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夜空に響く  作者: N238
4/4

4.さよなら

 

 高志は来週に日本を発つらしい。



 出発する日がメールで送られてきた。


 高志はもう、別れたつもりでいるんだろうか。



「一週間か……」


 私は一人、ベッドの上で腫れた目を押さえながら呟いた。



「どうすればいいんだろう……」


 こんな事になるなら、本当に出会わなければよかった。


 別れというものは突然だ。



 突きつけられた現実は、私を容赦なく貫いた。


 高志とは、ずっと一緒だと思っていたのに。


 けど、それはもう叶わない。


 別れよう。その言葉が、悲哀に満ちた高志の顔が。今でもはっきりと私の脳裏で鮮明に流れ出す。



 もう、駄目だ。


 あれだけ愛し合っていたのは、偽りの感情だったっていうの……?


 なんで……



 高志は私よりも留学を取るの……?


 そんなのわかってる。



 昔から留学したいって行ってたし、子どもの時からの夢って事も知ってる。


 厳しいお父さんにもやっと認められて説得できたって。



 知ってる。


 私よりも大切なんだって。



 知ってる。


 

「考えるの、やめよう」


 言葉だけそうは言っても、頭の中を巡るのは高志の事だけだ。



 忘れれるはずがない。


 ずっと、一緒だったんだから。


 今まではもっと好きになりたい。



 そう思ってた。


 だけど今は、嫌いになりたい。



 ――そう、思っていた。



 高志の事を嫌いになれれば、もう傷つく必要はないし、こんな事も考えなくていい。


 嫌いに。嫌いに。



 そう思う度に脳裏に浮かぶのは高志との日々だった。



 あんなに楽しかったのに。



 自然と、涙が流れる。


 泣き疲れて寝て。



 起きて、泣いて。



 泣いてばっかりの私はやっぱり子どもなのかな……?


 高志……



 私の心は何度も何度も揺れていた。



 高志をずっと好きで居たい気持ち。


 高志を嫌いになって、忘れたい気持ち。



 好きでいたい。そう思う度に思い出す、別れようの一言。



 どうしても忘れられない。


 高志を忘れようとしても、嫌いになろうと思ったとしても。



 今まで過ごした高志がそれを邪魔する。



 どうしようもないくらいに好きで、愛していた。


 そんな高志を失う事が、こんなにもつらいことなんて。


 今まで考えた事がなかった。



 考える必要はないと思っていた。


 それなのに、こんな現実って……


 


 何回考えても、結局答えなんて出ない。


 別れを告げられた今でも。



 ――高志の事を、好きなのに変わりはないから。


 でも、忘れたい。忘れなくちゃいけない。



 高志が目の前からいなくなってしまうから。

 

 変わりようのない現実が、私の頭の中を何度も何度も、ぐるぐると回り続ける。


 こんなことを考え続けてると、吐き気がしてきた。



 もう駄目だ。



 私は高志なしでは生きる事ができないんだ……


 そう、実感した。



 高志のいない、私たちの世界で。


 高志がいないのに、私たちだなんて。



 私たちの世界はいつの間にか壊れてしまっていたんだ。



 積み重ねてきた長い時間を、たった数分で。


 ぐちゃぐちゃだ。



 私は、ぐちゃぐちゃだ。



 何がしたいのかも、何をすればいいのかも、わからない。


 私の世界は、真っ暗に塗りつぶされたようだった。




 

 一週間後、高志は居なくなる。


 それなのに私は何もせずに、ただ人形のように毎日を過ごしていた。


 陰鬱な雰囲気をまといながら。


 家族のみんなの心配そうな顔も目に入らない程に、現実から目を背けて。



 ただ、毎日を過ごしていた。


 ……人形のように。

 





 最後の日はあっという間にやってきた。


 時よ止まれと願おうとも、そんな願いが叶うはずはなくて。



 その日はなぜか日が昇るのとほぼ同時に目が覚めた。


 

「……最後の別れがあんなのでいいのかな」


 そう呟いて、思い出すのは夏祭り。


 最後に高志に会った日。



「でも、会いたくない……」


 頭が、会う事を拒否してるみたいだった。


 動かそうとしても、重たい体。



 どうせ何もしないし、寝よう……


 そう思った時、突然チャイムが鳴った。


「誰……?」


 普段はこんな朝っぱらからは人なんて来ないのに。


 どたどたと一階から足音がする。


 たぶん、お母さんだろう。


 玄関が開く音がする。



 一階から私の部屋へ音は届かない。


 だから、朝一番の来訪客とお母さんが何を話しているかなんて私には聞こえないし、興味も沸かなかった。



 だけど、すぐにどたばたと階段を駆け上る音がする。


 そして、私の部屋の扉を勢いよく開ける。



「こらナギ!」



 そこに立っていたのは幼馴染兼親友の真希だった。


 なんで……?



「あんた高志君送りに行かないの!?」



 なんで、その事を真希が知ってるんだろう。


 真希の言葉に、夢うつつな私は現実に引き戻された。



 今まで、ずっと逃げてたけど、今日……なんだ……



「私……」


 でもやっぱり駄目だ。


 体が動かない。



「まさか嫌いになりたいとか考えてるんじゃないでしょうね」


 真希の言葉は、ズバリ的中していた。



「……えっと……」


 完璧正解の真希の言葉に、口ごもる私。


 まさか真希が高志の事を知っているとは思ってなかったし、その上私が思ってる事を当ててしまうなんて、完全に予想外だった。



「あんた馬鹿ね。こんなことぐらいで揺らいじゃうの?」


 こんなことくらいって……!



「こんなことくらいじゃない! 高志が居なくなっちゃうんだよ!?」


 目の前から高志が居なくなる事をこんなこと扱いされた私は、激昂してしまう。



「所詮こんな事だよ。あんたの高志君への気持ちはその程度だったの?」


 全く動じずに、真希は真っ直ぐに私を捉える。



「それは……」


 また、高志が私の脳裏に浮かぶ。



「高志君の事が好きで好きでたまらなくて、高志君は幸せな毎日を作ってくれたんじゃないの?」


 ……その通りだ。



 高志が居なかったら、今の私はここには居ないんだ。



「毎日幸せそうだったじゃない。そりゃ、高志君としばらく会えないんだから泣くのも当然だと思うし、落ち込むだろうけど」


 真希は、続ける。



「たった三年間会えないだけで冷めるの? ナギの気持ちは」



 体が震える。



 涙が溢れそうになる。




 そうだ、三年なんだ。





 ――たった、三年なんだ。


 世界が明るくなったような気がした。



 私の世界に、光が差し込んだ。



「そうだ……そうだよね……」


 次の瞬間には私の頭の中でもう決心はついていた。



 「私、馬鹿だった。うん、行く! 今から行く! 後頼んだ!」



 そう言いながら、私はすぐに着替えを始める。


 気がつくと今は七時。


 まだ間に合う!



「任せなさい。それでさっさと行って来い!」



 真希は満面の笑みを私に向けて、背中を押す。



「うん。行ってくる」


 私は走って階段を降りて、お母さんに「行ってきます」



 とだけ伝えて玄関を飛び出た。



 背中で、「行ってらっしゃい」と、優しい口調のお母さんの声を受けながら。



 私はとにかく走った。



 呼吸の乱れも、体が軋むのも気にせずに、ただ、走り続けた。


 駅に着き、はやる気持ちを落ち着かせ、切符を買う。


 私を待っていたかのように、ホームに着いた途端に電車が滑り込んできた。



 ラッキーガール、私!



「はあ……はあ……」


 一旦落ち着くと、思い出したように疲れが私の体に降り注いできた。


 うまく呼吸ができくて、つらい。



 でもこれくらいどうってことはない。


 何も伝えないまま高志と別れる方がずっとつらいに決まってる。



 電車が止まり、何人もの人が降りていく。


 高志は、この駅にいるはず……



 降りる人たちに流されるように駅のホームに降り、改札まで歩く。。



 溢れる人の中で一人を探すなんて簡単な事ではないのに。



 知らないうちに、私の瞳はしっかりと、真っ直ぐに高志を捉えていた。


 涙が零れそうになる。



 一週間ぶりなのに何ヶ月も会ってない気分だ。

 

 でも、今日はもう泣かない。



 少なくとも高志の前だけは。


 視線が交わる。



 交わらなければいいと思っていた視線が、こうも簡単に、忘れられないくらいに交差する。



「ナギ……」



 高志の頬にうっすらと一筋の線が流れる。



 他に誰も人は居なくて、私たち二人だけの世界。


 それが、ここにはあった。



「来ちゃった」



 高志の前に立つ。


 反応も見ずに、私は高志の手を引く。


 そしてそのまま高志が乗る電車のホームへと向かう。



「ナギ……俺……」


 男が涙を零すなんて、かっこ悪い。



 でも、そんな高志がたまらなくいとおしく思う。



「いいよ。大丈夫、謝らなくていいから」


 もう、気にする事じゃない。



 知らせるのが遅かったとか、そんなことどうでもいいんだ。




 高志を迎える電車のホームで手を繋いだまま、電車が来るのを待つ。



「今日、で……最後、に……」



 嗚咽を漏らし、涙を目いっぱい流しながら必死に言葉を紡ぐ高志。



 ――今日で会うのは最後?



 ――違うよ。


 ――そうじゃない。



 電車がやってくる。


 高志を迎えるように扉が開く。



 私たちを引き裂くように、扉が開く。



「三年だって、五年だって、十年だって待ってやる。だから、最後じゃないよ。ちょっと会えないだけ」



 これが、私の本心だ。



 高志と別れるなんて事は有り得ない。


 呆然とする高志。



 その高志を無理やり立たせて、電車に目をやる。



「ほら、行ってきなよ」



 私は高志の背中を押す。



「お、おいちょっと待てっ!」



 お構いなしに、電車へと押し込む。



「ずるいぞっ! お前!」


 私を忘れられなくしてやる。



 向こうに行っても、どんな美女に出会っても目移りなんてさせない。


 ベルが鳴る。



 もうすぐドアが閉まって電車が行ってしまう。


 最後に、私は高志にキスをした。



 触れるだけの、子どものキス。


 でも、距離はゼロだから。



 どんなに離れてても、心はぴったりひっついてるから。



 もう、気持ちは揺るがないよ、高志。



「えへへ、バイバイ」


 うっすら目に溜まる涙を無理にこらえて笑顔を作る。



「好きだ! ナギ!」


 その言葉と共に、扉は閉まった。



「私も好きだー!」


 きっと聞こえてない。



 でも、聞こえてる。


 走り去っていく電車を見送り、残った私は人込みの中、一人佇む。



「高志がこっちに帰ってくるまでに、もっと良い女にならなきゃ!」



 拳を高く突き上げ、高志の事を思い浮かべる。






 ――こうして、私の淡い恋模様の夏は終わった。





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