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ふかまりさん

作者: 光枝初朗

 ふかまりさん(短編)

                   光枝初朗


 87chへ


scene 1


 「あなた深さんて言うの?」

 「はい」「珍しい名字ね」「そうですね、よく言われます」

深麻里は笑って受け答えする。

 ばかでかくすすけた壁の工場の中で、白菜の漬物やらひじきやら乾燥こんぶやらをライン作業で袋詰めにしている。深麻里と話をしているのは、二人の娘と一人の息子を持つ主婦の南さんだ。

 こういう仕事に、深麻里のような大学生がバイトで来るのもまた珍しい。大体はパート形態で雇用された主婦の南さんのような人ばかりだ。南さんにとってはそれが新鮮で、たまたま自分の隣に来て作業をしている深麻里とずっと話しこんでいる。もっとも作業自体がとても単調なものだから、ほとんどの人は工場長の目を盗んではぺちゃくちゃぺらぺらと世間話を繰り広げている。

 南さんからみて、深麻里は若さと成熟の狭間に位置するがゆえの、非常に深遠で美しいものをなんとなく雰囲気から感じていた。深麻里は南さんのどんな問いにも受け答えがよく、かといって別に変に気どったところもなく、年齢差を感じさせないほど会話は盛り上がる。

 「あなたは本当にきれいねぇ」深麻里は薄い茶色の豊かな髪を抗菌帽子からのぞかせている。「南さんこそ!」

 「ねぇ、こんなおばちゃんを持ちあげてもだめよ。なんにも出てこないわよ。」

 「そんなことないです、南さん、本当におきれいだし、三人も子供がいらっしゃるなんてとても信じられない。」「またまたぁ」

 「私も、年齢を重ねたら、南さんのような人になっていたいな。」「本当にい?」

二人は午前中の仕事を通じてだいぶ仲良くなっていた。ラインの先端から次から次へとくる乾物たち。素早く手袋でつかみとって、重さをはかり、調整出来たら袋につめて、輪ゴムでくくってラインに戻す。その繰り返し。

 「本当深さんは口がうまいわぁ。あ、そうそう、次の休憩、私のところに来てよ。農家をやっている遠方の親せきが居てね、その人達からこないだたくさんの柿を頂いたのよ。とてもじゃないけどうちだけじゃ食べきれないから、私、工場の皆さんにもと思って持ってきたの!ほほ」

 「え、本当ですか? 私、柿だいすきです」「もちろんよ。たくさん持って帰ってよ」

 「秋ですね」

深麻里は、南さんが持ってきているのであろう、柿の瑞々しくて艶さえをも想起させるほどのふっくりとした橙色を頭の中で浮かべて、うっとりした。



scene 2


 「これ、落としましたよ」

西洋美術史の講義が終わってすぐに誰かに呼びかけられたので、深麻里はそちらを振り向く。声をかけたのは、黒ぶちの眼鏡をかけたこざっぱりした恰好の男子だった。彼は右手に、深麻里が所持していたはずの赤色のボールペン――ちょっと高級でお気に入りの――を持っていた。

 「あ、それ……。ありがとう、ございます」深麻里は礼をした。赤ボールペンは男子学生から深麻里の白い肌色の手へと移った。

 なおも彼がその場にいて、少し間を置いてからこう言った。

 「あの……。実は僕、この講義に三十分くらい遅刻しちゃって、最初のところを聞いてないんです。友達も来ていないし……。もしよかったら、君のノート、少し見せてもらえないかな?」

 「え、あたしでいいの?大したノートじゃないけど……」深麻里はちょっとためらった後、自分の青色のノートをそっと差し出した。男子学生は、

 「本当ありがとう! 助かります」と言った。

彼がノートを写している間、深麻里は何もすることがなく、彼から少し離れた距離を保って、立ちすくんでいた。

 「あ、ごめんね。座ってよ、深さん」

 「え、あ、はい」深麻里は彼と席を一つあけて腰をゆっくり下ろした。

 「私の名前知ってたの?」

 「うん。“ふかまり”さんでしょ。有名だよ」

彼はノートから顔をあげて笑った。屈託なく笑う彼の笑顔が素敵だった。

 「有名だなんて」「深さんも、この講義は一人で?」

 「うん……マイナーな授業だよね。必修ですらないし」

 「うん。でも僕は好きだなぁ、この授業」「私も」

 「でしょ?楽しいよね」「うん」

深麻里はそこで、気になっていた事を聞いてみた。

 「良かったら、名前を教えて?」「平野って言います」

 「平野くん」「呼び捨てでいいよ。深さんのことは……」

 「私のことは、“ふかまり”で」

 「じゃあ、“ふかまり”さん……ふかまり……。うーん。やっぱり深さんでもいいかな?」

深麻里はくすっと笑った。「いいよ」

 「深さん、良かったら次の授業、隣で聞いてもいいかな?」

深麻里は、その時自分の内側の方から、体温がぎゅっと暖かくなるのを感じた。

 「いいよ」「ありがとう」

平野はまたノートに視線を戻した。いったんノートに視線が戻ると彼の目つきは真剣で、深麻里はまじまじと見ていると自分の鼓動がはやくなり、続けて見られなくなった。彼の鋭利な顔つきから、深麻里は澄んでいて落ち着いた、蒼いイメージを抱いた。


 私、恋してるのかもなぁ。


(了)


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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして 短編新着からきました。 さわやかな感じのお話で素敵でした! ふかまりさんみたいになりたい〜なんて思いました(笑) こんな出会いもいいですね。
2014/10/22 08:18 退会済み
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