によっては失敗の方がずっと自分の中で尾を引いて残っていることすら多い。
損している人生かもな。
そう思ってから、時々、この一年で起きたことの中で嬉しかったことベストスリーを考えたりする。そうすると、ああ、これは嬉しかったなということが意識として定着する。そうやって、自分にもいいことがあったんだよと明示的に自らに教えてあげないと褒められたことなんて忘れてしまうくらいだ。ありふれた日常に幸せを感じたことはない。嬉しかった記憶もいつまで残っているのかわからない。マイナスに後押しされた僕の人生はゆっくりとこれからも前に進んでいくのだろう。周囲から見たら前じゃないよ後ろだよ、そう言われても、僕は向いている方が前だから、進んでいる方が前だから、と言い聞かせたい。同じ所をぐるぐる回っているように見えたって、螺旋階段のように少しずつ上にあがっていく、そんなイメージだ。上昇気流という言葉にポジティブなニュアンスを感じる人がいるかもしれないが、上昇気流は雲を作り、そこから雨が降るのである。晴天のとき、そこには下降気流が存在している。上り調子の時には失敗の種を作り、下り調子の時にはいつかきっといつかきっと良くなってやる、という比喩を使うときに、僕は上昇気流という言葉を思い出す。
頭の中でごちゃごちゃ考えていたら、控室の扉をノックする音が聞こえた、ふとそこで我に返って、僕は、あ、はい、と返事をした。扉を開けると、そこには見慣れない老年の男性が校長先生と並んでいた。
「紹介します、こちら、笠間先生です。奥野先生にお会いしたいということで、本日来校なさいました。」
「はじめまして、笠間です。」
一礼して部屋へと入ってきた。老年の男性を笠間先生と認識すると、不思議と重厚感のある空気が部屋を包み込んだ。気づいたら怪我をしていた時、それを知ると急に痛くなるかのように、笠間先生の視線に気づくと僕は身体に妙な痛みを感じたのだった。
「どうもはじめまして。」
僕もつられて挨拶をした。
「噂はうかがっておりますよ、奥野先生。」
「はあ…、あの…、どのような噂でしょうか?」
「無料で診察するなんてねえ…。まさか今時の若者にそのような奇特な男がいるとは思いませんでしたよ。」
「ああ…。あの奇特でしょうか。」
「奇特ですねえ。自分の腕を無料で提供するわけですからねえ。完全にボランティアというわけですから、珍しいです。くれぐれも、ご自身の腕を安売りなりませんようにね。」
「恐れ入ります。」
「今日ねえ、あなたの病院に行ったんですよ。先日、うちの家内がお邪魔をしたみたいなのでね、それでちょっと、私の方も挨拶に行っとかないと思ったんです。そうしましたら、受付の方が、今日は小学校で検診だということを教えてくれましてね。ここに来ればもしかしたら会えるかもと思ったのです。」
「わざわざすみません。日を改めて話すこともできましたのに、どうもありがとうございます。」
「いえなに、せっかくですから会えるところまで来ようと思っただけです。私も去年まではこの学校で検診をしておりましたから、先生もきっと私の顔を覚えてくださると思ったのです。校長先生がお出迎えしてくださるとは思いませんでしたがね。」
そこでちらっと校長先生の方を見た。笠間先生に見られて、ちょっと居心地悪いような顔をした。
「どうですか、学校で検診をしてみた感想は?」
「いろいろな子どもがいますね。怖がる子もいれば平気な子もいる。怖いのを隠す子どももいる。本当にいろいろです。一日にこれまでの子どもの検診をしたのははじめてですけれど。」
「そうですよねえ。私なんて、みんなが孫に見えてしまいますよ。かわいいものです。しかし寄る年波には勝てませんな。若い先生にバトンタッチということで、そろそろ潮時です。」
「潮時…ですか…?」
「そうですよ、潮時です。」
「ご自身の病院は?」
「病院をたたんで、どこか田舎へと行こうかと家内と話していたのです。」
「そうですか。」
「ここもそこそこ田舎なのですが、もっと静かな、森の中のような静かなところで住むのも悪くはないかなと考えているのです。近くに腕のいい先生が来るとなると、商売も難しくなりますからねえ。」
そう言うと笠間先生は今度、僕の顔をちらっと見た。メガネ越しには僕を見てくれないんだなとどうでもいいことを思い、少しだけ笑いそうになったのをこらえる。外から見たらぶっきらぼうに見えていたことだろう。
「先生はなぜ、こちらにお越しになったのですか?」
「たまたま、こちらに縁がありましたので。」
「奥さんか何かの関係かな?」
「そうですね、妻のご両親から土地を譲り受けまして。ここで初めて自分で開業するということをしました。」
「そうですか。それは冒険ですね。」
「そうかもしれませんね。」
「自分がその最中にいるときには、それが冒険だとも思いつかないものです。傍からみれば危ないと思っていても、自分ではそうと感じない。もしかしたら、それが若いというものなのかもしれません。ギリギリのところを歩く楽しさを知ってしまったら、平らな道なんて歩けませんからね。」
「私は平らな道を歩いて帰りたいですね。」
「誰だって帰り道は平坦なんですよ、これが。」
笠間先生は微笑んだ。もしかしたら、この人、頭がキレるかもしれないと感じた。
「奥野先生の腕の評判はいいですよ。一度無料でお試し期間を実施したのが成功しましたね、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。不躾な質問で申し訳ありませんが、そのような情報はどちらで手に入れているのでしょうか?」
「なぜです?」
「私のようなものにはそのようなことは全く耳に入ってきませんので。」
「医者のネットワークをなめてはいけませんよ。」
「ネットワークですか。」
「そうです、なんとなくでも、耳に入ってくるのです。頑張っているものの話も聞こえてくれば、そうでないものの話も聞こえてくる。そういうものです。」
できるだけ、自分は関わりたくない世界だと感じた。ネットワークという言葉はテクノロジー以外の意味でつかわれると、いつでも、いかがわしい響きを持つ。
「奥野先生がどのようなお人柄なのか、気になっていたのです。しかし今回まるっとわかりました。」
「まるっとですか?」
「ええ、まるっとです。」
言葉尻を捉えてからかってしまったかなと僕は思った。笠間先生はそれを受け流すかのように目だけ笑った。
「私の病院には多くの患者がやってきていた。もちろん、医者として、それは嬉しいことです。しかし、どうも体調の優れない日が続きまして。これは風邪だとかそういう類のものではないと。先程も申しましたが、私はそろそろ引退なのかなと思いました。ですから、奥野先生のような方が来てくれてよかったと思ったのです。」
「そうですか…。」
「ええ、そうです。」
「笠間先生、そろそろよろしいでしょうか?」
校長先生が話を遮る。
「私どもの方も奥野先生とお話したいことがございますので。」
「そうでしたか、申し訳ありません。そろそろおいとましようと思っていたのですが、おじゃまでしたかな?」
「奥野先生のご予定もありますので。」
「そうでしたか。お忙しいのですね。それでは、またお会いいたしましょう。」
そう言うと、笠間先生は職員玄関へと向かった。見送りは誰もいない。ただ一人、スリッパの回収に来た事務のおばさんがいただけだった。笠間先生の帰り道は平坦だったわけである。
「校長先生、何かご用件でもありますでしょうか?」
僕は尋ねた。笠間先生だけが感じたことではない。僕だって、校長先生が笠間先生を早く返そうとしているような気がしたのだ。今まで付き合いもあった大人、である。少し礼を欠いていやしないかと、内心ひやっとしたのだ。
「お話があります。」
校長先生が重々しい表情になった。北条先生も隣りに座っている。
「笠間先生とは、これより以前に面識はなかったのですか?」
「ええ、今日が初対面でした。」
「どう思われましたか?」
「どう、と聞かれましても…。」
うつむき加減に僕はこたえた。
「笠間先生、奥野先生がこちらに来たのが、何かのいやがらせじゃないかと勘ぐっているらしいんですよ。」
「やはりそういうふうに考えてしまうものなのでしょうか。」
僕がそう言うと二人の先生は黙った。僕の次の言葉を二人して待っているみたいだ。
「笠間先生は頭の良い方だなという印象がありました。回転が早い、とでも言いますか。お年を召された方でもここまで頭がキレるのですから、きっともっと若かった頃はもっと頭の回転が早かったのでしょう。そんな方でも、根も葉もない邪推をしてしまうわけですから、不思議なものです。」
「のんきですね。」
校長先生は無愛想にそう返した。校長先生にしても珍しいな。質実剛健な校長先生まで、このようなことになってしまうとは、一体どうしたものか。
「大変申し上げにくいのですが、、、」
「はい、いかがなさいましたか?」
北条先生だ。急に話しだした。
「はい、ええ、私は誰かに嫌われようとも特段気にしません。自分の納得のいかないことならばそれをとことん突き詰めることはありますが、他人の気持ちをどうこうしようとは思いません。自分の気持ちもわからないときがあるのですから、他人が何を考えているのか、どう思っているのかなんて、到底手の及ぶ範囲ではありません。近所の医者として挨拶してくださった、ということで処理できないのでしょうか?」
「と、申しますと?」
「正直に言えば、面倒くさい人間関係に巻き込まれたくないというのが本当のところです。」
校長先生と北条先生は黙りこくってしまった。踏み絵を踏んでしまったのかもしれない。それを言ったらおしまいだ、というやつだろうか。それならば、いっそ終わりにしてくれてもいいのだが。
「大変失礼いたしました。」
「なにか、私に聞こうとしていませんでしたか?」
「はい、お話したいことがあります。」
北条先生は座りながら前かがみになり、両膝の上に両肘をおいて、両手を組んだ。校長先生も軽く息を吸い込んで、ゆっくりと話しだした。
第四章 すきもきらいも
笠間先生が林小学校最後の任期となった年だ。笠間先生の出身大学の先生が小学校に来るときがあったという。
「笠間先生、最近お元気ですか?」
その人は話し始めた。
「どういう意味ですか?」
校長先生は答えた。
「笠間先生とお会いする機会があったのですが、ずっと昔話をされていました。」
「どういう話ですか?」
「昔話の話自体は大したことではないのです。ただ、私くらいの年齢になると、昔話をしたくなるっていうことがもうね、なんと言いますか、負のエネルギーが溢れている全長なんですよ。校長先生もお分かりになりますでしょう?」
「私はあまり昔のことを思い出すことはないですね。これから未来を生きる子どもたちと毎日向き合っているからかもしれません。」
「それでも、学校経営のことに頭を悩まされることもあるのではないですか?」
「ここは公立の学校ですから、あまりそういったことに悩みはしません。教育委員会からやいのやいの言われることはありますけれどね。その程度のものです。それよりも、学校の先生どうしの人間関係のほうがうまくいかないことの方が多いかもしれません。」
「そうやって目の前のことにひとつずつ向き合っている姿が健全なのでしょう。昔のことを思い出して、過去の栄光にすがるようになったら、潮時です。」
「あの、一体わたしに何を言わせたいのですか?」
「笠間先生の任期を延長させなかった理由を教えて下さい。」
その人は急に切り込んできた。単刀直入に、お茶を飲みながら、こちらの目を見ることなく話しだしたという。
「あんまり、年寄りをがっかりさせるものではありませんよ。」
「がっかりされていたのですか?」
「それはがっかりされていました。直接がっかりしていることを言っていたのではありませんよ、ただ、何かよかったことや自分の心を満たすものを過去の中から見つけ出す傾向があったのです。年取ってくると、そういう態度から何か黄色信号を感じるのです。」
「それは、大変失礼いたしました。」
「謝罪が聞きたいのではありません。理由を聞きたいのです。」
「理由ですか…?」
「そうです、理由です。」
「横槍を入れるようで申し訳ありませんが…」
北条先生が口をはさむ。
「理由ではなく、こうやって、契約を延長しないという事実で受け止められたらどうでしょうか?」
「ぶっきらぼうな先生ですね。」
「喧嘩を売られているような気分ですよ。」
微笑みながらそう返した。北条先生も、なかなか勇敢だと思う。
「言葉よりも行動を重視するというわけですね、先祖は武士かなにかかな?」
「いいえ、農民であったと聞いております。」
「そうでしたか、士農工商でいえば、上から二番ですね。」
「何も嬉しくないですね。」
「褒めていませんからね。」
「話がずれていますね…。」
校長先生が話を戻そうとする。
「北条先生、落ち着いてください。」
「失礼いたしました。」
「私見を申し上げさせていただきます。」
校長先生はそう言って切り出した。
「北条先生の言うとおり、途中経過がどうであれ、笠間先生の次に新しい先生にお願いするということが変更になったわけではありません。」
「笠間先生が生徒やご父兄の方々に評判が悪かった、ということはありません。」
「年齢というものも多少はあったのではないでしょうか。」
「年齢といいますと?」
「つまり、上のものがずっとそこにいたのでは後輩が育たないということに帰結するかもしれません。」
「年寄りは去れ、ということでしょうか。それでは校長先生、あなたは今後どうなさるつもりですか?定年までゆっくりと過ごしなさると?下の者たちが出てきても、自分の立場は守れるということでしょうか?」
「私のことはどうでもいい、といえば無責任な響きになりますでしょう。あえて申せば、私は若い人たちがやりたがらない面倒な仕事を請け負っているようなものです。」
「やりたくない?」
「そうです。これから何年かしたら、教育の現場よりも、もっと別のところに視点をうつして仕事をしなければならないときがくる。それを防ごうとしているのです。給料が上がるだのというのはまた別の問題です。仕事にやりがいを求めよ、と言っているのではありません。教員というのは、ただそれだけでも何か面白みを感じていないと、生徒といることに何か楽しさを見つけ出せないと続けるのが困難な仕事です。大学を出て社会経験がない人間に何を教えることができるのかという物議もあるかもしれませんが、ソイ腕はないのです。私が言いたいのは、そうではない。」
「校長先生、やや話が見えづらいです。簡潔にお願い致します。」
「あなたとこうやって話しているのも仕事のひとつです。」
北条先生は校長先生の方を少し見た。
「そうですか…。」
来訪者は静かに息を吸った。
「本件、笠間先生に伝えておきます。」
「すみません、最後にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「学校の先生でありながら、敬語のつかい方に間違いがありますよ。…、まあいいでしょう。何ですか?」
「なぜそこまで、笠間先生は誰からどう思われているのか、ということを気にしてなさるのでしょうか?」
「どういうことでしょうか?」
「あまりにも、誰からどう思われているのかを気にしすぎているような気がしています。」
「失敗をしたことのない人間が、この歳になって大きな失敗をしたと感じることが、どれほど恐ろしいことか想像したこともないでしょう?」
「お待ち下さい。」
北条先生が一言伝えようとする。
「最後に、本当に最後に言わせてください。」
「聞くだけです。」
「私は、生徒にこう言います。人生はゲームだと。」
「それはまた軽率ですね。」
「よく言われます。しかし、人生はゲームです。」
「人生はゲームではありませんよ。やり直しはききません。セーブポイントにリセットで戻れるだなんて思っていませんね?」
「それは違います。」
「?」
「人生はいつでもやり直しができます。人はいつだって生まれ変わることができます。生きている限り、いつでもリセットして、そこからやり直せます。いつでもです。」
「それは、社会に出たことがない学校の先生の言い分ですよ。所詮、ポジショントークです。」
「ポジショントークと思われても仕方ありませんが、これは私が本気で信じていることです。綺麗事でしょうが、私はこの綺麗事を地を這って行きます。続けさせてください、いつでも生まれ変われます。自分に理解できないことを、なんとか飲み込もうとする姿勢、相手の理解不能な行動にも愛をもって接すること、昨日までできなかったことが突然今日になってできることだったありえます。もしできないのであれば、また生まれ変わればいい。毎日、生まれ変わればいいのです。年齢に関係なんてありません、人はいつだって、生まれ変われる。変化を楽しめる、人間はそういう生き物なのです。成長を楽しめるのです。」
「何が言いたいのですか?」
「笠間先生は、きっと生まれ変わります。」
「あの…、すみません…。」
僕は思わず会話を遮った。
「大変失礼ですが、私、そんな話を聞いてどうすればいいのでしょうか?なんだか、笠間先生に謝り行きたい気分になってきましたよ。」
「世界中があなたの敵になっても、わたしだけは味方よ、というのはよく聞く話です。」
北条先生が話しだした。
「しかし、なぜ、誰も理解者がいなくても自分で道を切り拓こうと思わないのでしょうか?誰かに理解されない、それがそんなに悲しいことなのでしょうか?」
「すみません、北条先生、それに私は答えなければなりませんか?」
「答える必要はないですね。なんでも答えを求めてはいけませんね。悪い癖です、生徒たちの答案を採点しているせいですかね。点数化されないことにだって価値はあるのに、いつだって何点か知りたくなってしまうのです。」
「校長先生」
僕は校長先生に声をかける。
「先生、ずっと学校の先生されていましたか?」
「ええ、ずっと学校の先生ですよ。」
「他の職業で働いた経験などはないでしょうか?」
「そうですね、妻が医者なので、そこでどんな患者さんが来るのか、という話は聞いたことがあるくらいです。なぜ、そういったことをお聞きになるのですか?」
「世間話です。」
私は面白くもない自分の話の切り出し方に絶望した。気の利いた一言も言えれば、何か変わったかもしれないのに。
「つまらなかったですね、失礼いたしました。」
「奥野先生、どうかされたのですか?」
北条先生はまた問いかける。
「今日はもう終わりにしましょうか。奥野先生、つまらないお話に付きあわせてしまいまして、申し訳ありませんでした。」
「校長先生、私の方こそ、申し訳ありません。頭が痛くなってきました。」
「それではまたお会いしましょう。奥野先生、今日は気分が悪くなるような話をしてしまいまして申し訳ありませんでした。日をあらためてお話させてください。」
「何のお話ですか?」
「そうですね、これからも、一緒にお仕事やっていきましょうということですね。」
校長先生は少し笑っていた。
人は大人になると、よく笑う。
おもしろくても、おもしろくなくても、笑う。
もしかしたら、おもしろくないときによく笑うのかもしれない。
僕は最近、何に笑ったのだろうか…。
「ああ、僕だけど…。」
「どうしたの、急に電話なんかしてきて。」
「ううん…、今日なんだか疲れちゃってね。」
「そうなんだ、ねえ、ご飯なににする?」
「晩ごはん?」
「そうよ、晩ごはん。これからお昼ごはんをつくるようなことはしないわ。」
「それはそうだよね。」
「ねえ、何か食べたいものある?」
「そうだね、それじゃあ、とんかつ食べに行こうか。」
「とんかつ?」
「そう、とんかつ。前から言ってみたいと思ってたお店があるんだ。もしよかったら、今日行かない?」
「いいわよ。家でも作れるけど、外に食べに行く?」
「今日は外食の気分なんだ。」
「わかったわ、どこに行けばいい?」
「これから家に帰るよ、家の近くにそのお店あるから、一緒に行こう。」
「わかった、じゃあ、待ってるわね。」
僕は電話を切った。僕を待ってくれている人がいる、というのが、こんなに嬉しく、頼もしく思える。そんなときが年数回ある。本人にそのことを伝えても、はいはい、ありがとう、だなんて答えが返ってくるけれど、僕は本当にそう思っている。自分一人で抱え込むにはあまりにも大きな気持ちを、誰かに伝えることもなく、だたそっと近くで、自分がしっかりと生きている姿を見て欲しい。
そんなふうに思うのだろう。
そう、見ていて欲しいんだ。
言葉が欲しい時もある。だけど、遠くに行かないで欲しい。どんなに遠くから優しい言葉をかけられても、今の僕には届かないだろう。言葉に感動するときももちろんあっただろう。
それでも、振り返ってみると、僕は誰かのアクションに大きく心打たれてくる経験が多かった。高価なものをプレゼントしてもらうとか、そういうことじゃない。何かをすることで誰かを喜ばせることができるなら、あえて何かを「しない」ことで喜ぶ誰かもいるだろう。それは、遠くに行かない、逃げない、避けない、という当たり前のことだ。
当たり前は、目の前にあると、それがきらめかない。
それがあるとき、そう例えばひどく心が荒んだ時に、いつもの日常がそこにあるだけで、僕は何かを取り戻すことができるようになるのだろう。
人は変化する。それを成長と感じる。しかし成長しなくても、だたそこに生きているだけで価値があるものもあるはずなのである。
「おかえり。」
そんなことを考えていると、玄関で奥さんが出迎えてくれた。
嬉しい。
ただそれだけのことなのに、何故か嬉しく感じてしまうのである。
「どうしたの、ちょっとにやけて。」
「いや、別に。」
「ふうん、変なの。」
「そうなんだよ、僕は変なんだよ。」
「そうよね、あなたっていつも変よね。」
「そう、僕はいつだって変なんだ。」
「いつも変だし、頭かたいし、融通きかないし、本当に面倒くさいわよね。」
「そうだよね、ホントそうだよね。」
「でもそれくらいでちょうどいいわ。優しいだけの男なんてつまらないもの。ひとくせ、ふたくせあるくらいのほうが、男は面白いものよ。」
「そうなんだ、どうもありがとう。」
「でもこれ以上偏屈になったら、わたし、離婚しますから。」
「急だね。」
「そうよ、女心は急に変わるの。」
「確かなのは、僕はいま、とんかつが食べたいという気持ちだけみたいだね。」
「あらそうなの、偶然。私もとんかつ食べたいと思っていたところよ。」
ふふっと笑って靴をはく。
「それじゃ、でかけましょう。」
僕たちは玄関を出た。
「ねえ、あのね、今日笠間先生のところの奥様から電話があったわよ」
僕は奥さんの方をちらっと見る。
「へえ、そうなんだ。」
「要件は気にならないの?」
「あんまり気にならないね。特に今日は、聞きたくもない感じかな」
「やっぱり学校で何かあったのね。」
「奥様、なんだか謝ってきてたわよ。」
「何を?」
「先日はお仕事の邪魔して申し訳ありませんでしたって。」
「別に邪魔はしてないよね。診療時間ではなかったし、仕事中でもなかったから。」
「なんだか、キリキリしてるわね。嫌だわ、そんな言い方。」
「言い方って大切かな?中身だけ捉えてくれればそれでいいんだけど。」
「あのね、言い方って重要よ。怒りながら愛してるって言われたら、わたし、混乱しちゃうわ。」
「そんな経験あるの?初耳だな。」
「例えばの話よ。」
「雰囲気とか、伝え方とか、やっぱり大切なんだ?」
「それは大切よ。それも込みで、やっぱり気持ちって現れるじゃない。」
「それじゃ僕、今までなにか損してきたかな?」
「ええ、それはもう。数えきれないくらい人を傷つけてきたんじゃない?」
「そうなんだ。」
僕は思わず息をこぼす。
「それは残念だな。」
「私だってね、あなたの言い方に何度も傷ついたわ。」
「急なカミングアウトだね。」
「そうよ、私はいつだって急なの。」
「急に愛想を尽かされそうで怖いよ。」
「スリリングな人生でしょう?」
「そうだね、たまらないね。」
「棒読みもいいところだわ。もうとんかつのことしか頭にないでしょう?」
「できるだけとんかつのことで頭をいっぱいにしようとしているところだよ。」
「あなたのいいところは仕事にもなんにでも、まっすぐなところよ。だけど、それがアダになって、周囲に毒を撒き散らす傾向があるわ。」
「ねえ、もしかして僕、査定されてる?」
「男の人生はね、女で決まるのよ。」
「初耳だね。」
「ほら、本気にしてないでしょう?大事なことだからもう一度言います。男の人生は女で決まります。」
「それじゃあ僕は幸せものってわけだ。」
「そういうことがスッと言えるあたり、わたしも男を見る目があったわ。」
「僕も女性を見る目はあるつもりだからね。」
「あら素敵!」
僕らはとんかつ屋についた。
「なにここ、小料理屋みたいな店構えね。」
「僕も小洒落た和風の居酒屋かなって思ってた。でもここ、とんかつ屋さんらしいとわかってから、気になってたんだ。入ろうか。」
「そうね。ここが目的で来たんだものね。」
お店に入ると、カウンター10席ほど、座敷が3つほどあった。なるほど、宴会もできそうだ。しかし、こういうとんかつ屋さんは少し高い。
「少し高めね。」
奥さんは言った。
「いいよ、今日くらい。」
「いつもいつも、今日くらいって、無駄づかいが過ぎるんじゃない?」
「すみませんねえ。」
「喧嘩は売っていませんからね。ささ、何を食べますか?」
僕らは注文をして、水を飲んだ。
会話も少なく、静かな店内。いいな、と僕は思う。少しくらい高いからといって、食べ物だけにお金を出しているわけではない。もしかしたらここは地元民の中でも知る人ぞ知る名店なのかもしれない。静かな店内には若干の緊張感があったからだ。職人の仕事も僕は好きだ。静かなお店でおいしい食事をとれるのであれば、2000円くらいOKだろう。
「ねえねえ」
奥さんは僕に話しかけてくる。
「なんでそんなに、向こうの奥様、こちらのこと気にしてたんだと思う?」
固有名詞をなるべく伏せているように感じられた。彼女なりに公共の場で少し気を使っているのかもしれない。
「そうだね…。もしかしたら、僕が昔の笠間先生に似てた、とかじゃないの?」
「なにそれ」
彼女は驚く。
「いやらしい男だわ…。」
「どういう意味?」
「それ、取り消して。」
「わかった。前言撤回、ごめんごめん」
「でも、どうしてそう思ったの?」
「敵意、感じるときがあったんだよね。自分の領域を侵されるのじゃないかってね。」
「自分の領域?」
「まあ、患者の取り合いって言ったら下品だけどね。はっきり言うとそんなところでしょう。」
「でも、なんで似てるだなって思ったわけ?」
「それはね、人間、同じようなレベルの人間に嫉妬したり敵意を感じたりするようにできていると僕が思っているからだよ」
「同じレベル?」
「そう、同じレベル。」
「それが似ているの?」
「嫌いだと思っていた人間のことを、ある日突然、こいついいやつかもって思ったことある?」
「ないわ。逆ならあるけど。」
「僕と一緒だ。」
「何が言いたかったの?」
「何も言いたくなかったんじゃないかな。」
「ねえ、そうやってごまかそうとするのやめて。」
「ごめんね。ごまかしたいんじゃなくて、嫌いなヤツのことを考えている時間がもったいないと感じたんだよ。急にね。」
「ちょっと、もっと誠実に対応して。」
「ごめんね。」
「謝ればいいってもんでもないわ。」
「そんなに気分を悪くしないでよ。ごめんね。」
「あなただって気分が悪くて帰ってきたのかもしれないけれど、私だって気分の浮かないときだってあるわ。いつだってあなたに合わせて行きていけるほど、私、都合のいいオンナじゃないわ。」
「君と別れたら、他の女性じゃ満足できなさそうだよ。」
「またそうやっていやらしいこと言って…」
「そうじゃないって。」
職場の人間関係もうまくいかないし、プライベートでもうまくいかない。うまくいかないときはなんだってうまくいかないな、と僕は思った。誰かに期待するのはよくない。自分の期待に応えられるのは、いつだって自分しかいないんだ。そうやって孤独を抱えながら、それでも誰かに一方的にでも何かを与えていたい。自分が空っぽになっても、近くの誰かが何かで満たされればそれでいい。そんな博愛主義的な、とても静かな優しさで、自分をコーティングするしか僕にはできなかった。そしてそれは誰にも伝わらない。誰にも伝わらなくていいという優しさは、決して誰かに伝わらない。そして、それが伝わることを期待してはならない。
なんということだ。
ただの世間話から、ここまでのことを勝手に考えてしまうだなんて、僕は今日、本当に参っているんだなと思った。それでもいい。生きていることはそれだけで修行だ。学生も社会人も、子どもも大人も関係ない。生きているだけで、みんな疲れている。生きているだけで疲れるのだから、せめてひととき、そうたとえば、とんかつを食べているときくらい、何かを忘れさせてくれてもいいだろう。僕はそう思った。
すると、奥さんの方がさきに注文したとんかつが届いた。
「先に食べていいよ。」
「いいわ、待つわよ。」
「気にしなくていいよ、すぐに届くだろうから。」
「それじゃ、お言葉に甘えて、お先に。」
「どうぞ。」
ご飯をおいしそうに食べている人は、その瞬間、幸せそうな顔をする。その顔を見ていると、自分も少し幸せな気持ちになる。間違いなくこれは錯覚だろう。錯覚だけれど、その錯覚が一生続くなら、もうそれは現実だ。
「とんかつ、何で食べる派?」
奥さんが急に聞いてくる。
「私はね、ロースにたっぷりソースをかけるの。最高よね。」
「僕はね、レモンをしぼって塩をふる。」
「え、そうなんだ。初耳。」
「そういえば、一緒にとんかつ食べたことって、ほとんどなかったっけ?」
「うん、わたし、あなたがとんかつ嫌いな人だと思ってた。」
「そんなことないよ。ヒレカツにレモンと塩。これが好きだね。」
「なんか通ぶってて、嫌味な男ね。」
「レモンと塩で、そんなにおいしいの?味するの?」
「するよ。すごく美味しい。」
「そうなんだ。私も今度、それにしようかな。」
「気になるなら、ひとくちあげようか?」
「え、いいの、ありがとう!」
僕のとんかつが目の前に来た。自分で食べる前に彼女に真ん中の一番長いかつをあげる。
「それじゃ私のも少しあげるね。」
「いいよ、自分の全部食べな。」
「ありがとう、でも、少し多いから、ホントはちょっと食べてほしいの。」
「それじゃもらうね。」
「うん。どうぞ。」
優しい嘘の香りがした。こういうときは、言葉のままに身を委ねるのだ。
しばらく二人は、会話もせずに食事をしていた。
この食事が終わったら、また明日から生まれ変われる、そんな気がした。