とある昔の勇者伝説
昔むかし、それは勇ましい、だけど、とても悲しい勇者の物語。
南のソルター地方で、悪い魔法使いが恐ろしい怪物を創りだしてしまったのです。魔法使いは怪物を操れずに命からがら逃げ出してしまい、残った怪物は町を破壊し軍隊を蹴散らす、恐ろしい存在になってしまいました。
怪物は長きにわたってソルター地方を苦しめましたが、やがてひとりの勇者がこれを倒しました。勇者は戦士でありながら魔法使いとしても一流の腕前をもっており、純粋な戦士にも魔法使いにもできない不思議な戦い方で怪物を圧倒、これをついに撃滅しました。また勇者は悪い魔法使いの居場所も突き止め、罪を償うよう説得しようとしました。悪い魔法使いは勇者を騙して逃げ出そうとしましたが、近所の村人を平然と巻き込んだ事で勇者は激怒。悪い魔法使いも怪物同様、勇者によって討ち取られました。
しかし本当の悲劇は、この後に起こりました。
勇者は田舎の村の出身で、幼馴染の恋仲の娘がおりました。勇者は皆のために戦いに出たものの、騎士にとりたてられたり王都に留め置かれる事は全て断りました。そして「もう戦いは終わりました。自分は一人の村人に戻り、畑を耕し妻子を得て平凡に暮らします」そう言いました。
ところが戦いがすんでみると、勇者の村はなくなっていました。王様は打ちひしがれる勇者に、怪物に潰されてしまったのだろう、勇者どの気を落とさぬよう、そして王都に留まるようにと言いました。また国王の娘が勇者のために尽くしたいと申し出、ゆくゆくは勇者は王族に入るのだろうなと皆が考えました。
しかし、実は勇者の村を滅ぼしたのは王様でした。実は勇者の旅に同行した者に王様直属の部下がおり、その者が勇者の故郷に恋人がいる事、この戦いがすんだら故郷に帰り、いち農民として生涯を過ごしたい事などを聞いており、王様は勇者の帰る場所をなくしてしまえば王都に留まるだろう、そして娘と結婚するだろうと考えたのでした。
勇者は王様たちの言動に不審なものを感じ、精霊に頼み確認をさせました。そして、戦いの痕跡を見て「怪物でなく人間が村を滅ぼした」事、そして「盗賊に扮した兵士がいた」事を確認しました。さらに調べるうちにそれは確信となり、さらに幼馴染の愛しい娘は、勇者の恋人であるという理由から嬲り者にされたうえで殺されたらしい事までも知ってしまいました。
勇者はもちろん激怒しました。
しかしここで王様を斬れば、いくら勇者の側に義があろうとも犯罪者として追われるでしょう。別にそれを恐れる勇者ではなかったのですが、それでは王様たちに報いを受けさせる事ができない。同じ殺すとしても、まずはきちんと報復をしてから、彼はそう考えたのです。
勇者は、彼ら草原の民が獣を追うときに使う拡声魔法を持っていました。単に声を魔力に乗せて飛ばすだけですが、勇者はこの魔法が非常に得意で、怪物と戦う時も攪乱戦法によく使っていました。また王都などで座興に拡声魔法でおちゃらけて遊んだ事もあり、「勇者様の牛追い魔法」は王都市民の間でも有名でした。
その拡声魔術を使い、全王都の民や旅人、出入りの商人などに事態を知らせたのです。自身の村の悲劇、そして王族の所業について。
たちまち大騒ぎになりました。しかし慌てて勇者を捕らえようと兵士を派遣したものの彼らは勇者を捕らえられませんでした。市民たちからは王の行動に疑問の声をあげていたし、そもそも現場の一般兵も王族の行動に不信感を持ったのです。「あの勇者様すら、王は出身の村を皆殺しにしてしまった。ならば一般兵の俺たちなんて、ちょっと何かあっただけでも家族ごと皆殺しなのではないか?」と。
王都の治安は、あっというまに崩壊しました。
貴族たちも状況が読める者は全員領地に逃げ込んでしまい、動ける市民も王都から消えました。王都に残るのは立場上動けない者とお金がなくて動けない低所得者のみ。やがて今回の話が地方まで広がるにつれ他国に逃げ出す者達がますます増加、また周囲の国々も表向きは人の流入に対処するといいつつ、実際は民を持参金や産業ごと次々と自国に取り込んでいきました。ボロボロになった王国は国力をすっかり失い、ついには事実上、領土ごと他国に次々と持っていかれる状態になりはじめました。
国王たちは、娘を豊かな隣国に嫁がせようと考えました。娘は勇者の事を忘れておらず最初拒みましたが、このままでは国が滅びてしまいます。王個人としても、娘が少しでも豊かに過ごしてほしいという気持ちがあったわけで、とうとう娘も承知しました。勇者が姿を消してから1年あまりが経過していました。
しかし、娘の乗った輿入れの馬車は正体不明の暴漢に襲われ全滅。娘はさんざ嬲り者にされた悲惨な姿で発見されました。通りすがりの旅人が応急措置をして通報したようで、生きて無事保護されたのですが、男性が近寄ると気も狂わんばかりに泣き叫ぶありさま。むしろ「発狂してた方が幸せだったのではないか」といわれるほどの状態だったとか。もちろん輿入れなど不可能で、結婚話も白紙に返されました。
そしてとうとう、国は滅びました。ソルター地方を長いこと平和におさめて来た国の、まさかの幕切れでした。
王様たちのその後はわかっていません。いくばくかのお金を持ちだして地方の小さな領主に収まったともいいますが、その領地の記録には王様とその一家ではないかと思われる人間の記録が全くないのです。また当時の現地の記録には「この地に赴任するはずだった古き男爵一家の一行が旅の途中で殺された」旨が書かれています。おそらくはこれが史実とされています。つまり王様たちは逃げ延びる途中で殺され、そこいらの街道にごみのように打ち捨てられたと。
また、勇者については王様たちの足あとが途絶えた頃、全滅した故郷の村に再入植した記録が残っています。たったひとりで皆を弔い、静かに暮らそうとしていたようですが、入植の噂を聞きつけた勇者時代の仲間のひとりが勇者の元に訪れました。この者はかつての勇者の旅の空で勇者自身が拾い上げた元奴隷の魔法使いですが、その生い立ちゆえに勇者を純粋に慕っており、また故郷の村の一件を聞いて手伝いたいと駆けつけたのだろうと言われています。事実、この村は今もソルター地方に現存し、勇者の血を引く戦士を多く輩出する村として知られていますが、この伝説を裏付けるように、いわゆる魔法戦士が非常に多い事でも知られています。
(おわり)