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夜空に響く  作者: N238
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2.募る不安

 

 家に一人で居る時、考える事はやっぱり高志の哀しげな顔の事の事だった。


 どうしても忘れられない。



 思い返してみれば、数ヶ月前から高志は時折そんな顔をしていたようにも思う。


 何かあるのかな。


 考えても考えても、答えなんて出るはずが無かった。



 気付けば時計は夜の十二時を指していた。明日も学校があるし、早く寝よう。


 ……夜更かしはお肌の天敵、らしいしね。




 翌日、快晴の空の日差しに包まれながら、私は目が覚めた。


「あっつ……」

 

 夏休みももう中盤だ。毎年毎年日本の夏は暑過ぎる。


 なんて、そんなことを言っても意味はないけど。


 夏休みですらも学校があるなんておかしい。暑すぎるし。


 これはいじめだ。きっと私の学校は私達生徒を日光で焼いて食べたいんだ。


 私は寝起きの頭で訳のわからない事を考えていた。暑さで頭がやられてるんだ、きっと。


 今の時間は八時。



 学校はお昼からだから、たっぷり余裕がある。


 とりあえず、身支度を済ませよう。



 ……一時間程の時間を要して、私は大体の身支度を終えた。


 朝ごはんだ。朝ごはん。



「今日はなんだろうなあ」


 自室のベッドから腰を上げ、リビングへと向かう。


 階段を降り、ドアを開ける。



 テーブルの上には目玉焼き、ハムエッグ、味噌汁、ご飯が並べられていた。


 うん、いつも通り。何が出るかなんてわかりきっていたのに、少しでも期待した私が馬鹿だったよ。



「おはようナギ」


 新聞を広げながら、お父さん。



 「おはよう、お父さん」


 そう言いながら私は椅子に座る。


 お母さんが居たなら毎朝の朝食メニューについて文句でもつけてやろうと思ったけど、どうやら今は居ないみたいだ。


 まあ、文句言うならあんたが作れって言われて終わりだろうけど。



「私も料理ができれば朝ごはん作るんだけどなあ」


 過去に何回か料理をしようとした事があったけど、ことごとく失敗し、更には台所が戦場となった。


 「はははっ、ナギの料理は破壊的だもんなあ!」


 軽快にドアを開けながら哄笑するのは私のお兄ちゃん。



「うるさい。馬鹿兄」


 私は目玉焼きを箸に取りながらお兄ちゃんを睥睨する。


「おーおー。こえー」


 棒読みだ。恐いという感情なんて全く見えない。


 私はご飯を味噌汁で流し込んだ。



「いい食べっぷり! 男らしいねえ!」


 いちいち突っかかってくるな!


 「ごちそうさま!」



 私は味噌汁のお椀をテーブルに叩きつけ、お兄ちゃんの言葉を無視して立ち上がる。


「おい、あんま怒るなって。謝るからさ、な?」


 お兄ちゃんは道を塞ぐように私の前に立った。



「別にいいよ、怒ってないし」


 早く部屋に戻らせて。馬鹿兄。


「そっかそっか。ありがとな、ナギ」


 ここまでなら良かったのに、この馬鹿兄は最後に余計な一言を付け加えた。



「それにしても、ぺったんこだな」


「……っ!」


 もう我慢できない!


 馬鹿兄のお腹に目掛けて私は腕を真っ直ぐに振りぬいた。


「ぐおおお……」


 耐え切れずにうずくまる馬鹿兄。ざまあみろ。


 馬鹿兄の屍を乗り越えて私はドアを開けようとする。


 最後に聞こえたのは、「それでこそ俺の妹だ……いいパンチだった……」

 

 と言いながら眠るドMのお兄ちゃんの声と、「何回見ても飽きないよ、お前達は」というお父さんの一言だった。


 部屋に戻ってからはベッドに寝転んで本を読んだ。


 友達が面白いって言うから借りてみたけど、そこまで面白くは無かった。主人公が死ぬのは嫌だ。なんだか悲しませようとしている感じがして好きになれなかった。



 まあ、暇つぶしにはなったかな。


「よし、行くか」


 私はカバンを持って部屋を出る。


 私が小説を読んでいる間にお兄ちゃんとお父さんは既に外に出て行ったようで、家の中には誰も居なかった。


 お母さんは知らない。


 台所にあったパンを食べ、靴を履いて玄関を出る。鍵もちゃんと閉めた。



「暑い……」


 耐えられない程の熱気が私の体に押し寄せる。


 クーラーの効いた部屋に長時間居たのと、外の気温が異常な程高いのとが相まって、風呂の中のように感じた。


 早く学校に行こう。


 クーラーの効いている教室を目指して私は歩みを強めた。



 私の学校は、そこまで頭の良い学校では無く、そこそこの、標準レベルの学校だ。



 にも関わらずに夏休みにまで補習があるのは、私が特別進学コースとやらに入ってしまったから。


 将来の為を思って思い切ってみたけど、毎年夏になると後悔する。


 たっぷり遊べるはずの夏休みが半分になるからだ。



 そんな、地獄のような補習も来週にはついに終わりを迎える。


 名残惜しいなんてこれっぽっちも思っていない。



 むしろせいせいする。


 早く終わって残りの夏休みを遊びつくしたい。


 私の家から学校までは十分。



 たったの十分歩いただけでも汗がだらだらと肌にこびりつく。


 校門をくぐり、早足で教室へと向かう。



 ガラガラと教室のドアを引いた瞬間、冷たい冷気が私の体を冷やす。


「……幸せ」


 しばらくの間、こんな文明を作り上げてくれた先人達に随喜していると、クラスの人たちからのおはようコールが飛び交う。



「みんなおはよー」


 そう言って私も席に座る。


 汗はすぐに引いた。やはり、クーラーは素晴らしい。


 ひんやりと気持ちの良い部屋を大いに満喫していると、早速相談事が飛び込んできた。



 私は相談事務所か何かと勘違いされているんだろうか。


 「あのね、ナギ」


 深刻そうに声をかけてきたのは昨日の女の子、真里菜まりなだった。


 今度はなんだろう。



「んー?」


 座ったままで頬杖をつきながら真里菜の方へと顔を向ける。



「実はね、バイトをしようと思ってるんだけど……」


 なんじゃそりゃ。



 わざわざ私に相談する必要ないでしょ。やりたいならやればいいのに。


 

「やりたいならやれば?」


 投げやりにそう言うと、真里菜は、でも……と返答する。


「何?」


 俯き加減の真里菜の顔を覗き込むと、真里菜は困った顔で言う。



「この学校バイト禁止でしょ? だから悩んでて……」


 なんだ、そんな事か。


「そんなの大丈夫だって! どうせ見つからないし、見つかったって平気だよ」


 バイトする理由はたぶん、服が欲しい。とかだ。



 そんなに何着も服が欲しい意味がわかんない。


「え? そうなの?」


 私は適当に言ったんだけど、私が言うと説得力があるのか、それを聞いた彼女の顔が綻んだ。



「うん、そうだよ」


 これで一件落着だ!



「よし、なら私バイトする! ありがと、ナギ!」


 そう意気込んで真里菜はまた席へと戻っていった。


「……ふう」


 一息つくと、次は真希がやってきた。



「登校早々……人気者だね、ナギは」


 嫌な気はしないけど、好きで人気者になったわけではない。



「もうこれは諦めるしかないよ……」


 私は嘆息する。


「はは、乙女は大変だあ!」


 なんか馬鹿にされてるような……


 もういいや、寝よう。



「おやすみ……」


 そう言いながら私は両腕を枕に、伏せるようにして目をつぶる。


 私の眠りを阻害するように、チャイムの音が頭の中に響き渡る。



「タイミング悪いね、ナギ」



 小さくほくそ笑む真希の顔が少し憎たらしかった。


「ほーい座れー」


 私の都合なんてお構いなしに、先生は教室にずかずかと入り込む。




 ――退屈な授業が、始まった。



 ノートと筆箱を出し、それからはずっと窓の方をぼーっと眺めていた。


 先生の言葉なんて当然耳に入るはずもなく、右から左へと突き抜けていく。



 やっぱり考える事は、高志の事だ。


 何があるんだろう。


 何を隠しているんだろう。



 何かある。


 絶対ある。



 時間が進むにつれて、私の中の不安は黒く渦巻いてどんどんと大きくなっていく。


 高志が私に隠し事なんて……――




「――ギ! ナギ!」


 気がつくとチャイムが鳴り終わっていて、私の肩を揺する真希が隣に居た。


「……あ、おはよう」


 なんで、おはようなんだ。私。



「おはようじゃないよ。何かあったの? 浮かない顔してたけど」


 流石付き合いの長い真希。



 でも、真希には心配させたくない。


「いや、ただぼーっとしてただけだよ」


 ナギを心配させないように、できるだけ明るく振舞った。



「ならいいんだけど……」


 真希は少し怪訝そうな顔をして、付け加える。


「何かあったらすぐ私に言うんだよ?」


「うん、わかった」


 真希は、優しかった。



 その日の授業はあっという間に終わった。


 ……高志の事。


 もし、今朝読んだ本みたいに高志に、「俺の余命はあと三ヵ月なんだ」なんて言われたらどうしよう……



 あんな本読むんじゃなかった。


 何をしても不安は拭えない。


 それどころか、ますます大きくなっていくばかりだ。


 今まではこんなことなかったのに。



 浮気だったらどうしよう。

 ……いや、高志が浮気なんてするわけない。



 どれだけ自問自答しても、納得の行くような答えは出なかった。


 ――出るはずが、無かった。


 


 その日は友達の誘いを断って真っ直ぐに家に帰った。


「ただいま」

 

 靴を揃えて脱ぐと、リビングからお母さんが顔を出した。


「おかえり。どうしたのよ、そんな暗い顔して」



 そんなにわかるぐらいに暗い顔してたんだ……私。



「いや、なんでもないよ。暑くてテンション下がっただけだから」


 帰り道は暑さはさほど感じなかった。


 多分、ずっと考え事をしてたから。


「そう。なにかあったら言いなさいよ?」


 お母さんはいつも私の事を心配してくれている。

 

 私の周りはいい人ばっかりで幸せなんだ。


 素直にそう思う。



「ありがと、お母さん」


 そう言い、私は部屋に飛び込んだ。


 部屋で特にすることは無い。


 食欲もあんまり無かったし、夜ご飯は少ししか食べることができなかった。



 お兄ちゃんも私の様子を察したのか、いつもみたいな絡みはしてこなくて、なんだか少し寂しい気分だ。


 いつもより早い時間だけど、私は寝る事にした。寝れば、何も考えなくていい。




「おやすみ……」


 

 

 誰に言うでもなく、ただただ一人、寂しく呟いた。







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