1.日常
「凪刀の藤宮と呼ばれたアンタも、丸くなったものねえ」
なによ、文句あるの。
「うるさい、このロリ」
今目の前に居るのは、身長149㎝のロリ少女。
「あはっ、ナギは背も高いし美人だし、おまけに大人っぽい顔――貧乳だけど」低身長で童顔の私の友達は、「貧乳だけど」の部分をやけに強調しながら皮肉っぽく笑った。
人が気にしてる所を……!
「うるさいっ!」
気にしている所を責められたら誰だって怒るでしょ。
ていうか、「なんで低身長でロリの癖に胸だけはでかいのよ」
目の前にいる私の友達、遠藤真希は低身長でロリ。そうきたら次は貧乳! ……のはずなのに、何故か胸が私よりも大きい。
「そんなの知らないよ。好きでなったわけじゃないし」それはそうだ。
ところで、と真希は話を180度変える。。
「今日、高志君は?」
高志とは、私の彼氏だ。
「今日は放課後に待ち合わせだよ」
高志は大学生で、一年間の付き合い。
「へえ、今日もラブラブだねえ」
にやにやしながら真希は続ける。
「エッチはもう、したよね?」
その言葉を聞いた瞬間に、私の顔が耳まで赤くなるのがわかった。
真希はいつも突然そっちに話を持っていく。
私は、そういう話に関してはいつまでも慣れないままだった。
「そういう事いきなり聞かないでよ!」
私は、赤く染まった顔を机に伏せながら言った。
ちなみに、高志とはまだエッチなんてしたことはない。
「一年も付き合ってるのに……?」
真希は新種の化石を発見した考古学者のような顔をして驚いた。なによ、文句あんの。
「いいでしょ、別に」
他人の恋愛に首を突っ込まなくてもいいのに。悪趣味な奴だ。
「いやいや、普通一年間も付き合ってたらヤってるって。高志君も甲斐性が無いねえ。それに、ナギも。セックスは結婚してからって。頭沸いてるんじゃないの?」
呆れた様に口にする真希。
それ言い過ぎだと思うけど……。
「ほっとけ!」
私は強めの口調で言葉を投げた。
くそ、こういう話題では真希には勝てない。
「……はあ。あの凪刀の藤宮がこんなにも乙女になってるなんて……」
真希は嘆息しながら頭を抱える
乙女ならまあ、それはそれでうれしいけど。
「てか、凪刀の藤宮って誰がつけたのよ。ださすぎ」
勝手にそんなださださなニックネームで呼ばれても。って感じだし。
「え、私」
勝手にださださなニックネームをつけた奴は目の前に居た。
今まで全然気づかなかったよ。なんで真希がつけてるんだ。
「ていうか、なんで薙刀なの?」
「薙刀の『薙ぎ』と、ナギの『凪』を掛けたら面白いかなと思って。あと、名字が藤宮じゃん? だから凪刀の藤宮。誰かに話したらその子がはまっちゃって。いつの間にかみんな使ってた」
呆気なく、何の悪気もなくニックネームの由来を説明する真希。
薙刀なんて物騒な物と掛けられた方はいい迷惑だ。
「そんな名前の由来の説明とかじゃなくて、なんで私に二つ名みたいなのがついてるのかを聞いてるの!」
いつも乙女な私なのに。
「いや、何回も不良をボコボコ倒してたでしょ。私乙女なの。なんて思ってるんじゃないよね?」
……正にその通りだった。
それよりも、真希の、恐らく私の物真似であろう「私乙女なの」には面を食らってしまった。
たぶん、ロリコンの人がこれを聞いてればお持ち帰りしたくなるんじゃないだろうか。
私は吐き気がしたけど。
「ボコボコになんてしてません」
なんたって私は乙女だから。
「嘘吐け」
……ごめんなさい。
「仕方ないじゃない。放っておけないし、見てたらムカつくんだし」
いじめられている子を放っておけないし、複数で一人をいじめる奴は見てるだけでイライラするから。
真希は嘆息し、まあ。と続ける。
「それがナギのいい所なんだろうけど」
うん、よくわかってる。真希は。
「えへへ」
褒められると照れてしまう。
褒められたのかどうかはわからないけど。
「でもま、あんまり他人の事ばっかり考えてたら疲れちゃうから、たまには自分勝手にならなきゃ駄目だよ?」
やっぱり、真希はよくわかってくれている。
「わかってるよ」
真希は小学校からの友達で、ずっと一緒。困った時も助けてくれたりする。
憎まれ口とかも叩いたりするけど、全然気にしない。私も、真希も。
私と真希は親友、なんだ。
私、藤宮凪が何故凪刀の藤宮と呼ばれていたかは大体わかると思うけど、勘違いされたくないから一応ここで説明しよう。
昔々、ある乙女な、武術を習っていた女の子が居ました。その女の子は曲がった事が嫌いで、人がいじめられている所を見かけると放っておくことはできませんでした。そして、一人を寄って集って殴ったりする、俗に不良と呼ばれる人達の事がなによりも嫌いでした。
一方的な喧嘩を見かける度に、その間に割って入っては不良達を打ちのめしました。
……それを繰り返す度、いつしか彼女は『凪刀の藤宮』と呼ばれる事となりました。
以上、回想終了。
その瞬間に、授業開始のチャイムが教室内に鳴り響いた。
チャイムを聞いて、席に戻る真希が一言。
「あ、それと。乙女とか、口に出さない方がいいよ。似合わないから」突き放すように言葉を放つ真希。
……涙が零れそうだよ。
午後の授業は、眠たかった。
睡眠欲求を我慢できない私は、いや、私が悪いんじゃなくて体が悪いんだ。とにかく、本能の赴くままに、眠った。
まるでタイムスリップしたような感覚だ。
いつの間にか授業も終わり、放課後となっていた。
「……ねむ……」
あくびを噛み殺して周りを見渡すと、視界の横から真希が入ってきた。
「ご飯食べたら眠くなって寝るなんて、まるで子供だね。ナギは」
――真希だけには言われたくないセリフだった。
そんなことよりも! デートだデート!
健全なお付き合い。うん、乙女だ。
まだ半開きの目で真希を睨み付け、私は立ち上がった。
カバンを持って立ち去ろうとすると、真希がニコニコした顔をしながら私の腕を掴んだ。
「掃除」
――よし、逃げろ!
なんてことを、乙女はしない。乙女な私はサボることなく掃除をきちんとこなす。
早く高志に会いたい。そんな気持ちに急かされて、私は箒を持つ手に力を入れる。
十分後、見事に掃除は終わった。
うん。私、乙女。
「あのね、事ある事に乙女乙女って言わないでくれる? 乙女になりたいのは十分わかったからさ」真希の、手厳しい一言だった。
というか、口に出てたのかな……?
それとも真希ってエスパーだったり……
「……検討しときます」
真希の言葉を適当に流し、教室を出た途端、まるで私を待ち構えていたかのように、今度はクラスの子が私の腕を掴む。
「ナギちゃん!」
ぐ、捕まってしまった。早く高志の所に行きたいのに。
「何?」
急かす気持ちを落ち着かせながら、その子の方へと体を向ける。
「また相談、してい?」
本日五件目の相談事だった。
少しは私の事も考えてほしい。信頼されてるのは嬉しいけど、些細な事ですらも、自分で何も考えず私に相談してくる子達にはウンザリしていた。
正直、突き放してやりたい。でも、放っておけない。
損な性格してるかも。私。
気になる人とか、知らないよ! もう!
早く高志に会いたくて少しだけ適当な答え方になったかもしれないけど、たまにはそれくらい、いいよね。
私は学校を出て、待ち合わせ場所に向かった。待ち合わせ場所と言っても、学校の近くの喫茶店だ。
たぶん高志は既に待ち合わせ場所に着いてる。駆け足で喫茶店に向かう事にした。
走ると喫茶店は更に近かった。当たり前だけど。
店の中を覗いてもまだ高志は居ない。
待たせる事はなくてよかった。
「ふう、よかった」
「何が良かったんだ?」
安堵の声を漏らした途端、後ろから突然声が聞こえ、びくつく肩に手を乗せられた。
明るい口調で、親しげな物言い。間違いない。高志だ。
私が高志の声を聞き間違えるはずがない。首を横に向けると、そこには人懐っこい笑顔で、私の彼氏、高志が居た。
「びっくりさせないでよ」
高志と会っただけで自然と笑みが零れる。
「あはは、ごめんごめん。とりあえず、中に入ろうか」
高志は屈託のない笑顔で私の隣に並び、手を繋いできた。
幸せだ。
中に入り、テーブル席に向かい合って座る。
しばらくすると店員さんが注文を取りに来た。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
営業スマイルと、作られた綺麗な声。
でも、綺麗な女の人だ。
……胸も大きい。
「えっと、コーヒーと……ナギは何頼む?」
いつも通りに高志はコーヒーだ。
苦いのによく飲むなあ、と思う。
「私はジュース。甘いのがいいな」
苦いものは苦手というか、嫌いだから。
「なんだよ、なんか選べよ」
そう言って高志は私の方にメニューを向ける。
「んー……じゃあメロンソーダで」
「かしこまりました」
そう言って、店員さんは奥の方へ戻っていった。
「やっぱナギは子供だな」
もう、いつもいつもそればっかり。自分は童顔のくせに!
「うるさい。高志は童顔で考え方も子供っぽいじゃん!」
子供と言われるのが悔しくてついついムキになってしまう。
「童顔は関係ないだろ、童顔は。今時コーヒーとか苦いものも全く飲めない高校生なんか居ないぞ。ナギの方が子供だ」
苦いものが飲めないからって、子供って言わないでほしい。
「この前まで世界征服がどうとか言ってたくせに!」
そっちの方が子供だよ。
「ばっ、やめろ! 恥ずかしい」
周りの人の視線を受け、高志は慌てて私の口を塞ごうとする。
「ふふーん。今でもカードゲームとかやってるし」
高志の家に行くといつも自慢気にカードを見せられる。
私はこれっぽっちも興味ないのに。
「カードゲームは男のロマンなんだよ!」
「あはは、何それ」
高志の熱弁に思わず笑ってしまう。
「とにかく、ロマンなんだよ!」
高志が熱く語りそうになっている所に店員さんが来て、コーヒーとメロンソーダを置いて行った。
「ごゆっくり」
ずずず、とコーヒーをすすりながら高志は「あ」と言った。
「何?」
私はコップにストローをさしながら答えた。
「来週の花火大会さ、一緒に行こう」
デートのお誘い。
夏休みは補習があって会う時間がちょっと少なかったけど、来週なら丁度補習も終わっている。
高志といっぱい遊べる!
「行く!」
私は何も考えずに即答した。
「よし、なんだか今から楽しみだなあ」
高志は小さくガッツポーズを作り、頬杖をつきながら遠くを見つめた。
遠くを見つめるその顔はなんだかとても哀しくて、何かを抱えているような、そんな顔だった。
そんな顔を見せられて少し不安になりそうだったけど、次の瞬間にはニコニコした高志の顔が私の目に映った。
うん、ただの勘違いに決まってる。高志はいつも笑ってるもん。
「浴衣、着て来いよ」
唐突に高志は言った。
浴衣なんて女の子らしいものあったかなあ……
服装なんていつもTシャツにジーパンだし。
……だから凪刀なんて呼ばれるのかなあ……
「あるかわからないよ」
そう言うと、高志はテーブルから身を乗り出した。
「浴衣って普通持ってるもんじゃないのか!? というか、夏と言えば浴衣だろ。ナギ絶対似合うって!」
……似合うなんて、恥ずかしい。
「わかった。じゃあなかったら買いに行くよ」
今度真希にでもついてきてもらって買いに行こう。
「うん、そうしてくれ。そして俺を萌えさせてくれ」
真顔で頷きながら言う高志。
なんか、キャラが違う。
「やっぱ買わない」
高志のオタク的な発言を聞き、私はぷいっとそっぽを向く。
「嘘、ごめん! 頼むから!」
私の態度に高志は必死に懇願する。
仕方ない。高志の頼みだ。
「仕方ないなあ」
表面だけ、しぶしぶ高志のお願いを了承した。
本当はお願いされるとすごくい嬉しいんだけど。
喫茶店を出て、二人で辺りを歩く。
ただ話をして、歩いているだけでもとっても幸せな気分になれる。
しばらく歩くと、たまたま通りかかった駄菓子屋の前で子どもたち三人がカードを広げて遊んでいた。
「俺の方がつよいって!」
「さっきは僕が勝ったじゃんかー!」
「ちょっと……二人ともぉ……」
見た所、二人が喧嘩をしているようだ。
残った一人が二人の顔を交互に見ながらあたふたしている。
そんな子どもたちを見た途端、私の横から高志は消えていた。
「お前ら何喧嘩してんだ。仲良くしなきゃいけないだろー?」
優しく諭すように子どもに語りかける高志。
放っておいてもいいのにも関わらずにそれを無視できない性格。
そういう所も私は好きなんだ。
後ろからボーっと眺めていると、喧嘩をしていた子ども二人がばつの悪そうな顔をしながら仲直りしていた。
うん、一件落着。
これでデートを再開――「おおおお!」
……しようと思った所、いきなり高志の叫び声が聞こえてきた。
……また始まったよ……もう。
うすうす予感はしていたけれど、やっぱりこうなっちゃうのかあ。
「このカード俺持ってないんだけど!」
何のカードかはよくわからないけれど、高志は子どもたちと同じ目線まで腰を落として何やら熱弁している。
たぶん、そのカードがどんなカードかを理解していない子どもたちに使い方とかを説明してるんだろうと思う。
「はぁ……」
深く溜息をつく私。
こうなったら高志は終わるまで止まらない。
「どうだ、わかったかお前ら」
「うーん。わかんない!」
子どもたち全員が声を揃えた。
どうやら高志の熱弁は無駄になったようだ。
「まあ仕方ないか! お前そのカード大切にしろよ」
それでも高志はめげずに子どもたちに笑顔を向ける。
「あれ? お兄ちゃん、あの人。もしかして彼女~?」
後ろで突っ立っていた私に気付いた子どもは高志をからかうように私を指差した。
「ナギいるの忘れてた……」
ボソッと高志が呟いたのを私は見逃さない。
「……誰を忘れてたって?」
気付くと私は高志の胸倉を掴んでいた。
「……すいませんナギさん……」
その言葉を聞いた途端、私はハッと我に帰る。
……私今、すごく怖い顔してるかも……
やっちゃった……!
私の姿を見た子どもたちは鬼を見たかのように恐怖で顔を歪め、後ずさりする。
「なんちゃって。冗談! テヘッ」
私は瞬時に最高の笑顔を作って子どもたちに微笑んだ。
「……」
「……」
場の空気が凍りつく。
何も間違っていなかったはずなのに!
「……ははは……」
そんな空気の中で高志は苦笑いをし、続ける。
「このお姉ちゃん怒らせたら怖いからそろそろ行くな」
恐怖におののく子どもたちは、高志の言葉を聞いて震えを止める。
すごいなあ、高志。
こういうのって才能なのかな?
「じゃあな」
「うん!」
「行くぞ、ナギ」
ボーっとしていた私の腕を引くたくましい高志の腕。
歩みを進めて高志の横へ並んだ時、子どもたちが私たちを呼び止めた。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
高志が振り向くと、子どもの一人がさっきのカードを手に持って高志に差し出している。
「これ、あげる」
「は? なんで?」
訳もわからないと言った様子で、高志は首を傾げる。
子どもたちの感謝の気持ちってことかな?
気付いてあげなよ、高志。
私は肘で高志の横腹をつつく。
私の顔を見た高志をキッと睨むと、高志はようやく子どもの小さな手からカードを受け取った。
「ありがとな。大事に使わせてもらうわ」
「うん! じゃあ、バイバイ」
子どもは満足そうな顔をして、笑う。
再び歩こうとする私たちに、また子どもの声が聞こえてくる。
「お兄ちゃんの彼女ちょっと怖いけど綺麗だよ! お兄ちゃんもかっこいい!」
予想だにしなかったその言葉に私は思わず顔を赤くする。
子どもに言われるとなんだか照れるな。
「ははっ。当たり前だろ! ナギは俺の嫁なんだからな!」
ぎゅっと私の肩を抱き寄せて子どもたちに手を振る高志。
反則だよぉ……
これだから高志のこと――
大好きなんだ。
私達はその後も楽しく雑談した。
高志との時間は他のどんな時間よりも楽しい。高志と居るだけで、私の毎日はいつも楽しくなる。
でも、高志が時折見せる哀しげな顔が頭から離れない。
何か、あるのかも。
――気がつけば、私はその事ばかりを考えていた。