幸福を保証する機械
ついに人類は、宇宙人とのファーストコンタクトを果たした。
最初に宇宙人達とコンタクトをとったのは、大国の指導者達だったらしい。
宇宙人達は地球人とスムーズなコンタクトを取るため、地球人とそっくりな格好をしていた。
どのようにしてか、大国の指導者達とトップレベルの科学者が集まる場を用意し、その場で自分たちが地球人ではない事を証明したのだ。
余りドラマティックな展開ではなかったようだが、ともかくも宇宙人とのファーストコンタクトは果たされたのである。
地球の科学者達によれば、コンタクトを取った宇宙人達の技術は地球とは比べ物にならないほど高いものであるという。
「友好的交流目的です。もし、彼等が地球を滅ぼすつもりなら、一瞬でしょう。我々でさえその気になれば……」
「彼等に悪意がある可能性は低いです。これほどの技術の差があれば、人間が昆虫を扱うような、いやそれ以上の……」
宇宙人達の主張は、科学者達の発言以上に友好的なものだった。
「私達は地球人に悪意は無い。あなた達の決定権や自由権を犯すつもりも無い。しかし、あなた達を守りたい、幸福にしたいという気持ちがあるのでコンタクトを取った。」
無論、人類の側は簡単に宇宙人達の主張を鵜呑みにしたりはしなかった。
しかし、圧倒的な科学力の差は素人でもわかる程だったので、表立って宇宙人達を攻撃する様な者も現れなかった。
あまりにも、宇宙人達の技術レベルが高くかつ友好的であった為、地球人と宇宙人との間に、小説や映画などで憂慮されていたような対立は起きなかった。
しかし、何一つ問題が起こらなかったという訳ではない。
むしろ大問題となってしまった。
宇宙人達の代表者が、地球人にプレゼントを渡したのが事の発端である。
そのプレゼントというのは宇宙人達によると、『完璧な自己修復機能と自己増殖機能、使用者の生命維持機能を有した、永続的に苦しみを遮断し、ものすごい快楽を味わえる機械』。
この機械に接続してさえいれば、食物を求める為の労働や苦しみから完全に解放されるうえに、通常ではありえないような快楽を味わえるという。
機械自体にはメンテナンスは要らず、それどころか材料が無くても自分のコピーを自分で作り出すので、全ての人が所有する事も可能。
さらには、人類を守る為の機能が詰め込まれているという。
「これを人類に渡すのが、今回の我々の目的です。」
「宇宙は、皆さんが思っているよりも厳しく、危険です。しかし、この機械があれば人類は皆が幸福になるチャンスを得て、その状態で人類の存続も高いレベルで保証されます。」
「とはいえ、いろいろな意見が皆さんから出てくることが予測されているので、使用する事を無理強いはしません。あなた達人類の決定を尊重します。」
「機械には、機能を制限する設定ができるようにしてあります。必要な機能だけ使用するという事も可能です。」
「機械は自己機能で増殖する事ができますので、全人類に一つづつお渡しするのではなく、各国の指導者、科学的な指導者、宗教的な指導者の方々に渡します。」
「この機械を皆さんが持つ、一部の人だけが持つ、といった判断も、人類の決定機関に任せたいと思うからです。」
そのような事を告げ、それっきり宇宙人達は公の場に姿を見せなくなった。
最初は信じていなかった地球人達だが、徐々にその機械の性能が宇宙人達の言う通りのものだという事が判明していく。
「ものすごい快楽だ。こんな快楽は麻薬でも味わえない。ずっとこの機械を……」
「病気の痛みなんぞ無いのと同然だ、それどころか、たちどころに病気が治るぞ。全ての病人に機械を……」
「びっくりだ。何にも食べていないのに腹が減っていない。いや、一ヶ月だから腹が減るなんていうレベルでは……」
「絶対に子孫は残せないって言われてたんです。でもこの機械のお陰で私とあの人の……」
「メンテナンスなんて全く必要ないです。あらゆる手を使いましたが、これがどうやったら壊れるのかすら……」
使った者の感想はこんな感じだった。
一部の人々は、宇宙人達が譲渡時にした発言を理由に懸念を抱いていたのだが、使用者による評価は最高といって良いもので、不満は全く無かった。
むしろ、というか当然、使わせてもらえない人達の不満は爆発した。
「自己増殖するんだろ。何でオレに回ってこないんだ!」
「宇宙人の奴等、なんで各国の指導者や科学者なんていうクズどもにだけあの機械を与えたんだ?あいつらが自分達だけ良くするなんてのは馬鹿でも知ってる事だぜ!」
使用者、指導者、宇宙人達はどんどん嫌われていく。
指導者達の中にも、機械を増やして配ろうとしている者は存在したのだが、
「そんなものにのめり込んだら、社会が崩壊し、子供がいなくなって人類は滅びる!宇宙人の陰謀だ!」
そんな機械を危険視する意見が出てきていて、それが強国の指導者の間で主流だったが為に、実行する事はできなかった。
機械には《生命を維持し人類を保護する機能》はあるのだが、《権力者の横暴》を防止する機能が存在する訳では無いのだ。
科学的な考証により、機械に『種の保存機能、母星の防衛機能』が存在する事が証明されると状況が変った。
機械無しで同じレベルに達するには、地球文明が10億年ほど順調に続かなければ不可能だという事が同時に判明したのだ。
そんな技術力レベルの宇宙人達が人類を支配したり滅ぼす気なら、やはり他の方法で簡単に出来た筈だし、彼等が先でなければ他の宇宙人にやられていたかもしれない。
機械をくれた宇宙人達が、地球人を外宇宙の敵から守ろうとした、という事がひとまずは証明されたのだ。
人々の意見対立はより深刻になった。
さまざまな主張をするグループが乱立したのだ。
「人類を守る為、全ての人の幸福感の為に、機械を全ての人に渡すべきだ。」
というグループ。
「人類に貢献した者にだけ、機械を報償として渡すべきだ。当然、増やすのは禁止する。」
というグループ。
「母星保護機能の為にはある程度置いておくべきだが、堕落を防ぐ為に誰かに使わせるべきではない。」
というグループ。
「人類が自由意志を維持する為に、快楽にのめり込むべきではないから、『快楽マシーン』は人工衛星にするべきだ。地球上にあるだけで危険だ。」
というグループ。
「人類を守る為、全ての人の幸福感の為に、むしろ全ての人間が積極的に快楽にのめり込むべきだ。」
というグループ。
「病気だけは無い社会に……」
「痛みだけは感じない社会に……」
厄介な事に、ほとんどのグループがエゴだけで発言しているのではなかった。
むしろ、『本当に人類が良い状態になる為には』という意見を言っているのだった。
人類にとってその機械が『かつて想像された様な幸福への切符』である、という事が判明したにもかかわらず、『あまり使わない方が良い』という判断が大勢を占めた。
最初に武力闘争に打って出たのは、快楽の為に機械を求めたグループだった。
彼等からしてみれば、機械を独占して渡さず、勝手に他人の快楽を奪うのは許しがたい行為なのだろう。
別に強いグループを襲う必要は無かった。
一台あれば良いのだから、たった一人を全員で狙えば良かったのだ。
彼等はいとも簡単に一台を手に入れ、瞬く間に機械は広まった。
ところが、彼等にとって非常に不利な事実が判明する。
他人でも、機械に接続する人間を無理やり外してしまう事が可能だったのだ。
機械には生命を守る機能がついているのだが、それも人類同士の争いには全く機能しないのだろう。
人類の決定機関に任せる、という事はこういう意味でもあったのだ。
各々の理由で機械を広めたくないいくつものグループは、幸福と快楽を貪っている人々から、強引に機械を奪い始めた。
こうなると、他人の病気や他人の痛みをなくしたい様な、善意ある人々も戦わざるを得なかった。
救う方法があるのだ。
しかも無限に存在するもので、分け合ったり、奪い合ったりする必要が無い筈のものだ。
病気や苦痛のある状態を無理強いしているようにしか見えない、そんな人々を許しておきたくない、という心理が働いたのだ。
「機械を奪うものを許すな!我々は断固戦うのだ!」
無論、賛同者は多かった。
怒ったのは『自分の快楽を求める者達』や『不幸な人の幸福を願い命をかける人達』だけではなかった。
ここに至っても人類の指導者達は結論を出せずにいたのだ。
「自分達は使いたいが、全ての人に使わせても利益は無い。」
という辺が、自己中心的な指導者達の本音だったのだろう。
そんな指導者達に大人しく従うほど、『安全と利益の為に従う民衆』はお人好しでは無かった。
民衆もまた、『完全な幸福へのチケット』がすでに全員分ある事を知りながら、苦しみの戦いへと身を置く事になった。
結果、地球全体が争いの坩堝と化したのだ。
とある場所で一人の若者が、宇宙人の代表者と会話している。
「……。ですから、我々は地球に比べて非常に高い技術力を持ちながら、全ての人が幸福になるという事は実現できなかったのです。」
訝しげな顔をして若者が尋ねる。
「つまり、貴方達より劣っている地球の人類は、全ての人が幸せになる事が技術的に可能であっても、それを選ぶ事は出来ないという事ですか?」
宇宙人の代表者は困ったような表情をした。
「そうは思いません。説明した通り、我々は母星で全体の幸福を目指して戦いましたが、敗れました。だからこそ、せめて他の種に全体の幸福を選べるチャンスを与えようと思ってこの地球にやって来た訳ですから。私達より進化が遅れている種であろうと、種の全体が幸福になる事こそが、私達の願いです。もはや、失敗してしまったのかもしれませんが……。」
若者は少しあきれた様な顔をする。
「犬小屋として渡してれば、あなた達の願いは実現出来たと思いますよ。」