オレの、叶わない初恋にそれでもと思った話。
こっちのsideも書いてみたかったのでやらかした。しかし結末はハピエンじゃないっていうかまず起承転結のせいぜい承くらいかなって……あ、見栄張りすぎたかなごめんなさいだいたい起ですね、ようやく起が終わったところらへんですねやっちまったぜベイベー。ベイベイって言いたくなる不思議よの。もうこれあらすじじゃない。ふざけすぎましたごめんなさい。
って思ったからこっちに切り取りペーストしましたうへへ。
───相模が、いない。
中学卒業から高校入学までの期間。
合格発表の際に渡された課題は早々に済ませ、ギシリと椅子へ凭れる。
手に持つのは画面の落ちたスマホ。
スリープを解除するのはなんだか面倒で、いや、ただ───現実を、直視したくないだけ。
『俺、引っ越すことになって……。それで、学校も変わるから。』
合格発表を見に行こうと誘った、発表前日の夕闇が迫る時刻だった。
当然のごとく了承の返事が返ってくるかと思われたメールは、オレの期待をあっさりと裏切って返ってきた。
もちろん納得なんて出来るはずないし、これから直接会おうと電波越しに言った。
だけど相模は応とは言わない。
無理だよ、なんて心の籠っていない台本通りのような断り文句。
どうにかこうにか会いたいと繰り返しても、無理の一点張り。
家に突撃しようにも場所を知らないことに気づいて、愕然とした。
一つ気づけばボロボロと知らない事実が溢れてきて。
電話口で口を噤んだオレにどういう判断を下したのか、相模はふつりと通話を切った。
それからは、いくら掛けても繋がらず、メールだって届かない。
連絡網を見て家電に掛ければ一度だけ繋がったものの、相模の声に思わず「相模!」と呼んだ瞬間に切られたし、案の定それ以降は繋がりもしなかった。
ならばと公衆電話から掛けた。
『……いい加減にしてよ、木浦。まるでストーカーだって』
言われて、ついつい納得した。
ら、電話越しにだけど、相模の笑った声が鼓膜に響いて。
それだけで、もう、十分だ──って。
『……元気なら、良かった。こんだけ拒否されるってことは、たぶんオレがなんかやらかしたんだろうけど……』
できれば。
なんて、図々しいだろうかもと躊躇ったものの。
言わなければ後悔することは分かっていた。
から。
『できれば……で、いいからさ。落ち着いたら連絡くれよ。それまでメアドも番号も変えねーからさ』
自分の声が存外低く穏やかで、ああ、こんな声も出せたんだなとどうでもいいことを思う。
言ってる内容はまるでアレだけど。
……フラれた女に追い縋るダメ男……みたいな。
自分で想像して笑えた。
そんな、特別な関係になれたのなら良かったのに。
穏やかに終わったはずの友好関係。
でもオレは今さら、じわじわと実感している。
相模が隣にいない、高校生活を。
もっと、輝いて見えると思ってた制服や新しい鞄。でも、実際はどうだろう。
むしろくすんで見えるのはどうして。
卒業なんてしたくなかった、なんてどうして。
延々と去年を繰り返していればいいのになんて、──どうして?
自身に向ける問いかけ。
その答えを、オレは知っている。
顔を覆ってしまいたい気持ちを、
視界全部を潰してしまいたい気持ちを、知っている。
そうして、映像の記憶が更新されないことを不確かな知識で浅はかにも望む。
相模がいて当たり前だった中学を忘れないでいられるように。
相模と見たものが色褪せないで記憶にあり続けるように。
ああ、思っていたより。
自覚していたよりも。
「……重症だ、これ」
喉からこぼれた乾いた笑い。
こんなのキャラじゃないって思う。
思う、のに。
どうすることもできない。
どうしようにもできない。
どうにかしようとも思わないけど。
ただ、願わくば。
相模にだけは気づかれないよう。
相模を、初めて見たとき。
オレは、こんなに綺麗なやつがいるのかと驚いた。
その衝撃だけを、覚えている。
相模は女子が集まっても男子に睨まれても、冷や汗一つかかないで受け入れていた。
藍を帯びた黒髪は、夜の帳が下りる瞬間の色を思わせる。
長く、隙間なく揃った睫毛は艶やかで。
女子が羨ましがるほどの、白く透き通った肌。
少し俯く横顔、髪を耳にかける指先、伏せる睫毛は静けさを生み。
端整な顔立ち、端正な動作。
見惚れるな、と言う方が無理で。
それでもオレは、それが正しくない感情だと知っていた。
オレが相模に抱く感情が、あまりにも滑稽だと自覚していた。
だってそれは、本来なら相模に向ける色をしていなかった。
嫌ってくらいに理解してた。
理解して、それでも。
女子に囲われる相模に胸が焼き付いて、それでも。
オレは、どうしようにもなく。
相模を見ては、溢れそうな涙を堪えた。
相模は綺麗だった。
外見も然ることながら、中身も。
綺麗と言うよりは、無垢。真白で染まってない考え方。
告白されて、相手がいなくなったからってその場で友だちほしいとか呟いちゃう、どこか成長しきってない感情面。
友だちになった相模は、かわいくて仕方がなかった。
オレが誘った勉強会には必ず参加したし、体育祭では転んだのに笑ってるし、文化祭でははしゃいで歩きすぎたせいでしばらく動けなかったし。
どこか間抜けで、いとけない。
構わずにはいられない、無視なんか出来ない。
知れば知るほど、相模は泥沼で。
足を取られたオレはもう二度と浮上できない。
それなのに、幸せさえ感じていた。
囚われること、捕らわれること。
まるで、相模がいて初めて作用する呪いのような。
好きだと言うには勇気が足りなかった。
オレの感情は、
それを恋だと言うには塩辛すぎて、
それを愛だと言うには静かすぎて、
どんな言葉を当てはめればいいのかさえ、わからないままで。
どうにもできないものを持て余していた。
どうもする気のないものを浮かばせていた。
何の拘束もない、無秩序な宙。
人は、生きるごとに縛られていくと思うのはオレの持論。
繋がってなかったはずの糸、紐、線。
歩みを進めるたび、一歩を踏むたび。
何かしらの繋がりが出来ては動きが縛られていく。
まるで、真綿のような柔らかさ。
けど確かに首が絞まっていく。
そしてオレにも。
相模を綺麗だと思ったオレ。
相模をかわいいと思ったオレ。
最初は何もなかった。
次は友だちの座席を埋めていた。
告げれば、相模はいなくなる。
軽い気持ちでなんか、いられなかった。
相模がオレを見て笑う。
オレを見て、目を細めて笑う。
葉のついた髪を梳く指先。
元気な声じゃなきゃ、朗らかな声でもない。
穏やかで静かな声音。
だけど笑みを含んだやわらかい音。
それが鼓膜を揺らす瞬間が、好きだった。
時が進むのは早いもので。
気づけば憂鬱な高校生活の始まりの日。
誰かと遊びに行く気はしなくて、ひたすら復習と予習をしていた春休み。
始まってすぐのテストではいい点が取れそうだと思っても、くだらなかった。
ひどく退屈で、つまらない今。
どこか、遠くに感じる感覚。
薄っぺらい壁越しに触れているような、そんな曖昧な現実味。
────相模がいない。
わかっていたことでも、わかりたくはなかった。
理解していても、納得なんてできなかった。
すぐ隣にいるはずだった。
あの声で名前を呼んで、あの目にオレを映してくれるはずだった。
相模の声は今、誰を呼んでいるんだろう。
相模の目は今、誰を映してるんだろう。
想像するだけで胸が焼き付くようにひりつく。
吐き気がする。
入学式を終えて、クラスへと移動する。
事前に配られていた自分のクラスが書かれた紙。
教室の前出入口に隣接する壁、上へと目を向ければそれぞれのクラスを示すプレート。
紙に書かれたものと一致するプレート近くの、人が流れ込んでいく出入口を避けて後出入口から入る。
瞬間、感じた視線。
どこか馴染みのある、強い、でも、薄いの。
「……さがみ……?」
思わずといったようにこぼれた声はひどく掠れていた。
視線は疾うに逸らされていた。
それでも、気づいた。
どこかにクラス名簿がないかと探すが、あるはずもない。
この後、おそらく自己紹介の時間が取られる。
その時でも遅くはない。
同じ教室にいる。
同じ空間に、いる。
遅くはなくても、辛抱ならなかった。
指先で机を叩く。
向く、瞳。
大きく、眼が開かれる。
「……お名前は?」
お前がその気なら、はじめからでいい。
最初からで、いい。
だから。
オレの隣に、いて。
お前の隣に、行かせて。
読了ありがとうございます。